パティスリー タダシ ヤナギ

柳 正司 氏
1954年群馬県に生まれる。高校卒業後、料理人を目指し調理学校に学ぶ。「三笠会館」にギャルソンとして就職後、製菓部でお菓子の面白さに取り付かれる。「ピュイダムール」で修業後、1983年4月芝公園にある「クレッセント」にシェフとして入社。
1998年11月に現在のお店(パティスリー タダシ ヤナギ)をオープン。


芝の名フランス料理店「クレッセント」で約15年間働いた後、昨年秋に満を持してオープン。柳氏の名前がそのまま店名になった「パティスリー タダシ ヤナギ」である。柳氏の生み出す味は、優しく、しかしキレがある。事前に私たちが食べたケーキは、そんな噂や、膨らむ期待に全く疑うところがなかった。

「挑戦」という感すら伺えるほど軽く、「口どけ」という言葉を使うより早く、鋭いキレとともになくなってしまう、後味のいい生クリーム。多くの職人が目指している「軽いけれど旨みとコクのある」クリームとはおそらくこれなのではないだろうか。
パナデリアスタッフの舌を唸らせた職人、柳氏の取材がついに実現した。


フランス料理のキュジニエになろうと思っていた柳氏がお菓子の道を志したのは、調理学校を出た後、ギャルソンとして働いていたレストランでのことである。キュジニエが作っていたお菓子を見ながら「お菓子の勉強をしてみよう」と思ったのがきっかけだ。しかし当初は「お菓子屋になろう」と思ったわけではない。「お菓子は2,3年もあれば勉強できるだろう。その後、料理に戻ろう」と思ったそうだが、どっこい勉強を始めてみると、その甘さとは裏腹、お菓子とは2,3年で勉強できるような甘いものではなかったのである。

その後、長くレストランでのデザートを作ってきた氏は「フランス料理を食べ終えた人の口や胃にも美味しいデザート」を研究し尽くしてきた。自分の舌を信じて選んだ素材を使って、何度も何度も試作を重ねる。素材の特徴をしっかり踏まえ、それらがどこにいかされるのかを考え、味わい、メモを取りながら様々な配合で綿密にテストする。そんな研究の中から生まれてくるのが、文頭に書いた生クリームであったり、ほどほどの重さがたまらないチョコレート系のケーキだったり、同じ素材でも製法の違うものをミックスして飽きさせない複雑な味を出したケーキだったりするのである。一口食べた人々をとりこにする「ヤナギマジック」は、私たちの舌を計算し尽くした結果なのであった。

そんな美味しさの追求は、予約のケーキにも顕著に表れる。予約のケーキは、味、食感とも口に運ぶときが最高の状態であるようにと、持ち帰りの時間、食べるまでの時間が細かく計算されるのだ。そこから逆算して究極のケーキが作られる。正直いって「パティスリー タダシ ヤナギ」は不便な場所にある。車でないなら駅からはバスに乗らなければ到達できない。購入したケーキを持ちかえるのもちょっと大変である。でも、それを差し引いても、予約をして是非味わいたい味といえるのではないだろうか。

お菓子作りにおいて柳氏が重きを置くところの一つに、食生活の変化に応じて、今の体が求めるものを作るというのがある。昔と今の食生活は違う。昔とまでいかずとも、2,3年前と今でも食文化や体の求めているものは違うのである。よって、3年前のレシピは、当時自分が作ったレシピとはいえども、いきなり大量に作ることはしないで試作をし、味のチェックをする。今求める味と違えば少し配合を変えてみて、納得の味に仕上げてから商品にするという。

柳氏の話を聞きながら、常に柳氏自身の好きな味を求めることが、結果としてお客さんの欲しい味を作り出すことにつながっているのだということを感じた。柳氏の舌は私たちの食の流行を誰よりも早く、敏感に感じ取っているのかもしれない。
いずれ出す予定の2号店には喫茶のコーナーも併設したいというのは嬉しい! 今にも増してファンが増え、通い出す人が続出…という光景が目に見えるようである。だって、毎日でも食べたくなってしまうお菓子なのだから。

取材日 1999年


柳さんの秘密