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昨年の5月、ブロートハイムは大々的なリニューアルを行った。ホッと心が和む、木の温もりを活かした雰囲気はそのままにスペースを拡大。ベーカリーの隣には、ゆっくりパンを楽しんでもらえるようにと、ロッジを思わせる広いカフェが併設されている。



約20年間、愛されてきた「ブロートハイム」。あえて、リニューアルを決めた理由について伺ってみた。

「前の店舗では、ずっと気になっている問題がありました。まず1つ目はスペース。厨房が狭いと、効率の良い仕事ができないので、少しでも改善できればと考えていたんです」

場所が狭いと、どうしても成型の終わった生地や道具を置くスペースが限られてしまう。次の作業をするために、新たに場所を作るのはやはり効率が悪い。

「厨房を広くすれば、自然と効率が上がり、気持ちよくパン作ることができる。そう思い、今までの約2倍の広さにしたんですよ」

パンに直接は関係ないように見えるが、目に見えないこんな配慮がおいしいパンを生む土壌となるのだろう。

「それから、ゆとりを持ってパンを買い、待つことのできるスペースが欲しかったんです。今までは販売側もスタッフ2人がすれ違えないほど。ですから、両方に奥行きを持たせ、開放感を出しました。ゆったりとした雰囲気の中で、もっとパンを選ぶことを楽しんでほしいと思っています」

ブロートハイムの特長である対面式の販売スタイルはもちろん変わらない。パンについて聞きながら、自分のペースで買い物ができる。今日はどれにしようか、やっぱりこっちがいいかなと、悩むのも楽しいひと時だ。


「そして、工程の合理化。設備類も増やし、冷凍庫のキャパシティは2倍、冷蔵庫は4倍にしました。でも、良い事ばかりではなくて、逆に今まででは考えられないロスが出たのも事実。例えば、以前は冷蔵庫にスペースがないから、毎日整理をして品物を管理していたのですが、今度は余裕があるので、紙袋のままでも入ってしまう。それで、整理をする時になって、『あ、こんなところにこれがあったのか』と、隠れていたものを発見する、なんていうこともあるんです」

便利さと快適さだけが全てではない、そんなことを思い知らされるエピソードだ。

「3つ目は、従業員が働きやすい環境を作るということ。空気が滞留した中では、息が詰ってしまう。爽やかな空気の中だったら気分良く仕事ができるだろうと、換気扇をたくさんつけ、空気の循環ができるようにしました。それから、換気扇はエアコンよりも自然に温度コントロールが出来るのも利点。また、長く同じ場所にいる仕事なので、すべてのポジションから外の様子がわかるように設計しました。外が晴れなのか雨なのか、くらいはわかるようにと、窓も多く付けたんですよ」

リニューアルは決して売上を伸ばすためではない、と明石さん。その証拠にリニューアル前のピーク時よりも売上が多い訳ではないという。あくまで、お客様が楽しくパンを買いに来ることができるため。それから、パンを作り、サービスする側にも気持ちの良い状態で仕事をしてもらうためなのだ。


そして今回、パンをもっとおいしく食べてもらいたいというコンセプトから新しく生まれたのがカフェだ。

「カフェは、パンを一番良い状態で食べられる、提案の場と考えています。最近感じるのは、こういう場所を設け、食べ方の提案や啓蒙をして、初めてベーカリーが完成に近づくということ。今までのようにパンの販売をしているだけだと完成度はまだ5,6割なんじゃないかな」

カフェは、“このパンはこうするともっとおいしいですよ”というメッセージを伝えられる、作り手と食べ手の交流の場であるという。

「カフェで勧めたパンを、『すごくおいかった!』と喜んで、ベーカリーの方で買って帰ってくれることもあります。それから、“パンペイザン”が残ってしまったのでパニーニに使ってみたら、パン生地の旨みがしっかりと残り、フィリングとのバランスがよくおいしかった。これは、今すごく人気があって、通常の1.5倍も仕込むようになったんですよ」

カフェという空間の中では、“パン”に“食べる人”、そして“一緒に食べる物”という要素が加わる。作って販売するだけでは見えてこなかった、本当の意味での「食べるためのパン」が浮き彫りになってくるのだ。

そして、カフェを通じての啓蒙運動は、ベーカリーにも影響する。

「パンってこうやって食べるとおいしいんだ!と、言ってもらえるのが嬉しいですね。お客様の中には、『トーストって、その日によって食感が違うのね』なんて、細かいコメントをする人もいるんですよ」

と、嬉しそうに目を輝かせる。


「カフェのメニューはレシピも含め、全部自分で作りました。料理は昔から好きなんです。と言っても技術よりも丁寧さで勝負。手間隙かけて作るだけです」

“技術よりも丁寧さ”とは、今一番切望されているものではないだろうか。愛情を込めて丁寧に作られたパンと料理があればこれ以上の幸せはない、そんな気さえしてくる。ちなみに、明石さんの料理のおいしさはパン職人の間で有名だと、耳にしたことがある。明石さんに伺うと、

「フランス料理がどんなものかがわかる程度ですが・・・」

と、謙虚な言葉が返ってきた。


ベーカリーとして完成に近づく「ブロートハイム」。明石さんは、今後についてどんなことを考えているのだろう。

「リテールベーカリーを開くための、道しるべ的なものを作りたい。それが自分たちの世代の役割だとも感じています。次の世代に何か良い事を残してあげたい、そう思っています」

明石さんが審査員を務める世界的なパンの大会、クープ・デュ・モンドもその一環。先輩として、若い人々を応援したいそんな気概が伝わってくる。


「独立した人には、パンを作る技術だけでなく、今度は経営の知識も必要になってきます。人を雇う立場になる訳だから、保険や税金のことを知っておかなくちゃいけない。こういうことは、意外に知らないし、教えてくれるものもないんです。スタッフのトレーニングや辞める時のこと、運営、販売・・・そういうノウハウをハンドブック的なものにまとめて残したいと考えているんです」

明石さんは、現在、リテールベーカリー協同組合の立ち上げを行い、ハンドブックを7,8冊くらいにまとめる予定だという。

「作る方に関しても、基本的なことが薄れている。かっこいいパンを作る技術はたくさん出回っているけれど、実際に窯のメンテナンスなど見えない部分について書いてあるものは少ないんです。業者さんに任せることはできるけれど、土日や夜もと言うわけにはいかない。自分で対策とメンテナンス位はできていた方が良いんじゃないかな。うちには、部品のストックが全部あって交換は全部自分でやっているんです」

ブロートハイムのオーブンはドイツ・ミベ社製。“この部品はそろそろまずいだろう”という段階で交換してしまうため、今まで壊れたことはないという。価格は高いが、20数年前のオープン以来、今も絶好調だという。
ちなみに、明石さんの趣味は車と音楽、そして棚作り。20年かけて捜し求めた愛車を丁寧に手入れし、工具を使って棚作りに熱中する。そんな明石さんの姿が、パン職人としての姿にオーバーラップする。人やものを大切にする、当たり前のようで難しい、その姿勢がブロートハイムを支えてきたのかもしれない。


最後にパンを志す人へ、言葉をいただいた。

「ベーカリーという仕事にプライドを持って望んで欲しい。こんなにパンの世界が盛り上がってきたんだから、上辺だけでない本当の意味で良い仕事をしてほしい、そう願っています」