最近、“クラシック”が存在感を増している。
パティスリー界で“クラシック”といえば、数年前までは良くも悪くも古典的なイメージだった。パティスリーのショーケースで脚光を浴びるものといえば、いくつもの層が重なったものや驚きのある味の組合せ・・・。地味で目立たない存在のクラシック菓子は、あまり注目されてこなかった。
だが、今、その流れに変化が生まれている。自分流に“クラシック”を解釈し、提案する若手パティシエたちが増えているのだ。
そこで今回は、その一人、「プレジール」捧(ささげ)雄介シェフに講習をお願いすることになった。
捧流の新たなる"クラシック"は、かつてのそれと何が違うのか。はたして、そこにはどんな想いが込められているのだろうか・・・?

[経歴]
捧 雄介(ささげ ゆうすけ)
「ルコント」で正統派フランス菓子を約4年間修業。
その後、イタリアンレストラン「アロマクラシコ」、「アロマフレスカ」でイタリアンのドルチェを学び、再びパティスリーへ。「ロワゾー・ド・リヨン」でスーシェフ、シェフパティシエを務めた後、2010年1月に「プレジール」シェフに就任。





「今日はクラシックがテーマです。僕の場合、クラシックと言っても自分流にアレンジを加えたものがほとんど。見た目はシンプルでも、地味に手間と時間がかかっているものが多いんですよ。

穏やかでクールな印象の捧シェフ

作っていただくのは、クラシックの王道ともいえる下記の3品。

・パリ ブレスト
・タルト シトロン
・ケーク ショコラ フィグ アプリコ


「まずは「タルト シトロン」のアパレイユ〈クレーム・シトロン〉から作っていきましょう」 〈クレーム・シトロン〉の一般的な材料は、レモン果汁と外皮、砂糖、そして、大量の卵とバター。これは捧流でも変わらない。
「酸味があるので感じにくいですが、このクリーム、実はバターがとても多いんですよ」
食べたことがある方はご存知の通り、「プレジール」の『タルト シトロン』は、クリームがとても軽やかで、あまりしつこさを感じない。だが、配合を聞いてびっくり。レモン果汁160gに対しバター300g! さらに、全卵も225g入るという!
重たいクリームに感じさせないため、当然ながら酸味と香りは重要だ。
「レモン果汁は絞り立てのもの、香りをしっかり出すために、外皮はすりおろしグラニュー糖と擦り混ぜておきます」




そして、なんといっても大切なのは食感だ。
「目指すのは、のびやかで、かつ固さもあるクリーム。全ての工程に言えることですが、乳化と温度がとても重要です」
クレームパティシエールを作る要領でクリームを炊いたら、やわらかくしておいたバターと合わせる。
「ポイントは、炊きあがったクリームが30〜35℃の状態で20〜22℃のバターと合わせること。この時のバターの温度がとても重要です。バターは35℃以上になると溶けてしまいます。この状態変化が起きるとクリームが固くなってしまうし、逆に温度が低すぎると乳化しません。これが、クリームの固さや食感、舌触りに大きく影響してしまいます」


乳化はバーミックスを使ってしっかりと!
つやがあり、なめらかなクリームができあがる

20〜22℃という狭い温度帯でバターを管理するのはなかなか難しい。でも、これが出来上がりを左右する。乳化できる環境が整ったら、バーミックスを使ってしっかりと乳化させ、冷蔵庫へ。これで、濃厚ながらも軽やかなクリームが完成する。




クリームは、この後サクサクの〈パータ・シュクレ〉に絞り入れて仕上げるのだが、ここにも大きな捧流クラシックの流儀がある。そう、「プレジール」の『タルト シトロン』に欠かせない、キャラメリゼだ。一般的にはメレンゲを飾ることが多いが・・・。
「メレンゲは、酸味のしっかりとしたレモンクリームを食べやすくするためだと思うのですが、僕はメレンゲがちょっと苦手で。ほかに何かないか、と考えていた時に思いついたのがキャラメリゼ。実は、お店で出していたパフェから着想したアイデアなんです」


タルト生地の内側には、ホワイトチョコレートとカカオバターを溶かしたものを、ごく薄く刷毛塗り。ホワイトチョコレートだけだと重くなってしまうが、ブレンドすることで味を邪魔せず防水性が得られる

甘さがストレートなメレンゲとは違い、ほろ苦いキャラメリゼはレモンの酸味をやわらげ、深みも与えてくれる。典型的なタルト シトロンながら、これが捧流の解釈なのだ。


クリームを絞り入れ たっぷりと粉糖をふりかける

バーナーでほどよくキャラメリゼ この工程を4回繰り返す!!

やっと完成!クレーター状の穴があいた見事なキャラメリゼ。見た目よりもはるかに手間がかかっている

「ちなみに、上に飾っているレモンのコンフィは自家製なんです。これも地味に手間がかかっているんですよね」
と笑う捧シェフ。
時間と手間をかけて少しずつ糖度を上げていくコンフィは、普通のパティシエだったら、まずやらない作業。しかも、そんなに手間のかかったものを、控えめに添えてあるのだからすごい。






続いては、『ケーク ショコラ フィグ アプリコ』。これも基本的なアイテムながら、非常に手間がかかっている。
「イコールではないんですが、おいしかったものを振り返ると、手間がかかっていることが多いんですよね」
とはいえ、ケークはケークだ。どこに手間がかかっているのだろうか?
「カットした時に、断面にフルーツがきれいな層に見えるようにしたかったんです」


これが、『ケーク ショコラ フィグ アプリコ』の断面。生地とフルーツが重なり、テリーヌのようになっている

ケークは生地とフルーツを合わせてから型に流し込むのが一般的。だが、捧流ケークは生地とフルーツを層にして仕込む。つまり、テリーヌのように生地とフルーツを丁寧に重ねて焼き上げるのだ。




そして、生地も捧流だ。
「実はこの生地、基本とはかけ離れた配合なんです。レシピを見てください。卵の量が多いですよね?」
見ると、バター240g、薄力粉224gに対し、卵は450g。キャトルカールが全て1対1なのを思えば、どれだけ多いかお分かりだろう。
「バターに対し1対1を超えると、飽和を過ぎて分離が始まります。そのためアーモンドプードルをつなぎとして入れています」


グルテンの出ないアーモンドプードルを入れることで、乳化の状態を維持。生地温は22〜26℃が目安。21℃以下だと分離し、28℃以上になるとバターが状態変化を起こしてしまう

ここまでこだわって卵を増やしているのにはもちろん理由がある。
「しっかりとした重さのある食感を作りたかったんです。歯切れはあるけれど、どっしりとしていて、ショコラを感じられる生地を目指しました」
捧流のクラシックでハッとさせられるのは、お菓子が自分なりの表現になっているところだ。自分が良いと思う食感や味を、クラシックという枠組みの上に器用に再構築していく。これは、その代表的なアイテムと言えるだろう。
「ルコントでの修業時代、フルーツケーキを食べて『こんなにおいしいものがあったんだ!』と感銘を受けたんです。今も、あれが絶対的なおいしさだという気持は変わりません」
クラシックを古いものと否定するのではない。クラシックを自分なりに消化した結果が、捧流クラシックなのだ。
「ルコントでは、生地よりフルーツの方が多かった。このケークも、フルーツ感をしっかり感じられるようにかなり多めに、大ぶりのフルーツを入れています」


生地に混ぜ込まないことで、よりフルーツ感を楽しめるのも魅力。
・・・とはいえ、仕込みは面倒だ。1段目に生地を絞り、イチジク(白)を並べ、さらに生地を絞る。その上にアプリコットを並べ、また生地を絞り、最後にイチジク(黒)とアプリコットを並べる。





フルーツはそれぞれシロップでコンポートにしたものを使用。丁寧でやさしさを感じる手つきに、お菓子への愛情が感じられる


焼き上がった後は、たっぷりとシロップを打つ。
「アルザスのアプリコットブランデーなのですが、これがすごく良くて。香りに余韻があって、これだけで香りの時間差を作ることができます。皆さんに回しましょうか?」

脇にフルーツがはみ出さず、均一に生地が
上がるようにするのは意外にコツがいるそう

刷毛を使い、周りにたっぷりりとシロップを打つ

甘くコクのあるアプリコットの香りが、フワッと広がった。これはお菓子作りに重宝しそうだ。

今回使用したリキュール。中央が
アルザス産のアプリコットブランデー



そして、最後は『パリ ブレスト』。ここにももちろん捧流が宿っている。
「普通、シュー生地を作るときは、比較的長めに炊いて粘り気を出します。でも、僕はそれをしないんです」
水、牛乳、バターなどを沸騰させて火を止め、薄力粉を加える。再度火をつけたら、ゴムベラでサッとひと混ぜしてもうおしまい。びっくりするほど短い。

シュー生地炊き上がり。まだ、水分が
浮いているような状態でみずみずしい

「ここでの目的は、生地に熱をつけること。そうすると、後で卵を加えた時に乳化しやすい状態になるんです」
シュー生地作りの何が大変かと言えば、この“炊く作業(デセッシェ)”に他ならない! シュー生地にトライしたことがある人なら、腕の痛さをこらえながら必死になってヘラをかき回した経験があるだろう。


・・・だが、本当にこれで膨らむのだろうか?
「膨らみません。というのも、僕の場合、膨らんで割れた生地にしたくないんです」
え?!
「ここで水分を蒸発させてしまうと、生地が固くなり、浮きやすい生地になります。これは、水分量が多く、卵の割合が少ないので、シュー特有の割れができず、あまり膨らまずに焼き上がるんですよ」
シュー=ふんわり、割れる、という常識をくつがえす新発想!こうすることで、見た目も食感も、捧さんが理想とする生地になるという。

卵を入れた状態。仕上げの固さは、
あくまで普通のシュー生地と同じくらい


「それから、もうひとつ利点があるんです。毎日同じ状態に仕上げるためには、卵を同量入れるのが理想。でも、デセッシェの際の火加減や混ぜ方が違うと、卵の量で固さを調節する必要が出てきてしまいます。この方法なら、卵の量を調節する必要はほとんどないんですよ」
なるほど! これは目からウロコ。既成概念を見事に打ち砕く、捧流シュー生地の完成が楽しみだ。

天板にシュー生地を絞り、アーモンド
スライスをたっぷり飾ったらオーブンへ!



中のクリームにももちろんこだわりがある。なんと、プラリネから自家製するというのだ。
「自家製のプラリネは味も香りもすごくいいんです!これだけは、手間をかけたいし、譲れないところ。市販品もありますが、それだと他と同じ味になってしまうでしょう?」
元々、フランスではプラリネを自家製するところが多かった。時代と共に便利で手軽な既製品が出回るようになった訳だが、そういった流れを経て、あえて自家製に取り組む若手パティシエがいるというのは心強い。

ヘーゼルナッツとアーモンドを弱火でゆっくりとキャラメリゼして香りを引き出したら、ロボクープへ。

鍋の中でじっくりとキャラメリゼしていく

出来上がったらすぐにシートの上に広げる

アーモンド2対ヘーゼルナッツ3の割合。艶やかな
キャラメルをまとったプラリネのモトが完成

ペースト状にすれば、自家製プラリネの完成。これを、バターとクレームパティシエールと一緒にミキサーで泡立てれば、極上のプラリネクリームができあがる。

ロボクープでペースト状に。完全なペーストにはせず、
あえてカリカリ感を感じさせるのも捧流

濃厚ながら空気をたっぷりと含んだクリームが完成!


焼き上がったシュー生地は、確かに大きな割れがなく、膨らみも控えめ。カット面には空洞も少なく、しっとり焼きあがっているのがわかる。


「クレームシャンティには、ナッツと相性の良いリキュール“ソミュール(ドーバー)”を少量加えます」
モンタージュは、クレームシャンティにプラリネクリームを重ねて。星口金で2段に絞ったあと、さらにその脇に絞って・・・と、贅沢にクリームを重ねて仕上げていく。

プティガトータイプもたっぷりとクリームを重ねて。香りが
よく軽いクリームなので、重量感があっても食べやすい




3品が完成し、いよいよ試食タイム。
お菓子もクラシックなら、味わい方もクラシックに。パナデリアらしく、楽しく、そして、しっかりお菓子を味わいたいとの思いから、テーブルセッティングをアレンジして、第2部がスタートした。

ケークショコラにはクリームを添えてサーブ。
ロールケーキもサプライズで登場!

久々にパナデリア特製の料理も登場。
器の効果もあって、なかなか洒落たスタイル




今回は、美しさと機能性を兼ね備えたフランスSOLIA(ソリア)社の製品を取り扱う、「コーンズ」鶴田さんにもご協力いただき、洒落たパーティスタイルが完成。捧シェフを囲んでの和やかな試食タイムになった。

あえて少人数の会にしたので、雰囲気はかなりアットホーム。捧シェフも「こういう雰囲気の講習会って初めてですね」と微笑んでいた




■タルト シトロン
メレンゲ代わりの飴は、バリンッと小気味良い食感。甘さとほろ苦さが、力強いレモンの酸味をやわらげてくれる。さらに、レモンに丸みを与えてくれるのは、クリームにたっぷりと入ったバターと卵。レシピから想像するよりもずっと軽い印象で、重さを感じさせないのは見事。
“タルト シトロン”らしさは守りつつも、捧流によって現代風に生まれ変わった逸品!
■ケーク ショコラ フィグ
ケークにドライフルーツ、という組合せは王道ながら、テリーヌ風のスタイルが斬新。フルーツが層になっていることで、より強くイチジクやアプリコットの風味を楽しむことができるのは新発見。
捧シェフが“しっとり、どっしり”を目指したと言う生地は、チョコレートの風味が濃厚。アーモンドプードルがたっぷり入っているので、しっとりしながらも歯切れよく仕上っている。
■パリ ブレスト
いかにもコレステロールが高そうなクリームがたっぷり!その見た目に思わずひるんでしまいそうになるが、口に入れてびっくり。口内温度でクリームがスッととけ、プラリネの香ばしさがいっぱいに広がる。適度に膨らみを抑えた生地は、その分味が濃く、存在感も充分。コクのあるクリームをしっかりと受け止めてくれる。



シンプルに見えるお菓子の中に、いくつもの“こだわり”や“捧流”が見えた今回の講習会。大好きなお菓子をこんなふうにひも解き、そして味わうのは、なんと豊かな経験だろう! 捧流クラシックは、古典という意味だけではくくれない。そこには、職人・捧雄介氏が表現する、クラシックでヌーベルな、なんとも居心地のいいおいしさが待ち受けている。
(2012.1) 



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