調香師の村井千尋さんと「ハイアット リージェンシー 東京」の佐藤浩一シェフによる「香り」をテーマにしたスイーツコースを楽しむ会。その二回目を9月19日、「ハイアット リージェンシー 東京」のオールディダイニング「カフェ」にて開催しました。

今回のテーマは「ローズ(薔薇)」。花系の香りは香水などフレグランス系の認識が強いため、食べることに抵抗がありました。それは香りの本場フランスでも同じで、ピエール・エルメ氏によりお菓子(イスパハンシリーズ)に初めてバラが使われたときには、香りに馴染めず、なかなか受け入れてもらえなかったそうです。最近は日本でもバラの香りをうたったお菓子、飲み物もポピュラーになってきました。しかし、その多くは人工香料を使ってバラを表現しているのだそう。香料のイメージであるダマスクローズの香りは使い方によっては石鹸のように感じてしまい、そこが食べることへのハードルともいえます。
ところが天然のバラには、見て麗しく、匂って魅惑的、食べて美味しいものがあるのです。そのひとつが神奈川県の平塚にある横田園芸さんの食用バラ。横田さんは食べて美味しいバラを選抜し、農薬や化学肥料を使わずに、手間ひまをかけ栽培しています。バラは病害虫のバロメーターとしてワイン用ぶどう畑にも植えられているほどデリケートな植物。野菜や果物のように食べても安全なバラを育てることは、並大抵ではありません。


バラ園を案内してくださった横田園芸の横田敬一さん。

上質な香りのブルーリバー。

花びらなのか葉なのか・・・原種に近いグリーンローズはハーブや山椒のようなスパイシーな香り。

収穫されたバラは一輪ずつ丁寧に箱詰めされ梱包、出荷される。左上ピンクが最もバラらしい香りと食味が特徴のイブピアッチェ、その右がアニスのような香りとしゃくっとした食感のフェアビアンカ、その下は苦味もなく最高にエレガントな香りと食味のブルーリバー。今回はこの3種に加え、先のグリーンローズを加えた4種類をいただきました。


横田園芸の公式サイト
 http://www9.plala.or.jp/yokota1/

このバラと出会って実現した今回の香りの会。農園から直送されたフレッシュなバラ4種(ブルーリバー、イブピアッチェ、フェアビアンカ、グリーンローズ)を贅沢に使い、夢のようなひとときとなりました。イベントに先立ち訪問したバラ園で、村井さん、佐藤シェフ、仲村スーシェフも、バラにそっと鼻を近づけ、その魅力を感じとっていました。食材の育まれた地を訪ねることで、一層リスペクトする心が生まれ、創作の鍵も増えていきます。それがどのような形になったのでしょうか。さっそく当日の様子をご紹介しましょう。

はじめに村井さんからある香りの試香紙が参加者に配られました。
「わっ、チューイングガムみたい」
「マスカットっぽい!?」
みなさんいろんなイメージを口に出されましたが、答えはマスカットの香り。
「マスカットの香りの中にはローズの香りがあります」と村井さん。
「実は多くのフルーツの香りにはローズと同じ香り成分が含まれているのです」

なるほど、だからアルザスワインの香りにはマスカットやライチ、バラが表現されるのでしょうか。そしてこのフルーツとバラの香りの関係が、この日のデザートにつながっていったのです。


香りのレクチャーを担当された「香料デザインラボ」代表、調香師、香粧品・食品香 料専門家の村井千尋さん。


香紙に香気成分オイルをつけ、参加者にまわします。

さぁ、いよいよ、バラのスイーツコースです。
一皿目はスプーン形の器に盛られた‘ローズ香を包んだ2種のフルーツピュレ’。
「白い方から、ひと口でお召し上がりください」と、佐藤シェフ。その通りにいただくと、ぷるんと薄いゼリーが破け、口いっぱいに香りが広がります。鼻を近づけると香るシナモン、食べると洋梨、ローズの香りのグラデーション。そして上のペタルのしゃくしゃくした食感とミルラ(没薬)の香りが、いつまでも続きます。ブルームーンを使いブラックベリー、アッサム紅茶を合わせた後者は、ローズの香りからブラックベリーの酸味へと移り変わっていきました。やわらかいペタルとベリーの種のプチプチ感、紅茶のほのかなタンニンと、このワンスプーンが放つローズのマジックに、早くも放心状態です。

「ローズ香を包んだ2種のフルーツピュレ」右が洋梨×シナモン×白いバラ・フェアビアンカ。左がブラックベリー×紅茶×紫バラのブルーリバー。


サーヴされた瞬間、会場からため息がもれた二皿目‘ローズとフルーツ20種のメリメロ’。メリメロとはフランス語でごちゃまぜ、いろいろなものの寄せ集めという意味で、具だくさんサラダの名前にも使われる言葉。しかし目の前のお皿を見れば、寄せ集めという言葉なんてまるで似つかわしくない! 4種類のローズ、桃、ラズベリー、ブラックベリー、巨峰、ザクロ、アロエ、グレープフルーツ、いちじく、ネクタリン、ブルーベリー・・・etc.のフレッシュ、マリネ、コンポートと、ブルーリバーの香りを移したミルクの泡、アボカドのピュレなど20種類以上のパーツが絵画のように盛り付けられた一皿は、うっとりしながらも果物とバラの相性を探りつつ、どんどん食べ進んでしまいます。フルーツの中のバラ香をバラの花びらで引き出し、泡でつないだ佐藤シェフのセンスにメロメロです。




携帯の待ち受けに使いたくなる!? フォトジェニックなバラとフルーツの饗宴。



お口直し的三皿目は ‘ローズパンナコッタ オーガニックリンゴのジュレ ゆずのグラニテ’。二皿目の余韻が残るまま、シックな層のグラスデザートが登場しました。おだやかな色合いとは対照的に、なんてドラマチックなひと口目なのでしょうか。きりっと冷たいゆずの酸味が口の中を一掃します。それから徐々に温度が上がり、ミルラ、アニスの香りを持つフェアビアンカのミルキーな甘さでエンディング。ペタルのベジタブル食感が、なめらかなパンナコッタにアクセントを添えていました。


「ローズパンナコッタ オーガニックリンゴのジュレ ゆずのグラニテ」底からローズのパンナコッタ、リンゴのジュレ、フェアビアンカのペタル、ゆずのグラニテ。


四皿目、最後のデザートは‘メレンゲで包んだローズとペッシュ・ド・ヴィーニュ ヨーグルト風味のグラス’。赤いイブピアッチェとブルーリバーで白いお皿にリースを描き、白いヨーグルトのグラス、中心にはカルダモン風味のメレンゲの筒。その中にはローズ風味のビスキュイ、赤桃のコンポート&ジュレ、ローズのパルフェ、乳酸風味のクリームが閉じ込められています。バラ科のフルーツである赤桃と赤系バラの組み合わせに、ときめかないわけがありません。王道の〆にみなさん拍手が止みませんでした。



イブピアッチェとブルーリバー、グリーンローズの皿上リースが美しい「メレンゲで包んだローズとペッシュ・ド・ヴィーニュ ヨーグルト風味のグラス」

メレンゲのパイプを割ると、ローズ風味のビスキュイ、赤桃のコンポート&ジュレ、パルフェ、クリームのエスプーマがとろっと流れて・・・口の中で、赤桃の酸味とエレガントなバラの香りが広がります。

当日はたくさんのスタッフの方にご協力いただきました。美しい一皿がずらっと並んだ姿は圧巻で、本当に贅沢なひとときを堪能させていただきました。ハイアット リージェンシー 東京の皆様、ありがとうございました。



村井さんによるローズの「香り」レクチャーでは、歴史と産地、香料に使われるバラ、ローズ香料の種類や効能、バラにまつわる小話まで、聞けば聞くほど、バラって古代から人間にとって大事な存在だったのだと思い知らされます。 色、形、香りが揃ったほうが良いとされている植物としてのバラ。現在わかっているものでおよそ250の原種、2万5千種あるそうです。その中で香料になるのは主に2種、ダマスクローズ(ブルガリアローズ/オットーローズ)とキャベッジローズ(ローズ・センティフォリア)のみ。今回いただいた食用4種だけでも、色、形、香り、食味がこんなに違うのだから奥が深い、横田さんがおいしいバラを追い続けるのも頷けます。

バラに関する香気成分の試香紙で、バラの香りを探る。バラには現在分かっているだけで540種ほどの香気成分が判明しているが、まだ500種以上の成分が分かっていない。骨格となる成分はシトロネロール(白く、甘い、清潔感のある花の香り)とフェニルエチルアルコール(バラの萼のような香り)。


「今回のデザートのために、バラはどれくらい使ったのですか?」という質問に、トタールで100輪くらいを使った答える佐藤シェフ。花束で想像してみてください。人生でこれほどバラを食べた日はないでしょう!

次回「香りの会」は生活の中の香りを食べたらどうか?というお題で来年開催に向け企画中。どうぞお楽しみに。

今回も感動的なデザートを作ってくださったハイアット リージェンシー 東京、佐藤シェフ(左)と、仲村スーシェフ(右)。



ハイアット リージェンシー 東京 公式サイト
 http://www.tokyo.regency.hyatt.jp/ja/hotel/home.html

香料デザインラボ
 HPアドレス:http://www.kouryoudl.com/
 ブログアドレス:http://ameblo.jp/chihiro-murai/




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