Text by Chiemi Sasaki  




パナデリア主催「香りの会」は、香りの専門家である「香料デザインラボ」主宰・調香師の村井千尋さんによる香りについてのレクチャーと「ハイアット リージェンシー 東京」のペストリー・ベーカー料理長・佐藤浩一氏による香りのスイーツコースを楽しむ会。

同ホテルのオールデイダイニング「カフェ」を会場に、2014年春にスタート。これまで「バニラ」、「バラ」、「スモーキー」を取り上げてきましたが、回を重ねるごとに、香りの魔力に興奮、魅了されていく奥深い会なのです。


素材そのものをテーマにしたり、製法にスポットを当てたり、そういった目に見えるところからアプローチすればわかりやすいのですが、香りというのは目に見えず、言葉で表現するのも容易ではありません。香りでコミュニケーションをとるなら、その場に共有できる相手がいること。

例えばジャスミン香のするスイーツを食べたとして、あなたならどんな映像が頭に浮かぶでしょうか? ある人は昔通った散歩道かもしれないし、中華料理店とか、好きな人の愛用コロンかもしれません。香りがその場の出来事を記憶しているから、人によって印象が違ってきます。

嗅覚というのは、人間の記憶力の中で視覚や聴覚よりも優れていると言われます。認知症予防にも嗅覚を働かせ、脳に刺激を与えることが効果的とされているほどです。バニラの香りに幼い頃食べたおやつを思い出すこともありますよね。

できたてのスイーツを通して、作り手の表現をゆっくり人と分かち合うことは、たとえその受け取り方が作り手の意図と異なっていたとしても面白いもの。
そんな香りの共有を、今回は「リーフ(葉っぱ)」をテーマにして開催しました。

今回の資料、メニュー。


葉っぱには、野菜やハーブのように食べられる葉っぱもあれば、掻敷(かいしき)のように料理の下に敷いたり、季節感や景色を添える葉っぱもあります。葉を餅に混ぜて香りを食べるよもぎ餅と、葉で包んで移った香りを一緒に楽しむ桜餅や柏餅など、和菓子の世界では伝統的に葉っぱの香りが活かされてきました。

葉はその場を通り過ぎたくらいでは花ほど香りませんが、風がそよいだり手でこすったり、摩擦で香りの袋が開くことによって芳香成分が飛び出します。そして花と違い、新芽から成熟した葉へと長い期間植物の営みを支え循環させていく役目を担います。葉の光合成がなければ、果実も熟さず、種もできず子孫を残すことができません。また匂いを放って虫や動物から自身を守ることもあります。

生きている葉、乾燥させた葉、新芽etc.…、佐藤料理長には、このような葉の持つ香りを活かし、他の食材と組み合わせたデザートを作っていただきました。テーマでありながら名脇役を演じる葉っぱの香り。奥深い葉の香りとスイーツは、どのように構成されたのでしょうか?


会に先立ち、今回も佐藤料理長、仲村シェフ、調香師の村井さんなど総勢7名で事前学習ツアーを行いました。訪ねたのは山梨県山梨市の「ピーチ専科ヤマシタ」。桃とぶどうのシーズンには自家製デザート&ジェラート店もオープンする農業生産法人です。4月の二週、桃の花が甲府盆地をピンク色に染め、それはもう夢の世界。でも私たちの目的は花ではなく、花と花の直後に芽吹く葉の香りを探ること。満開の桃畑でオーナーの山下一公さんに桃の木のお話し伺った後、実の成長に差しさわりのない花や葉っぱを採取させていただきました。花は淡いながらバラっぽい香り、葉はこすると青っぽさの中にアーモンドのような甘い香りがします。摘みながらわかったのは花も葉っぱも開ききったものより若いもののほうが香り高いということ。もしかしたらこれは香りの会当日の材料になるかもしれない…。そう直観したら動きは速い! 持参した容器に花と葉っぱを満たしていきました。


山下さんに桃について簡単なレクチャーを受けました。

富士山と桃の花。まさに桃源郷といえるこの景色。山下さん曰く、この時間帯に富士山がこんなにきれいに見えることは珍しいそう。さてはメンバーの中に幸運の女神が?

香りを確かめながら、桃の実の成長に差し支えない花と出始めの葉っぱを採取していきます。


また、中央市の「グルメいちご館 前田」で品種によるいちごの香りや味わいを体験しながらいちご狩りも。こちらでは章姫や紅ほっぺの他に、珍しい品種数種をその場でいただくことができるので、香りの違いがフレッシュで明確! 紅ほっぺからはネロリの香り、愛ベリーからはジャスミン、かおり野からはトンカ豆が香りびっくり。白みを帯びたホワイトレディにはココナツやプルメリアを感じました。一口にいちごの香りといっても、これだけ多彩な表現ができることに興奮。だからココナツといちご、オレンジ花水といちごを組み合わせるのかと、過去に食べたケーキを思い出し合点!

愛ベリーの香りを確認する佐藤料理長。


珍しい品種を含め6、7種類のいちご狩りが楽しめる「グルメいちご館 前田」。


いちごの葉には特徴的な香りは見いだせず。けれどハウス内で無農薬栽培のレモンの木を見つけると、すかさず花や葉っぱをくんくん…。すると若い葉からさわやかなレモンが匂う! ここでも館長の前田さんにお願いして、若葉を数枚分けていただくことに。

花も葉もはっきり香りがするレモンの木。

さあ、これらの葉がどう活用されたのか、そろそろイベント本番の様子をみていきましょう。


「今回は葉っぱの香りで四季をイメージして春夏秋冬4つのデザートをコース仕立てにしました」と佐藤料理長。葉で1年を巡るなんてストーリー性があってわくわくします。

葉の香りのデザートコースについて語る佐藤料理長。


続いて村井調香師が春の香りをレクチャー。いつものように香りのサンプル(試香紙)を参加者に配って嗅いでみます。一枚はベンズアルデヒド、もう一枚はクマリン。この2つに共通する春の香りといえば…? そう、「桜」です。これはみなさんすぐに分かった様子。
そして桜餅のような香りと表現されるスパイス、トンカ豆も桜と同じ2つの成分を持っているそうです。あのふわっ、もわっと甘くくすぐる香りには春の目覚めや躍動感を覚えますね。

今回の村井調香師のレクチャーは、葉の香りの中から春の香りをピックアップ。


ベンズアルデヒドの香りを含む食品は、他にバニラ、アーモンド、梅、杏、桃、西洋チェリーなど。つまり杏仁豆腐のような香り成分です。
クマリンを含むものは他に、シナモン、人参、パセリ、リコリス、桃、サクランボなど。ということは、甘くてセリっぽい感じでしょうか。

試香紙とともにトンカ豆や、香り付けのバイソングラス入りで売られるポーランドのズブロッカ(ウオッカ)のボトルをまわして実物の香りを確認。だんだんと理解が深まっていったようです。

ポーランドのズブロッカ。ボトルの中のイネのような細長い葉がバイソングラス。クマリンが含まれ、桜餅のような香りがします。


このように香り成分から、食品をあげていくとあることに気づきます。
香りは目に見えないだけに、表現として'いちごの香り'などと言いますが、いちごの香りには300種類もの香り成分があり、それらが重なり合っていちごの香りを形成しているのだそう。そう考えれば、事前学習ツアーで経験した多品種のいちごがそれぞれ特徴ある香りを持っていることも納得です。香料の世界も今や「とちおとめ」「あまおう」など、より細分化されているそうですよ。


香り成分と食品(素材)の関係に想像を巡らせながら、さあ、デザートコースのスタートです。

一皿目は
‘春(サクラ)’
 2種のクリーム グリオット、リ・オレのソース

うららかな開花の喜びをパレットに描いたような一皿。黄色とピンクがうっすら透けて見えるのは、求肥に包まれた香りのクリーム。柚子×桜の葉の黄色い蕾とグリオットチェリー×トンカ豆のピンクの蕾。口でほどけ、それぞれの香りが開花。粒々の存在感を残したリ・オレを噛むことで、2つの風味がいきいき蘇りました。桜の葉の香りが花や実を通してふっと抜ける、そんな感じでした。

一皿目‘春(サクラ)’ 2種のクリーム グリオット、リ・オレのソース 。求肥に透けて見える柚子クリームとグリオットクリーム。2つの香りのつながりを見つける春の一品。


二皿目は
‘夏(シソ)’

 シソの香るグラニテ 桃の泡 アーモンドのパンナコッタ

深まる緑、熟す桃果実を鮮烈に、爽やかに表現したひと品。紫蘇を刻んだ桃のグラニテからは、紫蘇梅を連想。そうかと思えば、お皿の脇にカシスソースを纏った梅肉があります。これ、仲村シェフが個人的に漬けていた梅酒の梅果実。桃と同じ仲間で共通のベンズアルデヒド香を持つ梅を並べ、色彩、食感の強弱、奥行きを感じさせるのがすごい。モッツァレラを細かく散りばめたパンナコッタのアーモンドミルク感も多重的。ライチのジュレがバラ様の香りをたたせうっとり。

そしてキモは桃の泡! 事前学習ツアーで採取した桃の新芽はここに使われていました。
ウォッカで抽出し、桃果肉に混ぜた泡は、果肉のみを加工しただけでは味わえない深い桃感となっていたのです。
フランスのカシスリキュールで有名なルジェ社が、カシスの実だけでなく、カシスの新芽を一緒に浸漬すると知ったときの驚きを思い出しました。花や実に葉が加わると、果物は全身で踊り出すかのよう。まるで手や足がついたように。


二皿目‘夏(シソ)’ シソの香るグラニテ 桃の泡 アーモンドのパンナコッタ。スイーツにすると味がぼやけてしまいがちな桃が、関連する葉や、香りの組み合わせで強く引き出されるから不思議。

紫蘇の緑がはっきりわかるグラニテの盛り付け。

山梨で採取した桃の葉のウォッカ漬け。蓋を開けた瞬間に杏仁香が!


食べ終わってみれば、全てが香気成分のリンク。まとめるのにご苦労されたのでは? 「実は‘夏’が材料の点で最後まで迷いました。でもあのフィールドハンティングが大きなヒントになりました」と佐藤料理長。本番直前のツアーでしたが、役に立って良かったです。


三皿目は
‘秋(葉生姜、ナッツ)’
 葉生姜のフィナンシェ 柿の葉茶

ちょっと和風な取り合わせ。ヘーゼルナッツとアーモンドのフィナンシェにほんのり生姜の香り。添えられた生姜の葉を指でくしゅくしゅっとして、香りを発たせてからフィナンシェを口に。実際には食べない葉もこんな演出によって、焼き菓子の印象がアップするものですね。カトルエピス香るチュイルをちょっとつまめば一転エキゾチックな気分に。さらに香ばしくてほんのり甘い柿の葉茶でほっと一息。小さな一皿に込められた秋物語に、みなさん顔がほころんでいました。

三皿目‘秋(葉生姜、ナッツ)’ 葉生姜のフィナンシェ 柿の葉茶。秋色の焼き菓子にほんのり清涼感のある葉生姜の香りを楽しみながら。


ここで再び香りのレクチャー。リナロールという成分の試香紙を嗅ぎます。ほんのりレモンのような爽やか系、そしてフローラルな香りもします。リナロールを含むものとして、ラベンダー、レモン、ベルガモット、スイートバジル、クロモジがあげられます。
元気が出てリラックスもできる、そんなリナロール効果をとりいれたデザートが次の一皿。


四皿目は
‘冬(木と土の香り)’
 マダガスカルのフォンダンショコラ オレンジとイチジクの土、
 ショコラのジュレ 黒糖のグラスとレモンの香り

スレートの四角いお皿に、冬の終わりから早春を表現。わっぱで囲った75%カカオのフォンダンショコラを留めてあるクロモジを噛んでから口にして、香りの重奏を楽しんでと佐藤料理長。クロモジのレモンっぽい香りと木片のような印象が、なめらかなショコラのフルーティーさ&土っぽさとクロスします。ショコラの大木を育む土はケークショコラとオレンジ、いちじく、ゴボウのクリスタリゼの食感。発芽したハコベラの緑で早春の気配を感じます。ショコラのジュレはグレープフルーツ様の香りがするティムットペッパーが隠し味。黒糖のグラスには、山梨から持ち帰ったレモンの葉のウォッカ漬け液がスプレーされました。これ、レモン以上にレモンの香りが漂いびっくり。もったりしがちな黒い食材の甘さが品よく軽快に。ここまでの説明でもうおわかりですね、柑橘と木の香りの関係が。レモンジュースを飲んでいると、例えばヒノキやジュニパーなど、木の香りを感じることがあるという経験から仕掛けられたこの一皿。ショコラという食材を切り口に、柑橘と木の香りを見て、触れて、時差、温度差で味わう香りの移ろい。メインディッシュにふさわしい変化に富んだ味わいでした。

四皿目‘冬(木と土の香り)’の盛り付け。お皿に吹き付けているスプレーは、レモンの葉をウォッカに浸し、香りを抽出したもの。

マダガスカルのフォンダンショコラ オレンジとイチジクの土、ショコラのジュレ 黒糖のグラスとレモンの香り。クロモジは、和菓子をいただく楊枝としても使われる木で、レモンのような爽やかな香りがする。


「一部、香りが変化しない香水も存在しますが、香水は香りの変化を楽しむもの」という村井調香師の話も大きなヒント。香水にはトップとミドルとベースという揮発の順番があり、柑橘系は香りが飛びやすく、バニラや木の香りはベースで残りやすいからだそう。

最後にプティフール3種(シュークリーム、キャラメル、ギモーブ)

シェフたちの遊び心たっぷりのプティフィール。本物のシュー(フランス語でキャベツ)を乾燥させ、その中にレモン風味のプラリネクリームを詰めた仲村シェフによる‘リアル’シュークリームに笑ったと思えば、刻んだよもぎの葉を杏風味のギモーブに混ぜ、笹の葉で包んだ佐藤料理長命名の‘よもギモーブ’にくすっとなったり。最後に笑いをとるところも、香りの会名物に! お勉強で疲れた頭をゆるく軽くリセットさせてくれるお二人の演出に思わず拍手。

プティフール3種。右からローリエとオレンジで香り付けたキャラメル、スプーンの先のヒマラヤ岩塩と一緒にいただくキャベツの葉のシュークリーム、甘酸っぱさの中からよもぎがふんわり香るギモーブ。


今回も驚きと興奮で包まれた香りの会。普段から身近にある葉っぱの香りにどんな印象を持たれたでしょうか? 佐藤料理長、仲村シェフ、村井さん、お手伝いいただいた「ハイアット リージェンシー 東京」のスタッフの皆さん、本当にありがとうございました。当日のヒントをたくさんくださった「ピーチ専科ヤマシタ」さん、「グルメいちご館 前田」さんには大感謝です。

ペストリー・ベーカー料理長の佐藤浩一氏と仲村和浩シェフ。
今回も素晴らしいスイーツコースをありがとうございました。これから、まわりにある葉っぱの見方が変わりそうです。


調香師の村井千尋さんには、香りの成分を知ることで、食の可能性がさらに広がることをいつも実感させていただいています。


そしてご参加いただいた皆さん、ありがとうございました。好みの一皿がそれぞれ違っていて、お一人お一人に浮かんだ思い出を伺いたくなりました。機会があればそのシーンをぜひ、みなさんと共有できればと思います。

次の香りの会のテーマは何になるか。また難しい課題への挑戦に、今からわくわくしています。皆さんも、どうぞお楽しみに!


ハイアット リージェンシー 東京 公式サイト
  http://www.tokyo.regency.hyatt.jp/ja/hotel/home.html
香料デザインラボ
 HPアドレス: http://www.kouryoudl.com/
 ブログアドレス:http://ameblo.jp/chihiro-murai/
ピーチ専科ヤマシタ
  http://www.momo-net.co.jp/
グルメいちご館 前田
  http://www.gurume-ichigokan.com/




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