「BONNAT」ステファン・ボナ氏

由緒あるボナ家の三代目、ステファン・ボナ氏



今回開催された数あるセミナーの中で、パナデリアが密かに注目していたのが、初出展を果たした「ボナ」です。
「ボナ」はフレンチアルプスの麓、ヴォアロンで1884年から創業している老舗店。カカオ豆の選別や焙煎、そしてコンチング(精錬)にいたるまで、チョコレート作りの全てを自家製で行う数少ない店として、「ベルナシオン」、「プラリュ」と並ぶ3大ショコラトリーのひとつと言われています。

赤とゴールドのパッケージに、老舗らしい高級感を感じます



パナデリアと「ボナ」との出会いは、かれこれ5年ほど前のこと。ショコラに詳しい方が、“おいしいから是非!”とわざわざ持ってきてくれたのが始まりでした。
その後、パリのサロン・デュ・ショコラでステファン・ボナ氏に出会って、その温和で真面目な人柄とショコラへの情熱を知り、ますますファンになってしまったパナデリア。今日はどんなお話しが伺えるのか楽しみです。

「今回、日本の皆さんに『ボナ』の歴史を紹介できることを嬉しく思います。カカオ豆とチョコレートの話しをしますが、大好きなチョコレートの話しをすると止まらなくなってしまうので気をつけないと!」
と、茶目っ気タップリに肩をすくめるボナ氏。代々ショコラを作り続けてきたボナ家だけに、話すことはタップリありそうです。

創業当時の「ボナ」。歴史を感じる一枚です



「チョコレートが食べられるようになったのは1850〜60年頃で、その歴史はまだ浅いものです。それ以前は料理などに入れて使うことが多く、今のようなチョコレートとしては食べられていませんでした」
1884年からショコラを手がけ始めた「ボナ」ですが、それ以前はコンフィズリー店(1853年〜)を営んでいたのだそう。このショコラ人気の背景にあるのが、チョコレートの口溶けの良さやふくよかさを生む、コンチング(精錬)の技術といえます。

「実は、コンチングの工程というのは、あのスイス『リッツ』の創業者であるリッツ氏が発明したもの。でも、専門的にカカオのことを学んで、この技術を生み出したわけではないんですよ。ある日、彼はチョコレートの機械を止めることをすっかりを忘れて、大好きな狩りに出てしまいました。3日後に戻ってみると、チョコレートがまろやかになり、思いのほかおいしくなっていたのだとか。時にはこんなアクシデントが良い結果を生み出すんですね」
すばらしい発明の裏に、こんなうっかりミスがあったとは!とにかく、リンツ氏とその狩りへの情熱には大感謝です。


「ボナ」の赤で統一された内部。チョコレートになるまでの全ての加工がここで行われています。通常、大きな工場では4時間で終わってしまうコンチングも、丸3日間かけて丁寧に行います



コンチングも重要ですが、おいしさに欠かせないのがカカオ豆の味と質。その調達からチョコレート作りを始める「ボナ」では、一番といってもいいこだわり所。それだけに、説明にもますます熱が入ります。

「カカオ豆は赤道付近で採れるものですが、40℃の気温に加えて90%の湿度が必要。特に適しているのが川の近くで、ムシムシした場所でカカオの木は育ちます」

湿度90%の熱帯!カカオにとって心地よい場所は、人間にはかなり辛そうです。生産者の方に感謝!

「(植えてから)カカオの木は、カカオポッド(実)ができ始めるまでに7年。その後30〜40年の間、ポッドをつけ続けますが、木の寿命が終わると同じところにはもう生えません」

よく見るとボナ氏の指の先に小さなポッドが5つ。花はたくさん咲きますが、ポッドをつけるものは少なく、実際には1ヘクタール当たり100〜200の豆しか採れないのだそうです



ちなみに、スライド(写真下)の一番大きなポッドと一番小さなポッドとの間には6ヶ月間のタイムラグが。大地の恵みをたっぷりと吸収しながら、ゆっくりと時間をかけて育つようです。

幹に直接ポッドがなる様子は、何度見ても不思議です


「カカオ豆の収穫は年に2回ありますが、毎回、味や香りは違います」

もちろん、クリオロ、トリニタリオ、フォラステロと品種によっても味は異なりますが、ワインのように気候などによってかなり左右されるのだそう。


ボタニカルアート、イラスト、そしてカカオの写真など。ボナ氏のカカオコレクションが次々と披露されていきます


「収穫したカカオ豆はスピーディに運び、すぐに製造過程に入ります。あ、これはマダガスカルのTGV(新幹線)ですね」
と、ロバの荷馬車を指すボナ氏。ユーモアのセンスも抜群です。

超特急で運んでます!


さて、しっかり勉強したところで、試食用のカカオ豆が登場。

チュアオ産クリオロ種、エクアドル産ナショナル種、そしてジャワ産の3種類です


「これは、ローストしたカカオ豆です。酸っぱさを感じませんか?この酸味はワインや牛乳、そしてアスピリンにも入っている成分なんですよ」

アスピリン!?確かに、あの甘くてコクのあるチョコレートとは違い、酸味と渋みが強く、素直においしいとはいいがたい味。その中でも、色や大きさ、そして香りはそれぞれかなり違いがあることがわかります。

ジャワ産はローストしていない状態のため明るい色。大きさも味も違います


「では、チョコレートを試食してみましょう」
お皿に並べられたのは、4種類のショコラ。


(中央下)ハシエンダ エル ロザリオ(ベネズエラ):フルーティで甘みもしっかり。その後にナッティなコクが広がり、徐々に渋みと酸味が伸びていく。奥行きのある味わい
(左)セイロン:やや重たく、ゆっくりとした口溶け。草や茶のような爽やかな香りが広がります
(中央上)シュプレーム キャラメル:キャラメル風味のガナッシュを使った食べやすい味わい





「では、まずポルセラーナから。これは、70万トンあるカカオの収量のうち、100トンしか採れないという非常に希少なカカオ豆で作っています」
やったー!実は、サロン・デュ・ショコラの会場で、早くから目をつけていた一品。その価格は、なんと1枚3,500円とかなり良い値段。それを試食できるなんて幸せです。

ポルセラーナ すばらしい香りが特徴。ナッツのようなコクから、花を思わせる芳しさへと香りが変化していきます


「味覚は4ヶ所で感じると言われています。舌の先で甘み、真ん中で酸っぱさ(Ph)、奥で酸味、そして鼻で全体を。口で味わう際には、甘みから酸味への移り変わり、そして鼻で甘さへの変化と全体を感じてください」

口に入れ、ゆっくりと溶かす・・・。3種類のタブレットは、溶けるスピードや香り、味などが異なり、それぞれにしっかりとした個性を感じます。

「セイロンは、残念ながら栽培者の都合で5年後には食べられなくなってしまいます。カカオよりも茶葉の方が高く売れるからでしょうね」

とちょっと寂しそうな表情を見せるボナ氏。せっかくの味がなくなってしまうなんて、本当にもったいない。
ところで、実際にカカオ豆の生産国を訪れることもあるのでしょうか?

創業当時を偲ばせる写真。「あ、これもTGVの写真ですね」とボナ氏


「現地(コートジボワール以外)の様子は全て確認していますし、生産者との交流も必要だと思っています。私が行くこともあるし、逆にフランスに来てもらうこともあるんですよ。現地には、チョコレートの味を知らない人も多いので、工場を見て味を知ってもらうようにしているんです」

単なるカカオ豆のやり取りではない、カカオへの愛情がチョコレートをおいしくしているのかもしれません。

BIOタブレット、“ノワール”と“レ”。生産数が少ないBIOのシリーズはフランスでもかなり貴重だそうです)


タブレット3種類の次は、ボンボン・オ・ショコラ。今までは産地限定でしたが、ボンボンのコーティングには、7種類をブレンドしたチョコレートを使っているそうです。その理由とは?
「もちろん、私の人生を複雑にするためではありませんよ。1種類に限ってしまうと、収穫時期や年度によって味が変わってしまうので、あえて混ぜて使うようにしています」
とボナ氏。天候による出来不出来に縛られず、同じ質と味を作っていくためには、こういう方法も必要なのだそうです。

コックコートはもちろん、指輪にも紋章が!鹿のわきをイルカが飾っています

産地ごとに分類されたカカオ豆の袋。裏には「ボナ」の紋章が刻まれているのだそう


ところで、日本初出展のボナ氏。日本はどんな印象だったのでしょうか。
「料理も含め、日本は全部好きですよ。本物の味を追求していくというスタイルもそうですし、例えばマグロでも、部分によって様々な料理法を工夫しているところがすごいと思います。フランスの料理人も日本のお菓子に注目しています」
と嬉しいコメント。
それにしても、マグロの様々な料理法とは・・・?どんな料理を食べたのか、少しだけ気になります。

タブレットにボンボン、そして焼き菓子など幅広いラインナップを揃える「ボナ」。まだ、その魅力に触れたばかりの私たちにおすすめのショコラを聞いてみました。
「ボンボン・オ・ショコラは贈り物のイメージですが、個人的に楽しむなら『ドミノ』。産地による違いを味わい、自分の好きな味を見つけてほしいですね」

ジャックリーヌ・ケネディ氏からのお礼の手紙。ホワイトハウスとクレムリンへ同時期に納品していた唯一のショコラトリーだったそうです



ところで、今これを読んで「ボナ」を買っておけば良かった・・・、と後悔している人に朗報です!
ボナ氏によれば、近々日本にお店を出す予定で、現在場所探しの真っ最中なのだそう。
ニューオープンの暁には、ぜひお気に入りのショコラを探してみて下さいね。





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