「キュブレー」 浅見欣則氏

注目の日本人ショコラティエ、浅見欣則氏。ブースでは、ショコラで作ったピエスモンテが視線を集めていました。



今年も、大勢の海外ショコラティエが来日した伊勢丹サロン・デュ・ショコラ。その錚々たる顔ぶれの中に、フランス在住の日本人ショコラティエの名が輝いていました。浅見欣則さん、31歳。ストラスブールの老舗パティスリー「キュブレー」で腕を振るう、在仏7年目の若手ホープです。パナデリアでも2006年のアルザス視察旅行で取材をさせていただきました。昨年は、フランスの歴史ある製菓コンクール「シャルル・プルースト杯」でもみごと準優勝をおさめ、そして、今年はサロン・デュ・ショコラに初出店を果たし、海外の名ショコラティエの一員として堂々の来日。セミナー参加者を魅了した、さらなる進化を遂げた技と実力、そして浅見さんの愛情溢れる菓子作りをお伝えします。

日本のサロン・デュ・ショコラの為に特別に作った「ショコラアソート」(4粒¥1,470)は、4日目のセミナー当日にはなんと完売


セミナーで紹介するのは、復活祭の「ピエスモンテ」。セミナーでの実演では、ショコラティエがそれぞれの得意分野や店の特色を活かしたスペシャリテが紹介されましたが、シャルル・プルースト杯で評価された浅見さんが、ピエスモンテを披露することは確かに納得。しかし、バレンタインを目前にして、「復活祭」というのは少々不思議な気もしますが・・・?

「フランスでは、ショコラティエが一年のうち一番盛り上がるのが復活祭なんです。バレンタインよりもクリスマスよりもショコラがたくさん売れる時期なので、卵やウサギなどをモチーフに、各店がこぞってオリジナリティのあるオブジェやディスプレーを飾るんです」

日本ではまだまだ馴染みの薄い、「復活祭」。イエス・キリストの復活を祝うもので、キリスト教ではもっとも重要なイベントです。毎年、春分の日から数えて、最初の満月のすぐ後の日曜日。今年は3月20日が、復活祭当日に当たります。お菓子やさんにとっても重要なこのイベント。キュブレーですべての菓子作りを任されている浅見さんにとって、店頭を飾るピエスモンテ作りに熱が入るのも無理はありません。

「オブジェの製作は大掛かりな作業ですが、型抜きチョコレートなど家庭でのチョコレート作りのヒントになると思います。チョコレートだけでなく、お菓子作りの疑問などみなさんどんどん質問してくださいね!」

頼もしい兄貴!と、いう感じの爽やかな浅見さん。和やかな空気の中で実演がスタート。まずは大きな卵型のオブジェを作ります。

道具をきれいに。単純なようですが、これが成功への重要な鍵になります



「第一のポイントは、型をきれいにすること。水分や油分、ほこりなどがついていると、滑らかで艶やかなチョコレートができません。そして第二のポイントは、いっぺんには流さず、何回にも分けてチョコレートを流すこと。その都度、冷蔵庫で冷やし固めながら重ねていきます」

次に、ピエスモンテの飾りのチョコレート作り。まずはテンパリングしたチョコレートをフィルムに2ミリ程に薄く流し、そこにジグザグに切れ目を入れて、三角形に切り分けます。ここで登場するのが、秘密道具【その1】。

ピエスモンテの飾り作りには必需品。プラスチック製のペンのような不思議な道具ですが・・・



「実は、これは医療用のメス。使い捨てタイプで、向こうではホームセンターで普通に購入できるんです。切れ味が良く、繊細なチョコレートの作業にぴったりで使いやすいですよ」

なるほど・・・。オーバーワイスさんの、医療用のスポイトにリキュールを入れてボンボンに使うというアイディアにも驚きましたが、道具も様々な工夫が凝らされているのですね。切れ目を入れたチョコレートは、フィルムごとクルッと巻いて、すぐに冷蔵庫に入れて冷やします。

「チョコレートは変幻自在。伸ばしたり、削ったり・・・アイディア次第でどんな形にもできるから本当に面白い材料です」

変幻自在だからこそ、その職人の力量が試されるもの。普通ならば苦労するところを、目を輝かせて「面白い」と愉しんでいる浅見さんはまるで少年のよう。

これが、卵型オブジェの完成形。固まったチョコレートを型から抜いて、2つをあわせて、スプレーで装飾します。表面に施した凸凹模様がリアル!



さて、いよいよオブジェを組み立てます。オブジェの軸となるチョコレートの台は、大きなブロックから切り出して作るのだとか。彫刻家のような作業ですが、2時間ほどで削り上げるそうです。そこに、チョコレート用の色粉で光沢や表情を付けていきます。

「ピエスモンテのような大きなオブジェを作る場合、バランスが大切になります。流れるS字のラインを軸にして、その真ん中にメインを置く。そして、メインを中心にして回りを飾っていくのが基本となります」

芸術性センスが問われそうなオブジェ作りにも、ちゃんとセオリーがあるんですね!しかし、色粉での化粧や小さなオブジェの貼り付け方は、初めに色や置き場所を決めるのではなく、組み立てながらバランスを見て創り上げていくのだとか。うーん、やっぱりセンスが必要そうです。

ピエスモンテの軸となるのは、S字のチョコレート台。そのてっぺんに卵のオブジェを載せます。


このピエスモンテの中心に鎮座する主役は、チョコレートで出来たイグアナ。サロン・デュ・ショコラのブースに飾られたピエスモンテでも注目を浴びていましたが・・・

「たまたま骨董屋に入ったときに、爬虫類の置物を見つけたんです。これをシリコンで型取りしてチョコレートを流したら面白いんじゃないかって」


思わずギョッとするぐらい、リアルなイグアナのオブジェ


「接着は、全てチョコレートを使います。なるべく接着面が見えないようにするのがポイント。冷却スプレーで瞬間冷却して固定していきます」

ここで、秘密道具【その2】の登場。なんと、これはパソコン専用の掃除スプレー。これをさかさまにして噴射すると、強い冷気が出るのです。ショコラ専用のものも売っているそうですが、こちらのほうが強力で使い勝手が良いのだとか。

直接肌に当たると痛いほどの冷気。みなさん、マネする時はお気をつけて・・・


さらに先ほど作った飾りのチョコレートや、鮮やかなイエローに着色したオブジェをつけていき、その都度チョコレートとスプレーでしっかり接着させて、ピエスモンテの完成!しばし会場は撮影タイムになるほどのすばらしい出来栄えです。

30分程で組み立てたとは思えない出来上がり!でもイースターの卵が、なんだか恐竜の卵に見えるのは、気のせいでしょうか・・・


さて、ピエスモンテで、皆の目を愉しませたところで、次は試食へ。ひとつは、サロン・デュ・ショコラの会場では既に売り切れのコレクションの中から、特に浅見さんの自信作というボンボンショコラ〈エキゾチック〉と、わざわざこのセミナーの為に前日に作ったというマカロン。これには、おおー!というどよめきが。

「今回のコレクションは、日本のサロン・デュ・ショコラの為に、パッケージの色を鮮やかにしたり、ボンボンのサイズも店のものより日本人向けに小さめにしたりと工夫しました。アソートのフルーツ系とナッツ系2つの組み合わせは、僕の一番好きな味。とにかく、僕の作る全てのお菓子は“口どけの良い”ものを目指しています。そのために、一番大切にしているのは“乳化”。水分と油分を如何にあわせるかに細心の注意を払います。日本人は繊細な味わいや口どけに敏感なので、今回のコレクションでは特に意識しました。とにかく食べてみて、口どけを愉しんでください」

サロン・デュ・ショコラでは、売り切れ御免のボンボンショコラと、非売品の手作りマカロン!貴重すぎて、食べるのがもったいない・・・


ボンボン〈エキゾチック〉は、ひとくち食べた瞬間、スルスルーッ!と口の中にチョコレートがとろけ、中からパッションフルーツの爽やかな酸味と香りが。生の果実をそのまま齧ったような味わいのガナッシュは、今まで体験したことのないようなフレッシュ感。そして、マカロンは、ふんわりしっとりとした食感の生地からアーモンドの香りが口の中を駆けめぐり、滑らかなガナッシュと好相性。香ばしさとしっとり感が共存するその食感には、「こんなマカロンは、初めて!」という声も上がるほど。初めての食感、でもどこか懐かしさを感じるマカロン、この秘密は一体・・・。

「ボンボンのガナッシュに使ったパッションフルーツは、旬の時期に、大量に購入してピューレにします。マカロンに使うアーモンドはフレッシュなものをローストしてプードル状にしたものを使っています。スイスメレンゲではなく、イタリアンメレンゲを生地に入れることで、焼いた後もしっとり感を残すことが出来るのです。アルザスは、フルーツやナッツなど安くて良質な素材が豊富。 無理なく、良いものをお客さんに提供できます。また、アルザスの人はドイツ人気質のまじめな方が多いので、日本人と合うんですね。フェルベールさんの所にも、日本人が大勢修業にいっていますが、菓子職人として働くのには本当にいい場所なのです」

ストラスブールに滞在して、丸5年。今では海外に行っても、ストラスブールに戻った時、遠くにカテドラル(ノートルダム大聖堂)が見えるとほっとするのだとか。人、気候、文化、食べ物・・・全てにほれ込んでいるというこの町は、もはや浅見にとって帰る場所、故郷のようです。そんな浅見さんも、独立を考えているのだとか。それは気になります!

「まだ予定ですが・・・できれば、やはりストラスブールで。今は、地方でも十分にやっていける時代です。ジロットさんやフレッソンさん、フェルベールさん達のように、小さな街でもいいものを作っていれば、必ず世界が評価してくれる。そして、今回のようなサロン・デュ・ショコラという場で、たくさんのお客様に会えたり、普段は絶対に会えないようなショコラティエの方々と交流することもできます。これからも、良質でおいしい菓子作りをアルザスを拠点にして続けていきたいと思っています」

浅見さんのお菓子は、やはりアルザスに行かないと食べられない・・・。少々残念ですが、この味わいは地元の新鮮な素材、そして浅見さんご自身のアルザスへの愛情があってこそ。去年の6月からはTGVのドイツとフランスを結ぶ新路線が開通し、パリからなんと2時間20分で行ける場所になったのだとか。来年のサロン・デュ・ショコラまで待てない・・・という方はもう、行くしかありませんね。アルザスへ!!






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