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取材・文 佐々木 千恵美 |
バレンタインも終わり、日本におけるチョコレートのお祭りもひと段落したところですが、みなさんは心をゆさぶられるような素敵なチョコレートとの出会いは、どれくらいありましたか?
例えばブノワ・ニアン。チョコレート好きの間では、2013年日本初上陸の時から、エンジニアからショコラティエに転身した経歴や、生産地別のカカオにこだわった少量生産のビーン・トゥー・バー・チョコレートを、繊細な感性と技術で作り上げる異色のブランドとして注目されてきました。 それから10年後の2023年には、日本初の店舗となるカフェ併設の「BENOIT NIHANT GINZA(ブノワ・ニアン 銀座)」がオープン。チョコレートのアイテムもタブレット、ボンボンショコラと増え、焼き菓子やカフェ限定のドリンクやパフェ、スイーツと、カカオ産地から広がるチョコレートの世界を堪能できるようになりました。 自宅ガレージから始めたビーン・トゥー・バーのショコラティエが、今や本国ベルギーに5店舗と東京銀座に1店舗を構えるまでになり、今後の展開にも注目が集まるブノワ・ニアン。そこで今回は、バレンタインシーズンに来日したブノワ氏に伺ったお話をもとに、日本で販売しているチョコレートの魅力をお伝えします。 |
*BENOIT NIHANT(ブノワ・ニアン)氏
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はじめに、ベルギーのチョコレートというと、老舗ブランドの少し大きめなミルクチョコレートにナッティな風味のチョコレートフィリングが詰められたものをイメージします。実際今でもそれは変わらないのでしょうか? 10年くらい前ならチョコレートはキャンディのような扱いだったけれど、今日ではカカオの繊細な味わいやカカオ農園の違い、より深い部分に興味が向けられるようになって、ブノワ氏のリエージュ近郊にある工房にも見学に来られる人がいるそうです。ベルギーに行く機会があったらぜひ訪問したいですね。 ブノワ氏の使っているカカオ豆のコンチングマシンは、博物館に展示されていそうなアンティークなもの。 「2000年代初め頃にはビーン・トゥー・バー自体がなく、小さなマシンがなかったためです。スロープロセスなものしかなくて、でもそれがかえって味わいが良くなることがわかりました」。 パンフレット掲載のマシンからは、大きな石臼がカカオの上をゆっくりと、香りを放ちながら回る光景が目に浮かんできます。1つのロットで最大300kg作ることができるそうです。 |
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ベルギーの工房をイメージした銀座店の内装。カウンターの曲線は、ブノワ氏のチョコレート作りに欠かせない石臼を表現したそう。深みのあるブルーグリーンも石臼のカラーから。工房にいるかのような雰囲気でチョコレートの魅力に浸れます。 |
そんなブノワ氏がカカオ豆と最初に接したのはマダガスカルとバリ島。そこで、カカオ農園のスペシャリストから、良い豆と良くない豆の見分け方などカカオ豆に関することを少しずつ学んでいきました。 その後、小さな農園から豆を買い、生産地を混ぜないことを信念として、作っていくこととし、タブレットのラインナップができました。 現在では12の農園のカカオ豆から、ダークチョコレートやミルクチョコレートのタブレットを展開。昨年から自社農園であるペルーのフィンカ ルイ デ シサも加わりました。収穫量が少ない農園もあれば、多い農園もあり、ブノワさんだけに供給する農園もあれば、他社にも卸して居る農園もあり、その時々で変わります。 |
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アンボリカピキィ 72% ¥2,376(税込)
![]() マダガスカル島北西部にあるアンボリカピキィ農園は、サンビラノ渓谷の豊かな火山土壌を利用しています。ここで育ったカカオ豆は、力強さと繊細さを兼ね備えた、赤い果物と柑橘類の風味が特徴です。豆本来の味わいをいかすため、低温で焙煎しました。 |
なかでも、パナデリアが気に入ったのがマヤン レッド。ナッティの余韻の長い香り、カカオ本来の味わいが印象的です。特に限定的にパフェにこのチョコレートを合わせたのはとても面白いと感じました。冷たいところから口中で広がる香りとカカオパルプの香りがとても印象的です。マヤン レッドとの出会いはどのような形だったのでしょうか?
「ホンジュラスのコパンにあるマヤ遺跡近くで出会った、近くに住むデンマーク人とウルグアイ人カップルが、森の中で普段目にするのとは違う珍しいカカオポッドを見つけたことから始まりました。彼らは、それがかつてマヤの人々が神の儀式に使っていたものではないかと信じて、専門家と一緒に栽培を始め、マヤ遺跡の近くにあった特別な赤色のカカオポッドがなるカカオを、マヤン レッドと名付けました。 ゼロからスタートして今では小さな農園のおよそ300のファミリーによってマヤン レッド栽培が行われています。収穫したカカオ豆のクオリティを確かめるために、チョコレートを作るのはもちろん、チャイルドレイバーがないか、農民たちが今の環境で安定して暮らせているのかをチェックすることも欠かせません」。 |
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ホンジュラス マヤン レッド 73% ¥2,376(税込)
![]() マヤ遺跡に近い土地で作られている、強烈な赤色をしたカカオポッドが特徴のカカオ豆〈マヤン レッド〉を使用。 ヘーゼルナッツ、レーズン、キャラメル、コーヒーがバランスよく混じり合った香りが特徴のカカオ豆です。ブノワ・ニアン氏お気に入りのチョコレート。 |
収穫したカカオ豆のコントロールはブノワ氏が指示するのかというと、場合によっては外部の技術者、学者も関わり、より付加価値を高めるための取り組みを共同で行っているそうです。時にはブノワ氏から発酵や乾燥などのプロセスについてリクエストをするそうですが、何よりチームでの協力が大切なのですね。 |
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ノワール オ レ サンホセ デ ボカイ 55% ¥2,376(税込)
![]() ニカラグア共和国の農園カカオからはハイカカオのミルクチョコレートも作っている。ブロンドキャラメルの甘い香り、ドライアプリコット、イチジクのフルーティーな風味を感じるカカオ豆を使用。バランスのとれた優しい味わい。 |
自社農園であるフィンカ ルイ デ シサに関しても、カカオ豆生産だけではなく、ドイツの企業と協力しながら、森林全体の再生にも取り組んでいます。カカオの花の受粉を担う虫など、農園のエコシステムの保全にも力を入れています。 |
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フィンカ ルイ デ シサ 72% ¥5,400(税込)
![]() ブノワ・ニアン初の自社農園「FINCA LUIS DE SISA」で栽培したカカオ豆を使用。口に含んだ最初の印象はジャスミンを思わせる花の香り。その後プラムやチェリーのようなフルーティーな香りが広がり、最後にスパイシーな香りが感じられます。 |
ビーン・トゥー・バーの広がりとともに、カカオを取り巻く環境を俯瞰して見る時代になってきているのですね。チョコレート大国ベルギーでさえ、まだまだビーン・トゥー・バーはポピュラーといえるほどではないけれど、ベルギーの人々も食べてみると、伝統的な他ブランドとは違うとわかってくれる、すべては商品が物語ってくれるのだそうです。
そんなストーリーのあるビーン・トゥー・バーを使ったボンボンショコラはまた格別です。 今回のバレンタインコレクション「アフロディジアック」(愛の妙薬)のスパイス使いについて、組み合わせはどのように考えられたのでしょうか? 「アフロディジアックの力があるとされる原材料のリストからピックアップして、トライアンドエラーでできあがりました」。 |
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■アナナス&カネル ド セイロン(ミルクチョコレートガナッシュ)
![]() パイナップルと砂糖、シナモンの組み合わせは、食べてみると、シナモンなどのパンチある香りというより、カカオの後ろから穏やかにやさしく感じられ、探さないとわからないくらい。何かが香ることは感じますが。その繊細な香りの印象は、本物の材料を使い、チョコレートの風味を損なわないよう絶妙な匙加減で調整されているからこそ生まれるのだそうです。 ■サフラン&バニユ ド マダガスカル(ミルクチョコレートガナッシュ) ![]() サフランとマダガスカル産バニラの組み合わせは、ミルクチョコレートとマダガスカル産バニラの甘い香りの最後にサフランの香りが鼻から抜け、複雑で繊細なフィニッシュを迎えます。 ■ノワゼット&グレン ド コリアンドル(プラリネ) ![]() ピエモンテ産ヘーゼルナッツの自家製プラリネとローストしたコリアンダーシードの組み合わせ。 自家製プラリネはベルギーチョコのDNAなのか? そんな印象も受けますが、コリアンダーシードの柑橘系の香りが、今までにないさわやかでキレの良いプラリネになっていて、シャリシャリ食感の軽い音もごちそうに感じました。甘さより素材の味が出るように、レシピにこだわった作りだそうです。 |
そうなると自家製プラリネをタブレットチョコレートに仕立てた2種類のタブレット・フレも気になります。本物のチョコレートバーの体験と、昔ながらのプラリネの美味しさを組み合わせたチョコレートバーをお客様に提供したいという想いから生まれました。(※現在オンラインショップのみで取り扱い中) |
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タブレット フレ プラリネ アーモンド エ シトロン ¥5,400(税込)
![]() アーモンドプラリネに、レモンの風味を加えることで爽やかな味わいに仕上げました。ミルクチョコレートの柔らかく溶けるような食感と甘さが、中のプラリネと相性抜群の一品。 |
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タブレット フレ プラリネ ノワゼット フルール ド セル ¥5,400(税込)
![]() ヘーゼルナッツプラリネにフルール ド セルを少量加えることで、風味を引き立たせました。外側を包むダークチョコレートの苦味がタブレット フレ全体の味をバランスよくまとめています。 |
この他、スパイス使いのチョコレート(ピモン ド ジャマイク/ジャマイカペッパー)については、フランスの小さなスパイスメーカーとの出会いがあり、コラボレーションしたものだといいます。 「あたたかみがあっていいものと感じたので使ってみたら、攻撃的ではない香りでチョコレートとのハーモニーが楽しめるものとなりました」。 薄いコーティングのボンボンショコラはガナッシュとの一体感があり、繊細で複雑なフレーバーが、かえって余韻を長く感じさせてくれます。他のフレーバーも口の中でどんな反応が起こるのか、食べてみたくなりました。 |
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ブノワ・ニアン ボックス24個入 ¥11,880(税込)
![]() ハシエンダ ビクトリア、ホンジュラス マヤン レッド、アンボリカピキィといった産地別カカオのガナッシュの他に、上のアフロディジアックの3種類、フレッシュミントを使ったマントやジャマイカペッパー(オールスパイス)、キャラメル サレなど、バラエティに富んだフレーバーのボンボン24種類が詰合せに。 |
最後に伺ってみました。
この先、カカオに対する将来的なものはどんな風に考えているのでしょうか? 「気候変動などの問題もあり誰も予測できないだろうが、個人的な意見では、コートジボワールでは生産量があがっているのに価格も上がっている。誰かが投資でコントロールしているのかもしれないが、わかりません。もとの適正な価格に戻ってほしいところだけれど、誰にもわからないことだと思います」。 本当にその通りですね。 今後も銀座の店舗を通して、旅するカカオ職人 ブノワ・ニアン氏の出会ったカカオの魅力を発信していただきたいと思います。興味深いお話をありがとうございました。 |
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