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取材・文 佐々木 千恵美 |
前日に開催されたビギナーコースに続き、5月23日と24日、東京・三宿にあるカルピジャーニ・ジェラート・ユニバーシティにて、イタリアからカルロ・ピッコリ氏を招いてのチーズ製造講習会「体験コース」が開催されました。
前回のビギナーコースからさらに突っ込んだ、講義とは違う種類のチーズを作り、体験する2日間のコース。集まったのは、北は北海道から南は沖縄まで、日本全国からの熱心な10数名。 参加の動機を伺ってみると…、 牧場ではアイス、ドリンクはやっているが、ヨーグルト、チーズも出したい。 ジェラート屋だけれど、将来的にチーズもやりたい。 すでにチーズ製造をしているが、味のグレードを高めたい。 パティスリーで夏にはジェラートを作っているが、チーズも出来るのであれば。 カフェ、イタリアンなどの料理店であるが、チーズは業者から買っているので自家製でできるなら。 海外に長く住んでいた経験があり、酪農が身近であったから。 以前、イタリアのチーズアカデミーに行ったことがあるので。 等々… |
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作業着で講義を受ける体験コースの参加者たち。 |
チーズは工場で量産されるもの、輸入品という考えから、自家製も夢ではない身近なものへと変化してきているようです。クラフトビールやビーン・トゥー・バーチョコレートと共通した流れのようにも感じます。
「酪農家のスキルを伝えられるのはうれしい。」と、講師のカルロ・ピッコリ氏。挨拶も手短かに、作業開始です。なにしろ2日間で7種類のチーズを作って見せるハードなプログラム。マシーンの中ではすでに牛乳の加熱殺菌が行われていました。 「テクニカルシートをつけること。時間をきちんと把握することがとても重要です。」 ビギナーコース編で最後に紹介したテクニカルシート。発酵は微生物が働いて刻々と変化するから、わずかな時間の違いで目指すものができなくなる可能性があります。パンと同じく、分量だけでは把握できないプロセスが大事なのですね。 |
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この日作ったカチョッタのテクニカルシート。時間は右端に記載。 |
目指すチーズが決まれば乳や凝固剤の種類の選択、温度コントロール、凝乳の切り方サイズなどが決まってきます。その違いを、実演するチーズで見せていただく。これが体験コースの肝となりました。
1種類目のチーズは「カチョッタ」。ソフトタイプのひとつです。 加熱殺菌した牛乳に、乳酸菌を加え混ぜ、20分ほど寝かせます。乳酸菌が働いてきたところで温度が40℃になったらレンネットを加えてまんべんなく混ぜます。 このレンネットを加えるときの乳の温度が「T1」。作るチーズのタイプによって、「T1」の温度は変わってきます。カチョッタはソフトタイプなので高めの40℃ですが、固いチーズを作る場合は30〜34℃が適温。わずかな差で後に違いがでる、材料がシンプルなだけに興味深いところです。 |
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乾燥乳酸菌をマシ−ンの中の乳に加える。 |
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液体レンネットを計量。 |
ここでは混ぜ方にも注目。対流を起こしながら、カップを使って混ぜるとまんべんなくスムーズに混ざるそう。
カード(凝乳)が出来たか指を入れて確認したら、今度はカード切り〜乳の水分を抜く作業。カードナイフを縦横斜めに入れていきます。 |
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カードを指でチェック。 |
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良い状態になったらナイフでカードを切る。 |
この作業も作りたいチーズによってカットの大きさを変えます。水分を抜くのが目的だから、体積が大きければあまり抜けないし、小さければよく抜ける。つまり、ソフトタイプのチーズなら大きく、ハードタイプなら小さく切ればよいわけです。桃、杏、くるみ、ヘーゼルナッツ、コーン、米、麦、ゴマと、大きさを表すものはすべて農産物。チーズも農産物だからでしょうか。やさしく作業できる気がします。 |
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作業の待ち時間にはチーズ製造理論を。カードの大きさと温度、水分、脂肪分の関係についての解説をしているところ。 |
さらに水切りをするために、温度を再び上げます。これは「T2」と呼ばれる温度で、ハード、またはセミハードのチーズを作るためのプロセス。温度を上げることで、カードの水分がさらに抜け出るそうです。カルロ氏は、桶の中から何杯かホエーを取り出し、お湯を足し、やさしく混ぜて温度を上げていました。かき混ぜる時間と寝かせる時間も、目指すチーズのタイプによって短かったり長かったり。ぼんやりやっていることはないのですね。 |
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やさしくまわし混ぜてカードから水分を出す。 |
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温かくプリンや杏仁豆腐のようなテクスチャー。 |
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カチョッタの型入れ。 |
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ひっくり返す作業など、参加者ひとりひとりが体験。素早く力をかけずにひっくり返さないと崩れてしまう。 |
2種類目はリコッタチーズ。カチョッタの製造でたくさん出た水分〜ホエーを使って新たな牛乳を加えて作ります。ビギナーコースでも実演されたのでここでは割愛しますが、リコッタはホエーの中のアルブミンというたんぱく質が利用されて固まります。試食した前日のリコッタのなんと甘いこと! お砂糖を入れたのかと疑うほどでした。テクニカルな影響はもちろんでしょうけれど、何といっても原料のミルクが良いのでは!? |
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ミルキーで甘いリコッタチーズにうっとり! |
その原乳を提供してくださった磯沼牧場の磯沼正徳氏が、この日講習会場に来ていらっしゃいました。東京、八王子市にある磯沼牧場では、日本で一般的なホルスタイン種の他にも、ジャージー種、ブラウンスイス種、エアシャー種、ガンジー種といった牛種を子牛も含めおよそ100頭の牛を飼養、一日150Lほど搾乳しているそうです。見学や搾乳やモツァレラチーズ作り体験等々、一般に広く門を開いている酪農体験牧場なので、興味がある人はぜひとのこと。こんなにおいしい牛乳が八王子の街中でできるなんてありがたいことです。 |
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磯沼正徳氏に、牧場と乳について紹介いただきました。 |
* 磯沼ミルクファーム http://isonuma-farm.com/ |
3種類目のチーズはロビオラ。フレッシュでソフトなタイプのチーズです。カチョッタとは違う種類の乳酸菌を使い、より早く酸性化させるやり方で、レンネットを入れてカードを作ったら、ひとつは30℃をキープした状態、もうひとつは室温に放置した状態で一晩寝かせたもので、酸度の進み具合の違いを比較しました。バケツに入ったカードは、ヨーグルトより固めで、上部にクリームラインができていました。酸度は後者の方が高いという結果。それぞれを四角い大きな型にガーゼのような水切りできる布を敷き、カードを掬って敷き詰め、塩をふって再び布で覆い水切りをします。この状態で水分を切り、もう一晩寝かせ翌日成形をすることに。 |
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バケツのカードを左のネットを敷いた型にすくい入れ水切りする。 |
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ネットで上部を覆い寝かせる。どんなチーズになるかは翌日のお楽しみに。 |
この日のイタリアチーズテイスティングは、アズィアーゴとブッファラ・ウブリアート・ブルネッラ。手でちぎって匂いを嗅いで注意深く味わいます。香りによって山で作られたとか、熟成後にワインのアロマをつけたとか、テクスチャーが脆い、もっちりするなどから製法を探る。脂肪分、熟成度合いなども想像してみます。 |
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アズィアーゴ(上)はバターや草の匂いがして、テクスチャーはソフトで割れるチーズ。このことからカードはくるみとヘーゼルナッツの間の大きさで、テーブルの上でカード切りをするパスタロッタ、20〜40日熟成だと推測する。ブッファラ・ウブリアート・ブルネッラ(下)は水牛乳製のセミハード、米粒大のカードで5カ月熟成後ワインを絞ったぶどうの皮を表面にまぶして香り付け。 |
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会場に展示されたイタリアチーズ。試食したアズィアーゴは左奥、ぶどうの皮が外側に見えるブッファラ・ウブリアート・ブルネッラは右奥。 |
4種類目のチーズはセミハードタイプのチーズ。カードを米粒大に細かくします。早く酸化する乳酸菌なので、素早くしないと固くなってカードが切れなくなってしまうそうです。作業を見ていると、型も大きいし、力と手間のかかる上級編という感じです。 |
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セミハードチーズのカードはカチョッタよりも細かい米粒大に。 |
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大き目の型に入れたら重ねて少しだけプレスする。 |
体験コース1日目、最後の実演はモツァレラチーズ。ピッツァでお馴染みのモツァレラは、お湯の中で練って成形する、独特の食感が日本人にも大人気のチーズ。3つの方法で仕込んだチーズを使い、その違いを目で見て味わい感じとりました。
その1は前日のビギナーコースで仕込んだカチョッタ。 その2はこの日の講習会で最初に仕込んだカチョッタのホエーにつけたまま5時間置いたもの。 その3は2と同じく当日最初に仕込んだカチョッタを小さいチーズ型に入れておいたもの。 それぞれ細かく刻んで85℃のお湯の中で柔らかくして練ってのばし、成形したら水の中へ。丸くしたり編み込んだり、形のバリエーションが作れるのもモツァレラの面白いところ。ただしペーハーが高いとのびないし、低すぎると網状になってしまって良くない。ベストの5.1くらいになっていれば、ほどよくのびるチーズができるそうです。 |
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3つを食べ比べてみると、微妙に食感が違います。3は噛んだ時に一番きゅきゅっとなりました。
カルロ氏は言います。 「お客さんの目の前でモツァレラを作って食べさせるのも、素敵なプレゼンテーションですよ。」 見た通り、カチョッタが仕込んであれば、そのひとつを取り出してすぐに作ることができます。オーダーが入ってから作るなんて、鮮度が売り物のモツァレラにはぴったりだし、ライブ感も楽しめます。出来立ての自家製モツァレラチーズを使ったお料理やピッツァを売りにすることもできるでしょう。お店の特色も出せますね。 カルロ氏の提案を聞くとわくわくしてきます。乳という素材から広がる可能性があちこちに隠れている気がします。惜しみなく技術とアイデアを伝授してくださるカルロ氏の体験コース講習会。2日間の内容を一度にまとめるのは勿体なく思えましたので、体験コース2日目のレポートは次回までお待ちください。 |
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