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取材・文 佐々木 千恵美 |
7月初旬、プロを対象にしたヴァローナの特別講習会がドーバー洋酒貿易株式会社にて開催されました。
今年はブラックチョコレートの傑作「グアナラ」誕生30周年。今でもグアナラはヴァローナ社を代表するブラックチョコレートなのですが、発売当時はチョコレート界、パティスリー界にセンセーショナルを巻き起こしました。カカオ分が多く砂糖が少ないため、それまでのレシピの見直しが迫られたのです。 そういった背景から、フレデリック・ボウ氏がエコール・ヴァローナの設立、チョコレートのレシピ「エッセンシャル」を出版。ヴァローナ社はチョコレート製品を作り出すだけでなく、使い方の研究、提案にも力を注いできました。 今回は「グアナラ」の他に「ドゥルセ」と、3月に販売スタートとなったミルクチョコレート「アゼリア」を中心に、その使い方、技術をエコール・ヴァローナ東京の創設者でエグゼクティブ・シェフのファブリス・ダヴィドゥ氏が披露。会場はたくさんの受講者で席が埋まっていました。 早速講習の様子を見ていきましょう。 その前に、テーマの紹介を。ヴァローナの講習会には必ずテーマが設けられます。今回は「Utile ユティル 〜パティスリーの設計図〜」。フランス語の辞書をひくと‘役に立つ、有用な、有効な’という記載があります。ということは…? 「情報社会の世の中、この世界にも次々と新たな機械や道具、材料が登場し溢れています。でもそれをいちいち揃えていては、お金もかかるし無駄もでますよね。それに、お金をかけて最新の道具や材料を揃えても、結局個性がなく、周囲と同じものが出来てしまう…なんてパラドックスがあります。狭い作業場でも効率よく、少ない材料、少ない道具で最大の使い方を突き詰めること。かといって安い材料でオリジナリティを出そうにも、使い方の研究、試作に時間をかけてばかりもいられません。一定のクオリティと特徴のある材料で良いものを作り出すこと。そして品質だけでなくデザインにもオリジナリティを出すヒントを、この場でお見せしたいと思います」 またダヴィドゥ氏は、応用しやすい情報を提供するため、作業より話が多いのもヴァローナ特別講習会の特徴だと、講習会初参加者に向けて付け加えました。 とは言ってもこの日の品目はいつもより2つ多い8つ。昼休みを含めての7時間を、集中力を切らさないようにと挑みました。 |
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はじめの2品は、世界初のブロンド・チョコレートとして話題を呼んだドゥルセを使ったもの。作業に取りかかる前に、ドゥルセの特徴と誕生ヒストリーを、ダヴィドゥ氏が語り始めました。
「ドゥルセは偶然の発見から生まれたのです。今から10年ほど前、来日中のフレデリック・ボウ氏が、とある講習会会場のホイロに放置されていたホワイトチョコレートを発見したことがきっかけです。熱で薄茶色に変色していたそれを試しに舐めてみたところ、新たな美味しさに生まれ変わっていることに驚きました。トフィーのような、パートサブレのような香ばしさ。ボウ氏はこの味が気に入り、100℃位のオーブンにホワイトチョコレートを30分、1時間と、混ぜながら火を入れ再現していました。このように手間ひまかけて作っていたものを、製品化したものがドゥルセなのです。ドゥルセの特徴は、乳成分に含まれるホエイの加熱によって生じる塩味と、添加したバターによるまろやかさ。黄色いフルーツやコーヒーとの相性は抜群です」 ということで、一品目の「ENTREMETS DULCEY CAFÉ アントルメ・ドゥルセ・カフェ」。構成は、底にピーカンナッツのプラリネをどころどころにのせて焼いたビスキュイ・モワルー・ノワゼット、真ん中にコーヒーの香りを豆のまま抽出したクリーム〜シュプレーム・カフェ、上部はドゥルセの軽いムース〜ムース・アレジェ・ドゥルセ、そして全体を覆うのはグラッサージュ・ドゥルセ。 Utileなポイントは、コンベクションオーブンで生地を焼くときに天板でなくグリルにシルパット、そこに生地を流したセルクルを置くこと。熱伝導率がアップし、しかも天板と違いグリルは食洗機にかけられます。 また、味覚の点では、ムースの材料を水で乳化させることで、冷たい温度で食べてもすぐに味が広がり、日本の暑い夏にも対応できるようにされていました。 味の組み合わせもドゥルセ、コーヒー、ピーカンナッツの3つとわかりやすく、口当たりが軽いながら、カフェの風味やピーカンナッツの香ばしさとムースのクリーミーな舌触りが印象的でした。 |
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焼き上がりの状態。 |
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「ENTREMETS DULCEY CAFÉ アントルメ・ドゥルセ・カフェ」。デコールのディスクショコラは、コンパスカッターで好きな大きさにカットし、コームで筋をつけたもの。 |
二品目は「TARTELETTES DULCEY タルトレット・ドゥルセ」。直径8cm、ちょっと大きめのタルトレットは高さ1p。見た目に他と違うものにしたかったというダビィドゥ氏からは、サクサクで焼き縮みしないタルト生地と、フォンサージュの手間と難度を解決するヒントをいただきました。
アーモンドパウダーを混ぜて焼いたタルト生地に1品目でも紹介したシュプレーム・カフェ、クレムー・ドゥルセ・ア・ロー(水でつないだドゥルセのクレムー)、トップはドゥルセのディスクという構成。薄さが軽さにもなっていて、クリーミーさとサクサク感のコントラストが楽しめました。 |
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タルトレットはエコール・ヴァローナ東京で開発された穴あきセルクルにシルパン、グリルで火通り良く。 |
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「TARTELETTES DULCEY タルトレット・ドゥルセ」。高さ1cmの薄さがエレガント。 |
次は今年の新商品「アゼリア」を使った2品のデモ。いつものように、チョコレートそのものの説明&試食から始まりました。
アゼリアは世界初のローストヘーゼルナッツ入りミルクチョコレート。 ビターチョコレート主流のヴァローナが、近年注力しているミルクチョコレートのクレアション・グルメシリーズ、キャラメリアに続くアゼリアは、ヘーゼルナッツのHをとり、語尾をリアにしたネーミング。 だれもが疑問に思うジャンドゥージャ・レとの違いは、ヘーゼルナッツ比率が少なく、乳成分が多いのでセンターだけでなく、コーティングや型どりができるということ。そこをアピールすべく、今年のイースターキャンペーンには、アゼリアでエッグを作ったそうです。 食べてみると最初にヘーゼルナッツのナッティな香りが口に広がり、最後はカカオの風味が残ります。ミルキーでヨーグルトのような旨みも感じられ、甘さはすっきり。なめらかなフィニッシュはやはりミルクチョコレート。夏にはアイスクリームにコーティングしても美味しそうです。 |
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日本では今年3月に発売開始された「アゼリア」 |
三品目の「ENTREMETS AVELLANA アントルメ・アヴェジャーナ」は、底にビスキュイ・プラリネ、その上にアゼリアで作ったアングレーズ・ベースのクレムーを絞り、アングレーズ・ベースのムース・アゼリアを重ね、表面をグラサージュ・アゼリアで艶やかに覆ったもの。
一品目のムース・アレジェが冷蔵庫から出したての4〜6℃で食べても味が広がるのに比べ、アングレーズ・ベースのムースは10〜12℃がベストな食べ頃。ナッツの粗めの粒感とアゼリアのナッティ&ミルキーな風味にまったり。 |
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クレムー・アゼリアは一晩寝かせ固めになったものをビスキュイ・プラリネに絞る。 |
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「ENTREMETS AVELLANA アントルメ・アヴェジャーナ」。デコールのショコラ棒にはグラニュー糖を塗してある。 |
四品目は「TARTELETTES AVELLANA タルトレット・アヴェジャーナ」。ヘーゼルナッツ粉を混ぜたサブレのタルト生地にクレーム・ノワゼットを入れ焼きあげ、クレムー・プラリネ、泡立てたアゼリアのガナッシュとヘーゼルナッツのシュトルーゼルで飾り仕上げたもの。
二品目のタルトレット・ドゥルセよりもやや厚みを持たせ延ばしたタルト生地は、斜めのストライプの凸凹入り。この加工、なんとホームセンターなどで売っている掃除機などの管を麺棒のように使ってつけたもの。ちょっとしたアイデアで他と違うデザインになる。凸凹効果で食感にも不規則なリズムがついて、一層ヘーゼルナッツの香ばしさを感じました。 |
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側面の凹凸が目をひくタルトレットにクレーム・ノワゼットを絞る。 |
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「TARTELETTES AVELLANA タルトレット・アヴェジャーナ」。仕上げはガナッシュ・モンテ・アゼリアをサントノーレ口金で花のように。 |
五品目は「OURANJO ウランジョ」。南仏のオランジュという町を同地の方言でOURANJOということから名づけられたこのプティ・ガトー。地名と素材と形をもじったのか、形はドーム状、ホワイトチョコレートのオパリスにオレンジを合わせています。
もともと球状のものを作るためのシリコンの型をドーム型に応用。しっかりしているので、ゴム状のドーム型と比べ底が全く窪まず、きれいな半円ドームに出来ます。その特徴を活かし、トップになる部分にコンポテ・オランジュを、その下にガナッシュ・モンテ・オパリス・オランジュを配し、パンドゥ・ジェーヌ・オランジュを土台とし、グラサージュ・アブソリュをかけ艶のある仕上がりに。 「塩を入れたお湯でレモンなどの柑橘を炊くといやな苦味がとれます」とダビィドゥ氏。シンプルな構成の中には自家製コンポートを入れることでオリジナリティが出ます。 オパリスの透き通ったミルク感が、オレンジの爽やかな果実感とマッチしてヨーグルトのよう。パールクラッカンのサクサクした音が軽快さを添えていました。 |
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「OURANJO ウランジョ」。リボン状のチョコレートでパンドゥ・ジェーヌ・オランジュを覆ったデザイン。 |
六品目は「ENTREMETS GUANAJA 30ANS アントルメ・グアナラ 30ans」。
1986年、グアナラ誕生で業界に激震が走る。 そこにはどんな背景があったのでしょうか? 「当時は70%カカオなんてありませんでした。ヴァローナはただハイカカオを作ろうとしただけでなく、原産国まで出向き、香りのよい良質のカカオを仕入れ、ブレンドしていったのです。またそれまでの製品は大概カカオ50%で、ガナッシュのレシピもチョコレートとクリームの比率1:1が常識でした。ところがカカオ70%となると、カカオバター(脂肪分)の含有量も40%と高く、1:1では扱いが難しく、見直しが必要となったのです」 そうして誕生したのが冒頭でも触れたとおり、「エッセンシャル」と「エコール・ヴァローナ」。時代とともに「エッセンシャル」は改訂され、新たな手法も生まれています。その30年を振り返り作成されたのがこのアントルメ・グアナラ 30ans。 |
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誕生から30周年を迎えた「GUANAJA(グアナラ)」 |
シュトロイゼル入りのビスキュイを土台に、メインのグアナラを使ったクリームやムースなどで構成されたアントルメ。注目はこの講習会で3種類目のムース、パータ・ボンブをベースにしたムース・グアナラです。
「パータ・ボンブは甘い、ということもあり今ではちょっと廃れてきていますが、30年前は主流でした。実はチョコレートの味がはっきり出るのもパータ・ボンブなのですが、失敗するとただ甘くて重いだけになってしまう、非常に技術のいる製法なのです。そこで今回は、パータ・ボンブの新しい方法を紹介します。たまには作り方を見直すことも必要ですね。新しい発見があるものですよ」 こうしてダビィトゥ氏が取りかかったのが、材料を全て袋の中に混ぜ入れ空気を抜き、湯せん82℃で真空調理で滅菌するという方法。Anovaというメーカーの水温制御クッカーを使えば簡単にできると、スティック状のクッカーを鍋に入れて滅菌できるまで調理。その後中身をミキサーで泡立てれば、パータ・ボンブのできあがり。とても簡単に見えます。ちなみにこの道具、通販で3万円位。真空調理という方法は、以前は料理業界のものでしたが、今は菓子業界にも広がりつつあるとか。フルーツの加工などにも応用できそうですね。 パータ・ボンブで作ったムースの食べ頃は14〜16℃。3種類のムースの中では最も高く、冷蔵庫から出したら、少し置いてからがよさそうです。 口に入れるとグアナラの深いコクと、力強さが舌にのってきました。 |
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「ENTREMETS GUANAJA 30ANS アントルメ・グアナラ 30ans」。日本で1986年といえば…ドラゴンクエスト販売、雑誌「TARZAN」、「MEN'S NON-NO」創刊、歌謡曲「ヴァレンタインキッス」などが話題となった年。 |
七品目は「CARAMEL FOREVER キャラメル・フォーエバー」。 ミニマフィン型にタナリバ・ラクテを加え作ったキャラメルを並べ、ジヴァラ・ラクテを混ぜたビスキュイを流し焼いた菓子。カリカリのキャラメルでトップがコーティングされ生地はしっとり、ナッツの香ばしさが濃厚。キャラメル自体は紙に包めば、このまま商品になり無駄もありませんね。 |
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「CARAMEL FOREVER キャラメル・フォーエバー」 |
八品目は「CITRON VERT シトロン・ヴェール」 昔は良く見かけたリキュールシロップの糖衣ボンボン。コーンスターチを敷いて小さな窪みを作り、そこにシロップを流し表面をゆっくり結晶化させた後、チョコレートがけ。アルコール離れもあるけれど、作るのにはとても手間のかかるボンボンなのです。 「そこでリキュールを糖衣ではなく、アプソリュ・クリスタルを使いジュレにしてコックに流すという方法を考えました」。アルコールと糖の保存効果で火入れも不要、果実の香りをフレッシュのまま生かせるのも画期的です。 ホワイトチョコレートのオパリスを使ったライムのガナッシュと二層仕立てのボンボンは、フレッシュな果実味とスカッと鼻を抜けるウオッカの余韻が楽しい、モダンとクラシックが一体となった一粒でした。 |
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「CITRON VERT シトロン・ヴェール」 |
全てのレシピ実演が終わり、作品の展示に取りかかりました。この日ダビィドゥ氏が用意したのは、石膏で作成したオブジェ。パールショコラと水で溶いた石膏を型に流しできあがった造形です。
「ビュッフェのオブジェは1000円以下。時間もあまりかけられないですし」 工夫次第で何とかなる、頭ではわかっていても、なかなか思い浮かぶものではありません。 この日一日の中で、様々な役に立つこと、ヒントが散りばめられていました。 |
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ビュッフェの前で講習会スタッフと記念撮影。 |
■VALRHONA http://www.valrhona.co.jp/ |
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