だからスモーランド=森と湖が広がる気持ちのいい場所、と思い描いていました。ところが現実に人が生活していくには、あまりに厳しい土地だったのです。起伏のある丘陵地帯は、ごつごつした岩や石、砂利まじりの痩せた土で、そのままでは畑には適さない荒れた土地。そのため農業より林業が主で、マッチ生産はかつて国の主要産業であったといいます。今年91歳になるカンプラード氏も、6歳という幼少期からマッチ売りをしていたそうです。林業から家具、快適な暮らしをお手頃価格でというIKEAの理念がなんとなくリンクしますよね。 |
★Visit Småländのサイト(英語ページ) https://www.visitsmaland.se/en |
私のスモーランド訪問は、前回紹介のボーンホルム島からストックホルムに北上する途中、「ガラスの王国」に立ち寄ってみようと思ったことがきっかけ。コスタ・ボダなどスウェーデンを代表する伝統ガラス工場が点在するエリアもスモーランド地方にあるのです。そこでガラス以外に何かあるか情報を集め始めると、とても興味のわく郷土食が出てきました。
それがsmåländsk ostkaka(スモーランドスク・ウストカーカ)〜スモーランド風チーズケーキです。 日本でチーズケーキといえばベイクド、スフレ、レアタイプが一般的。クレメダンジュやティラミスもチーズケーキの仲間ですし、最近では塩気の強いブルーチーズを使ったお酒向きタイプもポピュラーになりましたね。専門店も珍しくなく、ケーキ店やカフェ、コンビニ等で気軽に買うことができるチーズケーキは子供も大人も大好き。スウェーデンでもレアタイプのostkaka(チーズケーキ)はカフェやケーキ店で目にします。ところがスモーランド風チーズケーキとなると話は別。スーパーの冷凍品コーナーとかチーズ専門店でなければ出会えない可能性が高いのです。 ケーキなのにケーキ屋にはない…スモーランド風チーズケーキとは、一体どんなものなのでしょう? 現地での体験を通し感じたままを紹介したいと思います。 最初にスモーランド風チーズケーキを見つけたのはマルメ(スコーネ地方の都市)のチーズ専門店。町を歩いていたら、ショーウインドウにsmåländsk ostkakaと書かれたかわいいパッケージが目に入り、すぐさま店内へ。マダムにどんなものなのかたずねました。 |
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マルメのチーズ専門店のショーウインドウに、アルミホイル入りのかわいいsmåländsk ostkakaを発見。 |
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スウェーデン産の他に外国のチーズもたくさん。希望すれば可能な限り味見もさせてくれる。 |
「これはスモーランドでも小さな生産者の、とてもよい品質のsmåländsk ostkakaですよ。冷凍されているので蓋をとってアルミケースのまま、低温のオーブンでゆっくりあたためてから食べます。カッテージチーズをベースとしたsmåländsk ostkakaはいちごジャムとホイップクリームを添えるのがポピュラーな食べ方。小さい方はだいたい二人分だから、ぜひ召し上がってみてください。」
なるほど、パッケージのイラストに描かれた通り。せっかくなので購入し、ホテルで自然解凍して食べてみることにしました。ホイップクリームは用意できないけれど、ジャムくらいなら朝食に出てくるのを貰えばいいでしょう。ところがどっこい、ここはスウェーデン。朝食のパンにジャムをつけないお国柄、ジャムの用意はなかったのです。仕方がないのでベリーのヨーグルトスムージーで代用、クリームとジャムの気分を想像しながらレッツトライ! 蓋を開けると表面はブリュレより浅い焼き色、厚さ3cm位のチーズケーキがアルミ容器ごと焼きこまれていました。まずはスプーンでそのままひとくち入れると、アーモンドのチャンクがカリカリ、杏仁香が口いっぱいに広がり、甘さ控えめなプリンのよう。カッテージチーズベースのためか、酸味はほとんど感じません。 続いてスムージーと交互に食べてみると、これがおいしいのなんの! ナッティでプリンのようなチーズケーキには、ベリーの酸味とふんわりクリームが美味しさのひきたて役であることを実感しました。 こうして私のsmåländsk ostkakaに対する印象は良いものでスタートしました。 |
★Brostorps Hemlagadeのサイト http://www.ostkaka.com/ |
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マルメのチーズ店で購入したBrostorps Hemlagadeのスモーランド風チーズケーキ冷凍品。紙の蓋には、ピクニックでチーズケーキを食べるカップルと犬が描かれている。ジャム、クリーム、森で摘んだラズベリー、ジュースも。材料はミルク、卵、クリーム、砂糖、スイートとビターのアーモンド、凝乳酵素のみ。 |
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中身はこんな感じ。おかゆのように見えるのが砕いたアーモンドの粒粒。歴史が古いだけあって、いわゆるチーズケーキというよりプディングのような感覚。 |
「ガラスの王国」の拠点として宿泊したのは、オーガニック系食材を使った料理が自慢のB&B。予約のやり取りをする中で、なんとsmåländsk ostkaka(以下チーズケーキと表記)をデザートに用意すると約束してくれたのです。宿の名前はGrimsnäs Herrgård。Lessebo駅からおよそ10km、スモーランドののどかな森林に溶け込む黄色いマナーハウスです。 |
★Grimsnas Herrgardのサイト http://www.grimsnas.se/ |
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宿泊したGrimsnas Herrgard。裏庭には夏至祭のメイポールが。この庭ではウエディングもできるようです。 |
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やわらかい光がさしこむ2階の客室。 |
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かわいいイラストが描かれたランドリールームの扉。生活が楽しくなりそう! |
チェックインすると、コーヒーと自家製アーモンドブッレのウエルカムスイーツを部屋に届けてくれました。スウェーデンでは旅先でもFika(フィーカ)の習慣は欠かせません。夕食まで時間があるので少し散歩することにしました。駅から車で来た道を数分歩くも、周囲は森と牛の放牧地が広がり、数軒の民家があるだけでお店などはありません。ごつごつした岩や石が塀のように積み上げられた光景があちこちに見られ、美しいけれどどこか寂しい雰囲気。数日前に見たスコーネの麦畑が広がる田園風景とはまるで違います。 |
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自家製アーモンドブッレとコーヒーでほっと一息。 |
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開拓者たちが積み上げたと思われる石の塀。 |
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石の塀の向こうには牛たちが放牧されている。 |
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岩場にたくましく実るリンゴンベリー。 |
「このあたりは開墾するにも厳しく貧しい土地。そのためスモーランド出身の多くが新天地を求め19世紀にアメリカへ渡ったんです。だから今ここに来るのはヨーロッパからの他に、アメリカからのツーリストが多い。自分たちの先祖の地をたどりにやってくるのですよ。」
迎えに来てくれた宿のオーナーが車の中で語ってくれた、移民の話しが頭をよぎりました。 参考までに19世紀にアメリカ大陸へ移民したスウェーデン人はなんと100万人。当時の国の人口の4人に1人の割合で、中でも多かったのがスモーランド地方出身者でした。 そんな貧しい土地でどうして有名なチーズケーキが生まれたのでしょうか。宿のサマービュッフェディナーで、感じ取ることにしましょう。 ダイニングカウンターには、多種多様な前菜からスープ、メイン、パンなどが美しくセッティングされ、食欲をかきたてます。北欧ではお馴染みのニシンマリネ、サーモンマリネ、シュリンプといった海の幸。リンゴンベリー、レッドオニオンとペストを合わせていただくムース(ヘラジカ)のスモークは絶品。野菜のキッシュ、きゅうりのスープも味付けがやさしく、身体にすっと入っていきました。 |
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カウンターに並べられたサマービュッフェディナー |
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彩の良いサラダ、ニシンは数種類の味つけで供される。赤い実はリンゴンベリー。 |
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パンも自家製でアニス&フェンネル入り。 |
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好きなものを好きなだけ食べられるのがうれしい。気に入ったらおかわり。 |
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食後のクッキーとコーヒー・紅茶もセルフ。 |
「ユーストロン(クラウドベリー)ジャムだよ。このあたりの湿地と森で採れたクラウドベリーとレモンで作ったんですよ。」 湿地に実るオレンジ色のクラウドベリーは摘むのも大変で、北欧のベリー類の中では希少で高価。独特の香りと種の食感が、ブラックベリーや野ばらの実にも通じます。そのままではつかみどころのないクラウドベリーですが、アイスクリームなどクリーム系との相性は抜群。アイスクリームを最高に美味しく食べさせるためのベリーではと思っています。 |
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オーナーの作ったチーズケーキはアーモンド香と食感に加えチーズの香りもしっかり感じられました。こんなに風味がたつのは温めた効果でしょうか? スフレみたいに食べては足していくクラウドベリージャム&クリームのコンビもどんどん減っていって、食べ終わるのが惜しいほどの美味しさでした。
「スモーランドにはOstkakans vänner(直訳するとチーズケーキフレンド:チーズケーキ愛好会とでもいうのか…)があって、毎年秋にコンテストが開催されているんだ。それぞれの家にレシピがあるから味も微妙に違う。もちろんうちのもオリジナル。気に入ってもらえてうれしいよ。」 |
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宿のオーナー、Miaさんと Suneさんご夫婦。 |
愛好会まであるなんて、このチーズケーキは作るのも食べるのも人気があるのですね。実は作るところを見学できないかたずねてみたのですが、このチーズケーキ、単純に見えて作るのにとても時間がかかるので無理とのこと。何故なら牛乳からチーズを作るところから始めなければならないからです。 |
★Ostkakans vänner(チーズケーキフレンド)のサイト http://ostkakansvanner.se/ |
基本的な製法をざっくり紹介すると、あたためた牛乳に小麦粉と凝乳酵素を加え混ぜ、数時間放置して凝乳を作り、水を切ったらそこに卵や砂糖、クリーム、アーモンド(スイートとビター少々)を加えて型に流し、オーブンでじっくり火を入れていくのです。
だからこちらでは時間があるときに作って冷凍しておくのだそう。それでマルメのチーズ店で買ったものも冷凍、スーパーでも冷凍品なのでしょう。それにケーキ屋の仕事ではない感じです。 チーズの発酵の仕方や水切り加減、焼き加減、アーモンドの比率等々…によって、味わいは違ってきます。先のチーズケーキコンテストの審査基準も、色と外観、香りと味、テクスチャーの3項目で点数がつけられるとのこと。ぱっと見とてもプリミティヴなチーズケーキなのに、なんて奥が深いこと! |
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部屋の窓から見た朝、放牧へ向かう牛たち。チーズケーキの材料となる乳やクリームを提供してくれるのかな? |
スモーランドの農村で中世から作られたのが起源といわれるチーズケーキは、保存できて持ち運びできるので、村での会食などに農民が持参するなどして親しまれてきたデザートのようです。食べるときは聖職者など偉い人がクリーミーな真ん中部分を最初に食べ、端っこの乾いた硬い部分は子供や使用人にまわされました。また、昔はチーズケーキを仕込んだ銅製鍋の錫メッキがとれた部分から溶け出す緑青毒を避ける意味もあったとか。ちょっと怖いですね。ちなみにOstkakans vanner(チーズケーキフレンド)のコンテストの様子を見ても、真ん中から食べるという作法は守られているようです! |
★参考写真 → http://ostkakansvanner.se/aktuellt-arkiv.html?month=201610 |
現地で貰ったパンフレットを読み進めると、これらのシーンはアストリッド・リンドグレーン作の「エーミル」にも描かれているとありました。「長くつ下のピッピ」「ロッタちゃん」など数多くの名作で知られる世界的児童文学作家リンドグレーンの故郷もまたスモーランド。天使のような男の子エーミルの、素直な心のままの行動が、数々のごたごたを引き起こす「エーミル」シリーズは、彼女の生まれ育ったスモーランドの農村を舞台に繰り広げられる物語。「エーミル」を読んだことのなかった私はチーズケーキがきっかけで、帰国後日本語版を読みふけりました。 |
たらふくソーセージを食べたたったひとりの男の子が、こんなにたくさんの人をこれほど幸せにするなんて! カットフルトでは、ようやくゆかいでたのしいパーティーになりました。…(中略)…スペアリブのオーブン焼きや子牛肉のロール巻き、ミートボールや酢漬けのニシンやニシンサラダやクリームシチュー、それにプディングやうなぎの香酢冷製などが、食べたいだけあったのです。その上最高においしいスモーランド地方のチーズケーキを、泡立てた生クリームやイチゴソースといっしょにごちそうになりました。 「さいこに、うめえだあ。」エーミルがスモーランド弁でいいました。もしもみんながこのスモーランド地方のチーズケーキを食べたことがあれば、エーミルの言葉がほんとうだとおわかりになるのですが!
※「エーミルはいたずらっ子」アストリッド・リンドグレーン作 石井登志子訳
岩波少年文庫より抜粋 |
現地での自分の体験と、エーミルたちがおいしそうに食べるところが重なって心が弾みました。生活は楽ではなかったと思うけれど、最高においしいチーズケーキがあれば幸せ! スウェーデンにはチーズケーキの日というのがあります。それは11月14日。先のOstkakans vanner(チーズケーキフレンド)が2004年に設けた日ですが、この日はリンドグレーンの誕生日。なんだか偶然ではなさそうです。 食べたことのないものを作るのはゴールに迷って難しいのですが、もしチャレンジしたくなったらスモーランド地方を紹介するサイト内にレシピがあります。写真だけでも覗いてみてください。 |
★スモーランドチーズケーキのレシピ(スウェーデン語のみ) www.smaland.se/OmSmaland/Receptpasmalandskostkaka/tabid/462/language/en/Default.aspx |