日本のパン屋に並ぶパンの種類といったら世界でも群を抜いて豊富ですが、北欧のパン屋も負けていないと思います。大小大きさや形、使う粉、酵母、材料の違いがあって、眺めているだけでわくわくしてきます。 その中でも特に私が興味を持ったのが薄焼きパンとサワー種のパン。初めてのスウェーデン北極圏で食べた薄焼きパンのロールサンドは本当に衝撃的でした。 ハムやチーズ、野菜を巻いた薄焼きパンのサンドイッチは、異国の味なのに食べやすくてあっという間に胃の中へ。一見ピタやトルティーヤのようだけどもっとやさしい味。日本にはない風味。 それからサワー種のパン。酸っぱすぎず固すぎない、ほんのり甘いうま味の詰まったサワー種のパンは、ドイツで食べたものよりも印象強く残りました。 旅にパン屋めぐりは欠かせませんが、2017年秋の旅では思いがけないチャンスが巡ってきました。ずっと気にかけていた薄焼きパンのお祭りが、スウェーデンの北部の小さな町で開催されるというのです。そこでお祭り行きを計画。主催者に連絡をとると、パン屋さんをいくつか紹介してくださり、1軒見学の手配もしてくれたのです。 これから数回のお話しは、スウェーデン北部の小さなパン祭りとパンにまつわる体験を書いていきたいと思います。(数か月間、連載に間が開いてしまいましたが、またお付き合いいただけますように) 初回はパン屋さん見学レポート。 ウーメオという町の郊外にあるハガブロード Hagabrödを訪れたときのお話しです。 ウーメオ Umeåは、ストックホルムから北におよそ600km。ボスニア湾に面したスウェーデン北部で最も大きな都市です。また大学が2つあることから、スウェーデンで若い人が最も多く暮らす都市とも言われています。町の中心部を歩いていると確かに若者が多く、活気を感じます。 ハガブロードが位置するのは中心から5kmほど離れた郊外。パステルブルーの木の壁に赤いレトロなテントの入り口が目印です。迎えてくれたのは店主の Olof Wikströmさん。奥様と数人のスタッフで30数年前から営むエコロジカルなパンとスイーツのお店です。 |
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Hagabrödの建物。 |
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窯の前に立つ Olof Wikströmさんと奥様。回転式のオーブンはスウェーデンの発明だとさっそく教えてくれた。 |
入ってすぐのショーケースにはシナモンロールなどフィーカに欠かせないスイーツ、様々な表情の食事パンが彩りよく並んでいました。夏の終わりのこの頃は、カルダモンの甘い生地に旬のブルーベリージャムを巻き込んだブルーベリーブッレが人気だとか。ブルーベリーに目がない私。早速いただいてみると、ブルーベリーの風味が濃厚で、しっかりした食感の生地とうまく絡んでたまりません。カルダモン入りのスイーツ生地はフルーツとの相性もばっちりですね。 |
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形も大きさも種類が豊富な食事パン。 |
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フィーカのスイーツパンにも季節感がある。手前はブルーベリーブッレ |
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季節限定のブルーベリーブッレはお店によってそれぞれ微妙に味わいが違う。こちらのお店のものはブルーベリーがしっかり主張していた。 |
朝8時半を過ぎていたので仕込みはほとんど終わっていたのですが、材料の粉、サワー種、道具や機械を見せていただきました。 ドイツの影響を受けたといわれるスウェーデンのライ麦パンですが、粉の分け方はちょっと違うようです。例えばドイツでは灰分量による数値でタイプを示しますが、スウェーデンでは全粒粉(mjöl)か、ふるいにかけて胚芽やふすまを除いた(Sikt)粉かという分け方です。詳しくはわかりませんが、違いを身振り手振りで教えてくれました。 |
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ライ麦の粒。 |
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スペルト小麦のSikt粉。Salta Kvarnはスウェーデンの有名なオーガニック製粉メーカー。 |
「うちではオーガニックのスペルト麦 Sikt粉を使ってスペルトサワー種も作っています。ライサワーは35年継いで使っているんですよ。」 そういって、Olofさんはサワー種の味見をさせてくれました。スペルトサワーの方が酸味が強く、ライサワーはやさしい酸味だったのが印象的。上手につないでいるのでしょうね。 |
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やさしい酸味のライサワー。 |
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スペルトサワー。スウェーデンではスペルト小麦のサワー種パンも人気。 |
さらに驚いたのは年季の入ったミキサー。 「これは100年使っているミキサーですよ。ゆっくり回転するから生地にやさしく気に入っています。」 ライサワー種のパン生地を捏ねるのにはちょうど良いのだとか。100年前の動力が現役なんてすごい。メンテナンスは大変そうだけれど、生地に愛情をかけることが第一なのですね。 |
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100年前に作られたライ麦パン用のミキサー。ゴムベルトが劣化すると交換しなければならないが、働きが気に入って手放せない。 |
こちらにはミキサーが3つあって、2台目はフランスパン生地用、一番新しい3台目がシナモンロールなどグルテンの強い生地にと、目指すパンによって使い分けているそうです。 |
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左手前からライ麦用、その奥の白いミキサーはフランスパン用。 |
低温で18時間かけて焼き上げるプンパニッケルのために、なんと自作の木製型を使っているとのこと。一般的な金属型では熱伝導の良い外側が長時間加熱で固くなってしまうので、やさしく熱の入る木型を使いたく、メープルの木材で7個入る型を作ったのだそうです。長年使っているためプンパニッケルみたいに真っ黒くなった木型は持ってみるとどっしり重たい。この中に750gの生地が7個で5250gが加算されるとなると…想像しただけで大変! |
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プンパニッケル生地が一度に7個焼ける手作りの木型。蓋は金属。 |
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持たせていただくと型だけでも重たい。5kgはありそう。 |
このプンパニッケルをはじめ、お店自慢のサワー種パンを少し味見させていただきました。穀物そのものの味が舌にのって噛むごとにじわじわと味わいが深まります。プンパニッケルは色調通りキャラメライズされた甘味とねっとりとした食感が個性的な味わい。材料はライ麦粉と水、塩、モルトだけなのに時間と微生物、熱でどうしてこんなに変身するのか、食べる度にただただ頷くばかり。 |
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デンマーク風ライ麦パン Danskt Ragbrodを薄くスライスし、バターをつけて試食。 |
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大概のパン屋さんはスーパー等に卸しもしている。袋に入れてシールを貼ったプンパニッケル。 |
丸い表面にひびが入ったフィンランド風のライ麦パン Ilmarinens råg 、デンマーク風のローフ型で焼いたライ麦パン Danskt Rågbrodも、基本材料はライ麦、水、塩だけ。 |
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あっ、ところでスウェーデン風のライ麦パンは? 「ああ、ライサワーとほんの少しイーストを使ったフルーツライブレッドがあるよ。シロップの代わりにドライフルーツで甘みをつけたのだけど、クリスマスの料理にもぴったり。」とOlofさん。 実は私、シロップで色と味わいに深みを加えたスウェーデン風のサワー種ライ麦パンが大好き。だからこちらでお話しを伺えたらと期待していたのです。しかしその種の甘いライ麦パンは、スウェーデン南部のものだから北部ではめったに見かけないと聞きハッとしました。そう、日本でお味噌が地方によって違うように、スウェーデンでも地方によってパンの文化が違うのです。 「うちではプンパニッケルがシロップ入りライ麦パンの代わり。ニシンの酢漬けをのせて食べるのがおすすめですよ。」 Olofさんは旅で出会ったお気に入りのパンを再現しているのだそう。ドイツのプンパニッケルやフィンランド、デンマークのライ麦パンがあるのはそのためとか。 |
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9時半をまわりそろそろ次の訪問地へという時、
「コーヒー飲みませんか?」 と声がかかりました。 そうです。これがリアルなフィーカ(FIKA)。 真ん中に置いてあった大きなスイーツロールがカットされ、カップにコーヒーが注がれると、仕事の手を休めたスタッフ全員が大きな作業台に集まりおしゃべりをはじめました。 |
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作業台を囲んで。これぞリアルな職場フィーカ。 |
仕事を円滑にするための大事なコミュニケーションとはいえ、営業中に全員揃ってお茶タイムなんて、日本では考えられないこと。それでも決行しようと思えばできる! ある意味、このお店で一番衝撃を受けた体験でした。 |
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