フランスきっての美食の街、リヨン。そこで、今話題のマカロンがあるという。
赤や黄の鮮やかな色合い。そして、カシャッと小さな音を立てて崩れる繊細な食感・・・。
と、ここまでは普通のマカロンと変わらない。
ところが、口の中に広がるのは、なんと、オリーブやピーマン、フォアグラなど“塩”を効かせた料理のような味わい。コック(生地)の“甘”とクリームの“辛”がほどよく調和した、お菓子と料理の間のような感覚が心地良い。今までになかったのが不思議なくらいだ。

フォアグラクリームをたっぷり挟んだ塩味マカロン。細かくアッシェしたキノコのソテーとの相性も抜群!
※フランス展のみの限定販売



「甘辛を組合せたこのマカロンは、発表以来、どんどん人気が高まってきているんです。アペリティフにしてもいいし、サラダなどに合わせても色がきれいなんですよ」
派手なピンク色のラインが斬新な、黒のコックコートに身を包み、颯爽と現れたのはリヨンの老舗パティスリー「ブイエ」の2代目、セバスチャン・ブイエ氏。史上最年少のルレ・デセール会員として世界中の注目を集めるパティシエだ。今年の6月、伊勢丹新宿に日本初出店をしたことも記憶に新しい。

ピンクはフランス展のためにセレクトした色とのこと。サロン・ド・ショコラでは別のカラーになっているかも・・・!?


若き天才と言われるブイエ氏。まずは、その生い立ちについて伺ってみた。
「子供の頃から父の働く横で、お菓子を作ったりレジを手伝ったりしていました。それから、ボクシングやサッカーなど、スポーツも得意でしたよ」
血色が良く、がっちりとした体格のブイエ氏。少年時代からスポーツ万能の快活な少年だったことが、容易に想像できる。だが、家業ということもあって、15歳になると、自然とパティシエの道へと進むことになる。
「両親の元で修業というのはなかなか難しいので、リヨンを出て、別のパティスリーに入ることになりました。その時でしょうか、絶対にこの仕事をしようと強く思ったのは」
パティシエへの気持ちを新たし、修業を重ねたブイエ氏は、一度リヨンへ帰郷する。
「リヨンでは父の弟子の店で2年ほど働きました。その後、CAP(職業適性証書)をとってからは、エグサン・プロヴァンスにあるM.O.Fパティシエ フィリップ・スゴン氏(「リエデレ」)の所などへ。とにかく行く先々で素晴らしいものに出会いました。その経験は今の自分にいきていると思います」

本店で味わえる塩味のマカロン「サレ」は計6種。これは黒オリーブペーストをサンドした「マカロン タブナード」

エスペレット唐辛子入り赤ピーマンのコンポートをサンドした「マカロン ピマン」には、バジリコのソースを添えて


だが、ここで満足するブイエ氏ではない。最先端の感性と新しい出会いを求めてパリへと上京し、「ジェラール・ミュロ」で2年間、シェフパティシエとして活躍。そして、2000年に再びリヨンへと舞い戻った。実家「ブイエ」としては、待望の2代目の凱旋帰郷となるはずだったが・・・。 「実家に戻る前、父に言ったんです。『帰るけれど、絶対に自分のやり方で仕事をしたい』って。いろいろと問題はありましたが、結局、ほとんど自分のやり方に変えてしまいました」
歴史ある老舗を変えてしまう・・・。言葉だけ聞くとかなり強引なやり方に聞こえるが、問題はなかったのだろうか?
「確かに、世代交代で問題が起こる所も多いんですよ。うちの場合は、父がオープンマインドな性格ですべてを受け入れてくれたので、とてもラッキーでした」
と、ブイエ氏は屈託のない笑顔を見せる。

リヨンのブイエ本店。パッと目を引く洗練された店構え


そして、新「ブイエ」がスタート。雰囲気はもちろん、内装やケーキも一変し、8名のスタッフも加わった。
だが、ここで気になるのが先代のケーキ。今まで築き上げた老舗「ブイエ」の味はどうなったのだろうか?
「ええ。『デリス』というケーキが1つだけ残っていますよ」
「ブイエ」を訪れたことのある方は、もしかするとご記憶ではないだろうか。鮮やかで斬新なフォルムのケーキが並ぶショーケースで、ちょっと肩身が狭そうなクラシックスタイルのケーキ。それが、「デリス」だ。時代、そして息子をオープンマインド≠ナ受け止めたお父様なりの主張なのかもしれない。

「オリジナリティを出さなければ、せっかくの世代交代の意味がないと思うんです。それに、私のしたことが、リヨンのパティスリー界に息吹を与えたとも感じています。パリにいた頃、ミュロ氏の元でマカロンを作っていたのですが、当時リヨンでマカロンを販売する店は少なかった。それが今ではリヨンみやげとしても定着し、週に300kg作るほどにまでなりました」

「パティシエというのは、独自性をいかすことができる職業だと思っています。たとえば、有名店で吸収した技術や感性は、自分の中で消化することで、自分だけにしか表現できないものを創り出すことができます。海外旅行などもアイデアを得るいいチャンス。元々、好奇心が強いので、そういう面をいかしたオリジナリティを出していきたいですね」
情熱的なグレーの瞳、そして溌剌としたブイエ氏の口調には、若さと勢いが感じられる。あらゆるものを吸収して、自分の中に取り込もう。そんな貪欲なまでの意欲が垣間見える。

通常の甘いマカロン「シュクレ」。定番のキャラメル・ブール・サレのほか、ポップコーンを散りばめるなどアイデアが光る


世代交代を機に、新しい自分流の感覚でお菓子を作っていくブイエ氏。その一方で、リヨンには老舗ショコラティエ「ベルナシオン」のように、代々変わらぬ味を作りつづける所もある。そういった店についてはどう考えているのだろうか。
「『ベルナシオン』はリヨンの象徴のような存在。私も大好きなお店で、リヨンの味として守っていくのは大切なことだと思っています。それに、お客様自体にも好みがあり、「ベルナシオン」の味を好む人もいれば、私のような新しい味を好む人もいます。ですから、ライバルと考えたことはまったくありません。本当ですよ!ライバルじゃない証拠に、今回は私が(『ベルナシオン』の)フィリップを日本に誘ったんですから!」
と、慌てて説明するブイエ氏。一緒に来日した『Le Bec』、『ジョクトー』、『ベルナシオン』などはみんな気の合う仲間らしく、毎晩15,6人で街に繰り出し、楽しく東京を満喫しているのだそうだ。
「今朝は皆で築地の魚河岸に行ったんです」
イキイキと輝くその表情は、まるで修学旅行を楽しむ少年のようにみえる。

伊勢丹新宿店への出店以前から、日本へ興味を抱いていたというブイエ氏。日本についてどう感じているのだろうか。
「日本はおもしろいですね。砂糖や乳製品の種類が非常に多いのには驚きました。フランスとは気候や湿度が違うので、そこをしっかり考えた上で私のお菓子も提供していきたいと思っています」
実は、このインタビューの直前に行われたセミナーの中で、「日本で購入する場合は、作ってからどれ位経ったものなのですか?」という質問があった。フランスで食べる出来たての感動が、日本では味わえないのではないかと懸念するファンから率直な質問だった。
「日本に店を出すに際して心配だったのは、まさにそこでした。フランスと日本では気候や湿度も違います。食べる方のことを考えれば、その土地に適応することが大切だと私は考えました。特に、日本では保存する際の方法や期間も重要な問題になる。そこで、作りたての味を届けるため品川に工場を作りました。当然、ブイエ本店でしっかり研修を受けた製造スタッフが作っているので、味や品質に関しては心配ありません。フランスと同じ味、クオリティが実現できなければ、私は日本に来なかったでしょう」
本場の味を空輸で運ぶという方法もある。だが、それはロジックではない≠ニブイエ氏は言う。
「設備の都合上、ショコラだけはフランスから空輸していたのですが、設備やスタッフなど、やっとすべての環境が整いました。ヴァレンタインに向けて、パッケージのデザインにもこだわっているので、ぜひ楽しみにしていてください」

日本のファンを前に、ギモーブ作りをレクチャー
レシピページでご紹介しています



味はもちろんだが、異国の地で自分の味を理解してもらうためのリサーチにも手を抜かない。
「日本に出店する際に考えたのは、何をブイエのカラーとして打ち出していくかということ。伊勢丹には競合のパティスリーがたくさんあるので、オリジナリティを出すために特にマカロンやマカリヨンに力を入れました。実は、日本では6種類販売しているマカリヨンですが、リヨン本店ではキャラメル・サレ1種類しか販売していないんですよ」
その予測は見事的中。プティガトーよりもマカロン、マカリヨンの売れ行きが良いそうだ。

フランス展では、アントルメ仕立てのマカロンも紹介。味はもちろん、センスの良さもさすが!マロンのマカロンにモンブランを添えた「モンブラン」

「マカロン バニーユ・フランボワーズ」マカロン生地にクリームをたっぷり挟んだプティガトーを添えた、グリオットのマカロン

「モエル−ショコラ クーロン」マカロン キャラメル・サレに、温かいフォンダンショコラを添えて


ちなみに、このマカリヨンはマカロンとリヨンをもじったもの。マカロンをビターなチョコレートでコーティングした「ブイエ」のスペシャリテだ。
「ショコラの作業中、たまたま近くにマカロンがあったので、コーティングしてみたらおいしかったんです。ショコラでコーティングされているため、持ち運びする際に壊れにくく、日持ちもします。リヨンに遊びに来た人のおみやげにも喜ばれているんですよ」

マカリヨンのコックはすべてチョコレート味。黄色や赤など色鮮やかなものも


既成概念を軽快に打ち破っていくブイエ氏。そんな彼は、これからのパティスリー界をどのように捉えてえているのだろうか?
「フランスのパティスリーは、ルノートル氏、ピエール・エルメ氏と来て、これからはクリストフ・ミシャラク氏(プラザ・アテネ)の時代です!そうそう、ミシャラク氏がWEB上に公開しているブログがあるのですが、これが素晴らしいんですよ」
味ならわかるが、ブログとはいったい・・?
「彼は、レシピや技術は包み隠さず公開します。そして、これがまさしく、フランスパティスリーの新しい扉だと思うのです。父の時代には、レシピを隠し持っていたそうですが、これからは違います。様々なレシピや技術を知った上で、いかに自分の感性を活かした新しいものを打ち出せるか、そこに未来があるのだと思います。もちろん、コピー品も登場するでしょうが、それはコピーでしかありません。レシピを感性で消化して、新しいものを創り出していく。これからも、オープンマインドで情熱のある人たちとの意見交換はどんどんしていきたいですね」

ビターチョコにつけていただく「マカロンフォンデュ」は、パーティでも楽しめそうな一品


伝統、革新・・・。
そういった言葉にしばられない柔軟な感性で、ブイエ氏はフランス、そして日本のパティスリー界を、力強くリードしていってくれることだろう。


レシピページにて、やわらかい歯応えが魅力のギモーブレシピをご紹介しています!



セバスチャン・ブイエ
住所 東京都新宿区新宿3-14-1 伊勢丹 新宿店 B1F
TEL03-3352-1111(代表)
営業時間10:00〜20:00
定休日無休(伊勢丹新宿店に準ずる)