この独特の雰囲気はなんだろう。ムース類や焼き菓子、チョコレートなどの正統派フランス菓子が揃うパティスリーかと思えば、その横には30種類ほどもあるパンがずらり。天然酵母を使ったハード系のものからヴィエノワズリ、惣菜系までが並ぶブーランジェリー並みの品揃え。そして奥には立派なカフェスペースも。ここでは日替わりスープとパンとサラダをセットにしたランチメニューやサンドイッチ、グラスに皿盛りデセールなんかが用意されている。更に豆などのちょっとした食材が売られていたり、他にもパン、菓子、料理教室を開催していたり。いったい何がメインなのか、パッと見はわからないほどだ。
「良く言われます。結局、何屋なんだって(笑)」
とシェフの藤巻正夫さん。実は10年前の「レジオン」オープン時から、もっと正確に言えば、パリで修業した時からずっとある理想を描き続けてきた。
「目指しているのはパリの『フォション』なんですよ。初めて訪れたときの衝撃は今でも忘れられないほど。だって、パンも菓子も惣菜も食材も、それからカフェもと、食をトータルに提案しているでしょう。しかも、クオリティが高い。これはすごいなと」
フォションといえば、言わずと知れたパリの高級食料品店。穀物も野菜もフルーツも、厳選されたあらゆる食材を販売していて、自社ブランドの紅茶があって、それらの食材を使ってパンや菓子や料理を提供する。そんな、ひとつの店の中で地球規模に循環しているようすを目の当たりにして、驚いた。いつか自分もこうした形でお客に貢献できれば・・・そう決心したのもこの時だ。だから、藤巻さんの興味は自然に素材へと向けられるようになった。

気軽に食事を愉しんだり、気ままな時間をすごしたり。街にすっかり溶け込んだ店は、まるでフランスのカフェのよう


「え、その話ですか?これが話すと長いんですけれどね・・・」
なぜ無(低)農薬の素材にこだわるのか、そして食品添加物を使用しないことが大切なのか。その質問を投げかけると、もう、藤巻さんの勢いは止まらない。情熱的に語り始めた。
「今から15年ほど前、ある講演会に出たことがきっかけなんです。テーマは1970年代のアメリカの高度経済成長時代の食に関しての講演会(マクガバンレポートを使用)でした。。中でも食に関していえば、大量生産、大量消費が良しとされていた時代。でも、その一方で、農薬や抗生物質がばらまかれ、大きなひずみが生じてしまった。添加物にしたって、例えば合成着色料はアスファルトと同じ原料なんだと聞かされて。そうした化学物質が、当時アメリカで社会問題になっていたハイパーアクティビティの原因のひとつにもなっているって言うんです。日本ではまだそれ程問題視されていない頃だったから、随分ショッキングでしたね」


東京・世田谷「オーボンヴュータン」などを経て渡仏。フランスのレストラン「ムーラン・ド・ムージャン」、「ラ・コート・ドール」、パティスリー「ジョルジュ・ベーニュ」などで修業後、小田原「ブリアン・アヴニール」のシェフとして華々しく活躍していた藤巻さんにとって、大きなターニングポイントを迎えることとなったのがこの時だった。ただおいしいだけのものではなく、安全で安心できるフランス菓子を。菓子作りの姿勢が180度変わり、体に優しい素材選びを優先するようになった。その傾向は、レジオンをオープンしてからますます顕著なものになる。できる限り無(低)農薬の日本の素材を使うことや体にいい素材をとり入れることもそうだし、食品添加物(保存料、着色料、人工香料、起泡剤、その他すべての添加物)を一切使用しないこともそう。逆に、普通の菓子屋では見かけないような素材だってここには存在するから面白い。例えば、「クール ド マロングラッセ」に使われている天然重曹。重曹が“天然”と言われても、正直、ピンとこないのだけれど・・・。
「重曹っていうと化学的なイメージが強いからでしょう。それは化学の力で大量生産してしまったから。でも、元々は土の中からとれるもの。数年前にこの天然重曹の存在を知ったんです。おかげで、マロンペーストをたっぷり入れた重い生地も、ふっくらと上がるようになりました」

しっとりとしてラム酒が香り高い生地に、大粒のマロングラッセを贅沢に使った「クール ド マロングラッセ」


他にも、店名を冠したチョコレートケーキ「レジオン」。何気なく商品カードに目をやると、“大麻”の二文字が飛び込んでくる。それって、もしかして・・・?!
「そう、麻薬に使われている、あれです(笑)。といっても、大麻は他の麻薬とは一線を隔したヘルシー素材なんですよ。大麻の実はたんぱく質やミネラルが含まれる上に油脂分も豊富と、とてもバランスのとれた植物。七味唐辛子の一味にもなっているくらいにメジャーなものなんです。それに、戦前は悪いイメージは全くなかったし、今でも許可さえあれば栽培もできますよ。もちろん、麻薬に使われる部分は一切使用していませんからご安心ください」
素材の話になると目はキラキラと輝き、声も弾みがちに。そのテンションに、取材しているこちらがぐいぐい引き込まれてしまう。

フランスの雰囲気そのままのパンコーナー。奥の棚には大型パンが、手前のショーケースには小型パンやヴィエノワズリがずらり


オープン後まもなくしてからパンの販売もスタート。目指したのは、体を作る主食としてのパン。だから、素材には徹底的にこだわった。自家製レーズン酵母やホシノ天然酵母に国産小麦(オーガニックも含む)、国産ライ麦、天然塩、生体エネルギー水など、できるだけ安全性の高いものを。バゲットやカンパーニュなどハード系のものが充実していて、中には量り売りタイプの大型パンもある。対面形式のショーケースに並んだパンは見るからにフランス的・・・だと思っていたら、不思議と和の香りも。
「例えば『レジオン生地』と名づけたカンパーニュ生地には、玄米やきび、あわなどの穀物を練りこんでいます。何故そんなことをするようになったかというと、答えは簡単。私の実家が新潟の米農家なんです」
国の減反政策や消費者の米離れにより、農家は減少の一途をたどるばかり。幼少時代に見慣れた米の実の穂がキラキラと輝く広大な田園風景も、年々小さくなっていく。藤巻さんにとっては、それは残念で仕方がないのだ。だったら、
「自分の店でパンの材料にすれば、少しでも米の消費が増えるのではと思って。どこまでも続く一面の田んぼって、見たことありますか?すごく綺麗なんですよ」
田舎の風景を懐かしんで目を細める藤巻さん。

「田舎の秋」さつま芋と小豆あんのホクホクとした食感が魅力

もっちりとした食感と発酵バターの香りが決め手の「クロワッサン」


他にもゴマやみそ、よもぎ、青のりなどの和素材をふんだんに使用しているけれど、どのパンも顔ぶれはいたってフランス的。そんな中、明らかに和風の佇まいで異彩を放っているのが「おにぎりパン」だ。海苔を巻いた三角形のパンは、まさに、おにぎり!具材がキャベツと梅干しということにも驚いたが、中からご飯が出てきたときには本気でびっくりしてしまった。
「梅干おにぎりをイメージしていたんですがね、これがけっこう難しかった!梅干の酸味って、強烈でしょう。だから、天然酵母の酸味と合わないんですよ。あれこれ試行錯誤しているうちに、ふとシュークルート(キャベツの酢漬け)が頭に浮かんできて。そこで梅干にキャベツを合わせてみたところ、いい具合に酸味が和らいだんです。今度は本当のおにぎりを中に入れちゃおうかとも思ってます(笑)」
コロンとした愛くるしい姿に、何種類もの雑穀や和素材が織り成す滋味深さが印象的な逸品。レジオンの人気者という話にも思わず納得してしまう。

「おにぎりパン」は、梅干&キャベツの他、しいたけ&かぼちゃ&ひじきバーションなども


素材に目覚めてからというもの、たくさんの業者や生産者の人たちとの繋がりが生まれ、声をかけられるようになった。最近は自ら野菜の栽培を手がけることに。やはり、行きつくところはそこになるらしい。
「友人と3人で自然農法にチャレンジしています。もちろん、指導を受けながらですけれど。自然農法って農薬を一切使わないんです。有機肥料だってあげないから、本当に自然のまま。その分、土づくりにはうんと気を使ってあげないといけない。例えば、雑草一本一本の抜き方だって大切だし、抜いた雑草は捨てずにその場に置いておくのが原則。草は大地からエネルギーをもらっているから、また土に戻してあげるといい。それが自然の循環なんです。でも、自然に育てると言うことがどれだけ難しいことか。いつか、その野菜を売ることができればなって、思ってはいるのですが」
この試みがうまくいくかどうかは後になってみなければわからない。しかし、少しずつではあるけれど、着実に藤巻さんが目指すサイクルができつつあるのでは・・・そんな風に感じた。
野菜といえば、レジオンではマクロビオティックの教室を開催しているらしい。その話を持ちかけると、
「いやあ、そのことですか。これも話すと長いんですよ・・・(笑)」
その後も、最近興味がある豆の話やアレルギー素材のことなど、素材談義は続く。本当に終わりがないのだった。

今はまっているという、豆のコレクションより。ゆくゆくは30種類ほどを販売する予定


「食材を追求していくのは面白くて仕方がないですね。いい素材に出会えると、それを使った新しいパンや菓子のイメージがわいてきてワクワクします。本当は、菓子だけでも奥が深いから、もっと掘り下げるべきなんでしょうけれど」
照れたような笑いを浮かべながら謙遜する藤巻さんだが、もちろん、全ては“おいしさ”があってのこと。安心で安全な素材を使ってフランス菓子の基本に忠実に作った菓子は、フランスらしさとナチュラルテイストが同居した独自のおいしさ。バターの香ばしさやクリームのコク、卵の旨みをしっかりと感じる強さと、驚くほど喉越しの良い優しさを併せ持っている。遠方からわざわざ買い求めに来る人がいるほどに、その味わいは魅力的だ。秘訣は何なのだろう?
「食材に目を向け始めた頃、自然食材店に並んでいる菓子をひととおり食べてみたんです。これがおいしくなかった。でも、それは本当はありえないことなんですよ。だって元々は体に良くておいしい素材なんですから」
扱いにくいと思われている国産小麦や垢抜けなくなりがちな和素材だが、それならばちょっと工夫すればいい。例えばパンに使う時にはグルテンを強化してあげればふっくらと仕上がるし、他にも焙煎した香ばしい玄米を粉状にしたものなら焼き菓子にだって使うことができる。あくまでもベースはフランスのパンや菓子。でも、そこに少しのアレンジを加えてあげることでとびきりおいしくなることを藤巻さんは知っていたのかもしれない。

キビラという無精製糖を使った「フレーズシャンティ」。優しい甘みとコクがくせになりそう



取材後、早速、あれこれと購入したものをいただくことに。パンからふわりと立ち上る炊いたご飯のような香りや、玄米焙煎粉を入れたロールケーキのもっちりとした口あたり、無精製糖の優しい甘さにほっとする。口にするほど活き活きとしてきて、体が喜んでいるのをはっきりと感じた。(2008.02)






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