バンフの森

池田 勝 氏

東京の「自由が丘風月堂」で5年間修業。その後カナダの「バンフ・スプリング・ホテル」にて修業。その後東京の洋菓子店のシェフを務め、再びフランスへ修業に。
帰国後故郷福岡に「バンフの森」オープン。

ストレスのない職場をね、作りたいと思っているんです。機能的な環境でお菓子が作れるよう、厨房の中は特注ものがたくさんあります。無駄な動きがないように、一つのもの、例えば焼き菓子を作っている時に必要なものは、オーブン含め焼き菓子の作業しているところから遠くないところに揃っています。お菓子も何度も台から台へ移動させなくてすむようにのせる台の大きさをすべて同じにしてある。焼く場所、冷ます場所、保存する場所、全て同じ台が入るようにしたんです。

こういうのはね、僕は怠けるのとは違うと思っています。いかに合理的に、無駄を省くか。それによってお菓子を作ることそのものに力も注げる。早朝から深夜まで働きづめでお菓子を作り続けるだけの生活はおかしいと思うんです。眠い思いをして作ったって、いいお菓子なんかできっこない。余った時間でね、もっともっと文化的な生活を菓子屋だってするべきだと思っています。お店で働いている子も、なるべく7時には帰してあげたいと思っているんです。映画を見たり、食事をしたり。そういう時間を持つことは、お菓子作りにだって役に立つはずですよね。一番忙しいクリスマスだって、朝は早くても帰りは8時半には帰します。だから、みんな嫌がらずに働いてくれる。

スタッフは大切。僕が自分の考えだけでお菓子を作っていったらね、フランスの東京サイズみたいになっちゃうと思うんです。必ず試食してもらって意見を聞くし、取り入れる。作り手側もそうですが、特に、販売のほうの意見は大事にしています。うちでは、バックヤードよりお店が強いですよ。お店が強くて、シェフはその次。その方がうまくいくと思っているんです。だって、一番お客さんの近くにいるわけですから、一番意見がわかるでしょ。お客さんの意見は聞きたいですし、重視しますよ。厨房がレジの奥に見えるお店の作りだから、直接奥に声をかけてくるお客さんもいるくらい。パンもね、最初はクロワッサンなどいわゆるビノエワズリだけ焼いていたんですが、それを買いに来るお客さんに「食パンも焼いてよ」って言われちゃって。だから今では食パンもできちゃったんです。

お客さんの信頼はどこで生まれるか。僕は、鮮度と味だと思っています。だから作り置きはしたくない。ストックしないからね、厨房は他のお店より、保存する場所が極端に少ないと思います。クリスマスだって、お店によっては1週間、2週間前からジェノワーズをストックしているみたいだけど、絶対そんなことはしない。当日の朝、3時から焼いています。クリスマスケーキもそうですが、行事は裏切っちゃいけないですよね、絶対。行事にしかお菓子を食べない人だっている。そういう時には絶対美味しいものを食べたいでしょうし、そこで満足していただければ、必ず次につながっていきます。

僕は、福岡出身です。でも、10才から31才までは東京にいました。福岡でも今は東京と同じ材料はもちろんなんでも手に入ります。卵も毎日新鮮なものが届く。なにより、フルーツが美味しいですね。それをいかしたいから、カナダにいた時、たっぷりのフレッシュブルーベリーをこぼれるほどタルトにのせたときのように、「これは!」という鮮度のいいフルーツが入った時には、それをこぼれるほど贅沢に使っています。東京じゃできないかな。この近くにね、あぶち山という小さい山があるんですけどね、その山の見えるところで仕事したいと戻ってきたんです。やっぱりほっとするんですよ。
取材日 2000年5月


池田さんの秘密