木のひげ

牟田口 嘉典 氏


ちょうど本屋の雇われ店長をやっていた時だったんです。ケンカをしてその店を辞めた帰りに、駅の売店で求人情報誌を買って電車でみていたら、自然食のパン屋で人を募集していたんですね。たまたま自分が玄米食べたり、無農薬野菜を食べたり、自然食をやっていたこともあり、パンの知識はなかったですが、自然食の知識をもっていたことが採用に大きかったのかなって思います。それが一つ、僕の人生の分かれ目になったなと思いますね。

それまで僕、パン屋になりたいなんて思ったこともなかったし、焼いたことも1度もなかったので、仕事で生地をいじらされますよね。でもめちゃくちゃですよ。これはちょっと僕にはできないな、なまはんかな気持ちじゃあパン屋はできないな、って翌日から毎日のように店を辞めようかと思っていたんですよ。でも、丁度1週間経った時、ちょっとしたコツが身に付いたんですよ、パン生地を丸めていて。「力を入れたときにパンから力が返ってくるのがわかれば大丈夫だよ」って一緒に働いていた誰かが言ってて、「あ、この感覚かな」、「できるじゃん」って。それから俄然のめり込みましたね。
家具でもいいしなんでもいい。何かものを作って自分を表現したい、とずっと思っていたんですよ。「できるじゃん」と思ったときに、パンでずっとやっていかれる、自己表現ができると思いました。

それから1年、その店「ル・ヴァン」で色々教わったり、独学で酵母など勉強しながら翌年この「木のひげ」をオープンさせました。若くてお金もなかったですからお店は出せない。でも卸だったらやっていかれるよ、中古で機械も買えばいいじゃないと知り合いにいわれて、その通り始めることができました。

そんな風に始めてきたので、実はイーストもいじったことはない。レーズンから酵母を起こして国産の小麦を使って焼いていますが、それが大変か、扱いにくいかと聞かれても「ル・ヴァン」の時からそれしかやっていないから、わからない。でも、思う通りのパンを焼けるようになるまでには時間がかかりました。最近では、パンのほうから「そろそろ発酵はおわりにしてよ」「そろそろ成形してよ」「そろそろ窯に入れてよ」と声をかけてくるんですよ。その通りやればいいだけなんです。だからあまり苦労はしていない。今、僕のパン、結構いいな、って思ってるんですよ。

オーガニックのレーズンを使ったブドウ種はね、その時によってどれくらいの期間つないで使うか違います。レーズンの状態がひどいときは2日に1度作っていました。できたパンを食べて、ほんの少しでも酸味が出てきた、と僕が思ったらすぐ替えます。でも、僕が酸味が出たって言っても店の誰もその味の変化はわからないって言うんですけどね。ブドウの風味が弱くならず、酸味が出る前、この作り替えの時期は僕の味覚にかかっています。国産小麦の持つグルテンの力とレーズンの持つ発酵力のバランスって僕に言わせるとすっごくいいんですよ。レーズンは供給も安定している。だからこの組み合わせはずっと変えないですね。

取材日 1999年


牟田口さんの秘密