VIRON
ヴィロン(後編)

牛尾 則明さん





   


本場のフランスパンを求めフランスへ。
「パリではバゲットコンクールが開催されています。そこで、10年間で7回優勝した店が使っている粉、それがVIRON社の"レトロドール"でした。パリのパン屋を食べ歩いていても、おいしいと思う店が使っている粉は"レトロドール"だったんです。
VIRON社に聞いたところ、そのおいしさの秘密は実際にはわからないのだそうです。ただ、VIRON社が契約しているシャルトンのボース地区は非常に自然が豊かなところ。恐らく、品種の問題よりも丹波の小豆と一緒で、その土壌と水に秘密があるのだと思います。
実際に見て驚いたのは、製粉会社の技術の旧式さ。日本の製粉会社の技術は非常に進んでいて、各農家による小麦の灰分などの成分の違いを調整してから出荷します。ところが、フランスでは水車や石臼がほとんどでキメも荒い。ずっと昔から変わらない家内工業的なところが非常に多いんです。」

充実したハード系の数々
まるでフランスのよう



フランスから運んだカウンター
はかなりの値打ちモノ

フランスの小麦粉はアメリカ産やカナダ産のものに比べ、粉の色もクリーム色に近い。おいしさが残ったまま製粉されているのだという。
「フランスを見てきて感じたのは、タンパク量の少ない粉を収穫できる場所だったからフランスパンが生まれたんだろうということ。こういうものを作ろう、というイメージが先にあったのではなく、作ってみたらフランスパンの形になった、膨らんだところにナイフを入れたものがクープと呼ばれるようになった、そんなことだと思うんです。もっとタンパク量のある粉だったら食パンが主食になっていたかもしれないですね。」





そしてVIRON社との契約が成立。"レトロドール"を使うにはVIRONのレシピと作り方を守ることが条件。そして、牛尾さんのフランスでの研修がスタートした。
「驚いたのは、とにかくフランス人のやり方がいい加減なこと。クープを入れるのもよそ見をしながらやるような調子だし、水の量も"バケツのこの辺"というのが目安。パンがどうやってふくらむのかというような、日本ではパン職人なら当たり前に知っているような、ことも全く知らないんです。」



落ち着いた雰囲気の
ブラッスリー

フランスで食べるバゲット、というと日本のよりも格段においしい、粉の風味を味わうものというイメージがある。でも、これはある意味マスコミによるイメージで、本当はあくまで毎日の主食的な意味が強いものだと牛尾さんは言う。
「休憩時間にバゲットを食べていたら、フランス人の職人が「こうやって食べるのがおいしんだよ」と言って、半分にカットしたバゲットにジャムを山盛りにした。粉の旨みを味わうどころじゃない、これにはびっくりしましたね。形もまちまちなら、焼き色もばらばら。本場より、日本に求められる水準の方がはるかに上だし、均質化されているんです。」
最近ではアゴの力の弱い子供や老人のため、あえて色々な色を揃え好みにより選べるようにしている所もあるのだとか。"フランスパン"=晴れの日というイメージが抜けない日本と、あくまで主食でしかないフランスとの意識の差なのだろうか。





パンの知識も豊富で、器用さも持ち合わせた牛尾さんはかなりの優等生。VIRON社の社長にて「パリのどのパン屋よりおいしい」と言わしめたこともあるという腕前だったようだ。
その牛尾さんが、帰国後 バゲットがうまく焼けなくなるという大問題が発生した。
「帰って同じようにバゲットを作ってみると、おせんべいみたいなパンしかできないんです。これには慌てました。フランスでは何の問題もなくできていたのに・・。水のパーセントを変えたり、とにかくあらゆる手を尽くしました。」

これが”レトロドール”


3週間が経った。オープンの予定は替えられない、フランスからもゲストが来ることも決まっていた。そしてオープン3日前。
「水だったんです。たまたま軽井沢は水が弱硬質だという話を聞いてハッと気がついたんですよ。フランスの水は硬質ですが、日本の水は軟質。そこで、早速エヴィアンとヴィッテルで試したら上手くいきました。現在は超硬質のコントレックスと水道水を混ぜて使っています。」





水の問題はクリアしたが、扱いが難しいと言われるフランス産の粉。それについてはどうなのだろう?
「"レトロドール"を使う際にはVIRON社のルセット(レシピ)使う、という取り決めがあるんです。しかし、残念なことにフランスでは守られていないことが多い。だから、そのおいしさをいかせていないパン屋が多いのも事実です。薄力粉に近い、非常にタンパク量が少ない粉なので、オーバーナイトでゆっくりグルテンをつなぎ、旨みをだす必要があるんです。それ以外に、均質化された日本の小麦粉と違い"レトロドール"は、極端に言えばその袋ごとにタンパク質や灰分、そして色までも違う。元々水分が入りにくい粉な上、日によって生地の状態にかなりのムラがあります。それを職人の感で微妙に調整するので、対応できる人間がいないと難しいと思います。」

店内奥にはケーキが
大ぶりなサイズが嬉しい





歩きながらかじりたいカスクルート

そして晴れてオープン。3ヶ月目位からパンの売れ行きも良くなってきたという。
「最初はバゲットのいい状態が3時間位しかもちませんでした。1日に12回も焼いて、その度に焼きたてのものと入れ替えていたんです。」
現在は平均バゲット500本、クロワッサンは300個を販売。また場所柄か、ホームパーティにとまとめてバゲットを購入するお客さまや、フランス人のお客さまも多い。





これから"レトロドール"を使うパン屋さんは増えていくのだろうか。
「"レトロドール"は誰にでもすぐに作れるという粉ではありません。VIRON社の『ちゃんとした職人のいる店に販売し、いいパンを作ってほしい』との思いから、2年間の独占契約を結んでいます。いいパンを広めていきたいという思いは私達も一緒。販売するだけではなく、例えば研修センターや学校などを作り、定められたルセットを守っていかれるようなシステムを作っていきたいと考えています。」
と、牛尾さんは業界のレベルアップを視野に入れた発言をする。





ハート型に層が開いた
大きなパルミエ

「東京にあと1,2軒出したいという気持ちもあります。でもやっぱり最終的には神戸に戻りたいですね。」
粉屋VIRONのアンテナショップとして、パリに店を構えたい、そんな思いもあるようだ。
企業でありながら、職人の心を失わない牛尾さん。そこにVIRONの底力があるような気がした。
(2004年4月)



VIRONの秘密

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