取材・文 下園 昌江  


今年で31回目を迎えるドゥニ・リュッフェル氏の講習会。毎年パティスリー「イル・プルー・シュル・ラ・セーヌ」主催で開催されているフランス菓子の技術講習会です。


ドゥニ・リュッフェル氏

ドゥニ・リュッフェル氏(以下ドゥニさん)は、フランス パリの「パティスリー・ミエ」元シェフパティシエ。イル・プルー・シュル・ラ・セーヌの弓田氏とは1978年パティスリー・ミエで研修中に初めて出会いました。その後弓田氏は一度帰国し再度1983年フランスに渡り、以前出会った時よりさらなる成長を遂げたドゥニさんと再会します。そしてドゥニさんの作る料理やお菓子の圧倒的な素晴らしさに感動した弓田氏の「ドゥニさんの素晴らしいお菓子をどうにか日本でも紹介できないだろうか」、という強い想いにより始まったのがこの講習会です。
そんな講習会ももう31回目。お二人の強い信頼関係と職人として生きることの誇りを感じます。

ドゥニさんの作る料理やお菓子は、ご自身の幼少期に食べた料理や感じたものがベースになっているといいます。そのため、奇をてらったものというよりは時代を感じさせないクラシカルなものが多く、その中にドゥニさんらしい遊び心も入っているように感じます。


ドゥニさんをアシストする細川シェフ

アシスタントを務めるのは熊本県にパティスリー ラ・ティエンヌを構える細川シェフ。今年は熊本の震災のため大変な状況にも関わらず、講習会に駆けつけてくださいました。 常にドゥニさんの仕事がスムーズに進むようにアシストする細川シェフ。ドゥニさんの信頼も厚く、この講習会には欠かせない存在です。


それぞれの素材を確認できる

この講習会では、お菓子に使う素材そのものを間近に見たり味わうことができます。
写真のように、小さなプリンカップにそれぞれの素材を入れて各席に回していきます。


焼成前の生地 焼成後の生地

素材のみならず、出来上がった生地の一部、そして焼成後の生地も同じように各席に回してもらえるので、生地の状態や焼き具合などを参加者各自が確認することができます。


講習会で提供される試食

そして、試食にも特徴があり、サイズが通常サイズということと、冷凍保存されておらずこの講習会の試食時間に合わせて作られているということです。完成されたサイズで食べてもらわないと全体の味わいやバランスがわからないということと、冷凍してしまうと食感や香りが変わってしまうから、ということで、作り置きではないフレッシュな状態の試食をいただけます。また、レシピの量もまるで冊子のごとくかなりのボリューム。誰でもきちんと作れるよう1つのお菓子に対して大体8〜10ページほどを使い細かい工程説明が紹介されています。


そんな充実した内容の講習会ですが、まずは講習会1日目に紹介されたお菓子をそれぞれの構成を中心に紹介していきます。


L'Horizon(ロリゾン)

L'Horizon(ロリゾン)は「地平線」という意味の言葉です。ドゥニさんの解釈では地平線は見上げるものではなく自分の目線の先にあるもの。そんなイメージで作った新しいお菓子です。
味の組み合わせはマロンとカシス。フランスの秋のお菓子では定番の組み合わせですね。
アーモンドのビスキュイとマロンのババロアを層にし、センターにカシスのクーリーをサンド。上面はカシスのジュレ、側面はヌガティンヌで仕上げています。最後にフレッシュのカシスの実やマロンペーストで作った栗やマジパン製の栗の葉などで秋のイメージを膨らませます。

カシスの強く深い酸味とマロンのほっくりしたあたたかさが対照的ながら、非常に相性の良さを感じさせてくれる組み合わせです。側面に張り付けたヌガティンヌが香ばしさとコクをプラスし、秋の深まりを感じさせてくれます。


Dualité(デュアリテ)

Dualité(デュアリテ)は2つの異なるものを指します。コーヒーとチョコの2つの異なる素材が織りなす世界を表現したアントルメです。
土台はコーヒーとヘーゼルナッツのダックワーズ生地。その表面にコーヒーとヘーゼルナッツのクルスティアンを塗ります。その上にコーヒーのバタークリーム、ココア風味のビスキュイ、コーヒーとココアの濃厚なシャンティイ・ショコラを重ねて、最後にコーヒー風味のグラサージュで美しく仕上げます。

フランスの伝統的なお菓子オペラを彷彿させる組合せですが、ダックワーズやクルスティアン部分にヘーゼルナッツを使用し、さらに香ばしいコクのある味わいに仕上がっています。
なめらかなクリームやムース、ザクザク食感のクルスティアンのコントラストが口の中で楽しく広がり、それぞれの生地の香りや食感の余韻が長く続く冬らしい味わいでした。


Pain dépices à la confiture de framboise
(パンデピス・ア・ラ・コンフィチュール・ドゥ・フランボワーズ)

フランスの伝統菓子パン・デピス。パリでも田舎でもよく見かける日常的なお菓子です。ドゥニさんも子供の頃からよく食べていたそうで、学校から帰るとお母さんがジャムやバターを塗っておやつに出してくれたという思い出を話してくれました。
Pain dépices à la confiture de framboise(パンデピス・ア・ラ・コンフィチュール・ドゥ・フランボワーズ)は、パン・デピスにフランボワーズ(ラズベリー)のジャムを添えたもの。

このお菓子の特徴は、スパイスを使用すること。今回はシナモン、ナツメグ、アニス、白こしょうの4種類を使用しています。シナモンがベースなので比較的日本人でも親しみやすい配合でした。そして甘さのもととなるのは蜂蜜。今回はプロヴァンス地方の百花蜜を使用。この蜂蜜はとても香りが豊かで力強くスパイスとの相性も非常に良いです。
生地にはレモンとオレンジの皮を入れ、ほのかに爽やかな風味を持たせています。

油脂分が入らず通常のお菓子に比べ日本の小麦粉はグルテンが出やすいため、生地を仕込んだ後常温で1時間休ませます。少しむちっとした弾力ある生地からはスパイス、百花蜜の香りが複雑に絡み合います。焼いてすぐも食べられますが、少し時間をおいていただくと、さらに香りが落ち着いてきて美味しいお菓子です。


Cheesecake aux pamplemousses roses
(チーズケーキ・パンプルムース・ローズ)

フランスではあまり一般的ではないチーズケーキなので、今回のメニューに入っていてとても意外でしたが、常に美味しいものを考えているドゥニさんらしい仕上がりでした。
チーズケーキはもともとドイツでよく作られたお菓子ですが、戦争などの影響でドイツからアメリカに移住した人々によってアメリカでも広まり定着したお菓子です。

Cheesecake aux pamplemousses roses(チーズケーキ・パンプルムース・ローズ)は、ベイクドチーズケーキにピンクグレープフルーツを合わせたお菓子です。
カソナードを使用した素朴な甘さのサブレを焼成後砕いて、バターと合わせたリッチな生地を土台にします。そこに数種類の乳製品をブレンドし、バニラとグレープフルーツの皮で香りづけしたチーズのアパレイユを流して低温でじっくり焼きます。

通常のチーズケーキだと焼いておしまいですが、ドゥニさんらしいひと手間かけた仕上げが続きます。チーズケーキの周りにミルキーなグラサージュをかけ、グレープフルーツのサバイヨンをしずく型に絞ります。最後にグレープフルーツの果肉とピスタチオを散らし、よりジューシーで爽やかな印象に仕上がっています。
チーズケーキの濃厚でずっしりした味に、グレープフルーツのほろ苦く爽やかな風味がマッチした、初夏を感じるお菓子です。


Allumette glacée aux fruis des tropique
(アリュメットゥ・グラッセ・オ・フリュイ・デ・トロピック)

私は見慣れないお菓子でしたが、Allumette glacée (アリュメットゥ・グラッセ)はフランスの伝統的なお菓子で、グラス・ロワイヤルを薄く塗ったフィユタージュ生地を焼いたお菓子です。Allumette glacée aux fruis des tropique(アリュメットゥ・グラッセ・オ・フリュイ・デ・トロピック)は、ドゥニさんのアレンジでトロピカルフルーツを多用した夏らしいお菓子です。
まずはフィユタージュを仕込みます。折るごとに休ませながら最終的に薄く伸ばし、表面にレモンとカルダモン香る爽やかなグラス・ロワイヤルを薄く伸ばして焼きます。

中にサンドするのはパッション、マンゴー、ココナッツを使用したクレーム・ムースリーヌ。センターにライチ、マンゴー、マリネしたパイナップルを使用し、コブミカンの皮の香りをまとわせています。トロピカルフルーツにはよくライムの皮を合わせることが多いですが、今回はアジアを感じさせるコブミカンを使用したところが興味深いところでした。

サクッと歯触りの軽いフィユタージュとグラス・ロワイヤルからはカルダモンとレモンのすがすがしい香りが漂います。そこにトロピカルなクリームとフルーツが合わさり、コブミカンの香りが加わると、一気にアジアのバカンスを思い起こすような味と香りが広がります。

全て5品、充実した内容で終えた講習会でした。
今年の講習会もドゥニさんらしい素材の味をしっかりと活かしたお菓子揃いでした。
また、普段あまりフランス菓子では使用されることが少ないカルダモンやコブミカンが登場したりと、食への好奇心を感じさせる部分もありました。参加者の皆さんも素材の使い方や組み合わせに刺激を受けた一日となったようです。

講習会2日目の記事はこちら
http://www.panaderia.co.jp/event_report/denis_ruffel2_2016/index.html





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