取材・文 下園 昌江  


1日目の講習会の翌日、2日目講習会がスタートしました。毎年のことですが日本が一番暑い時期に(8月初旬)フランスから長時間かけていらっしゃって、ほぼお休みなく料理とお菓子の最終調整をしてからの講習会です。ただそのお疲れを全く見せないドゥニさん。いつも通りに丁寧な手つきで一つずつお菓子を作り上げていきます。


アントルメの仕上げをするドゥニさん ドゥニさんをアシストする細川シェフ(左)

1日目の講習会同様、使用される素材や焼成前後の生地が次々とまわってきます。
座席からは見えない生地の焼き具合などもしっかり見ることができるのが嬉しいです。
例えば、タルトに使うシュクレ生地の焼き具合。表と裏と大体どの程度焼けばいいのかがこれだけ近くで見ればはっきりわかります。

焼成後のタルト生地 タルト生地の裏面



2日目講習会では、5種類のお菓子が紹介されました。2種類のプティ・ガトー、それぞれ1種類のタルトとアントルメ、アントルメ・グラッセです。
お菓子の構成や素材を中心に1つずつ紹介していきます。


Capucine(キャピュシーヌ)

Capucine(キャピュシーヌ)は華やかでかわいらしい花を指しますが、もう一つ意味があります。修道士が被る小さな帽子を「キャピュション」と呼び修道女だと女性名詞になり「キャピュシーヌ」と呼ぶそうです。
その2つの意味を合わせたお菓子ということですので、形はドーム状の帽子型で、味わいは華やかで可愛らしいということでしょうか。

構成はオレンジのフロランタンとオレンジの香るビスキュイ・ショコラをベースにし、オレンジ風味のチョコレートのサバイヨンを重ねています。中にはオレンジピール、コンポートしたオレンジ、アールグレイで風味づけしたプラムを入れて、最後はグラサージュ・ショコラで艶よく仕上げています。

オレンジとチョコレートは相性の良い組み合わせ。チョコレートの濃厚でビターな味わいにオレンジの酸味がプラスされています。そこにアールグレイ香るプラムを合わせることで爽やかなだけではない、華やかさやふくよかさが加わっています。



Tartelettes aux mangue et noix de coco(タルトゥレットゥ・オ・マングー・ノワ・ドゥ・ココ)

Tartelettes aux mangue et noix de coco(タルトゥレットゥ・オ・マングー・ノワ・ドゥ・ココ)は夏らしい元気あふれるタルト。マンゴーとココナッツを組み合わせたタルトです。

よく冷やした方が美味しいタルトということで、通常のシュクレ生地よりもやや柔らかめの配合です。タルト生地にマンゴーのコンポートを詰めて、その上にココナッツのダックワーズ、ココナッツのサバイヨンを重ねます。仕上げにマンゴーのジュレとライムの皮と果汁を絡めたマンゴーを飾ります。

味はマンゴーとココナッツの2つがメインですが、ダックワーズ生地やコンポートなど様々なパーツに入った状態で食べることにより味わいと香りに奥行を感じました。マンゴーに絡めたライムの爽やかな香りの余韻も印象的です。



Surprise de choux aux fruits secs(シュルプリーズ・ドゥ・シュー・オ・フリュイ・セック)

秋の気配を感じるお菓子Surprise de choux aux fruits secs(シュルプリーズ・ドゥ・シュー・オ・フリュイ・セック。見た目はシンプルなシュー菓子ですが、食べてみると驚きを感じるのでSurprise(シュルプリーズ、驚き)という名前がついています。

シュー生地は、パータ・トゥリコテという生地を重ねて焼き、ザクザクとした食感に仕上げます。中にはいくつもの素材や生地を層にしていきます。

下から順に、アーモンドのキャラメリゼ、プラリネのムース、アーモンドとヘーゼルナッツのプラリネを使用したクルスティアン、プラリネのムース、プラリネのクリ(アーモンドとヘーゼルナッツのプラリネをヘーゼルナッツオイルで伸ばしたもの)、ヘーゼルナッツのキャラメリゼ、プラリネのムース。これにシュー生地の蓋をかぶせます。

小さなシュー生地の中に、これだけ多くの層を作っていくという手のこみ様ですが、味わいとしてはアーモンド、ヘーゼルナッツ、キャラメル、ショコラ(クルスティアンに使用)という相性の良いもの同士で構成されているので、非常に調和した味です。

その中にムースのなめらかな質感やナッツのカリッとした食感、クルスティアンのざくざく感など、異なる食感が次々に現れてきます。なるほど、食べながら驚きと楽しみを感じるお菓子だと思いました。



Récréation(レクレアスィオン)

Récréation(レクレアスィオン)は、「レクリレーション」つまり次の活動に備えて力をつけられるようにゆったりと休むことや余興を意味しますが、言葉を「Ré」と「création」に分けると、再び創造するという意味付けもできます。その2つの意味を込めたお菓子が今回のレクレアスィオンです。

このお菓子は今回の講習会で最も複雑な構成と味の組み合わせで、食べるまで想像がつかないお菓子でした。断面を見てもわかるように、ドゥニさんのお菓子の中では組み合わせる素材の種類が多い方だと思います。

ベースの生地は、スペキュロス風味のビスキュイ。自家製のキャトルエピス(白胡椒、ナツメグ、シナモン、クローブをミックス)を使用したスパイシーな生地です。
中にはフランボワーズ入りのピスタチオのクレーム・ムースリーヌ、アプリコットのムースを重ね、最後はイタリアンメレンゲで全体を覆って仕上げます。

全体的に軽やかな食感で、フランボワーズとアプリコットの酸味が爽やかで、ピスタチオのナッティな味わいとマッチしています。そこにビスキュイのスパイシーな風味が加わり複雑な味わいに仕上がっています。



La Passiflore(ル・パシフロール)

毎年この講習会では1種類のアントルメ・グラッセの紹介があります。今年紹介されたのは「La Passiflore(ル・パシフロール) 」。この名前はパッションフルーツの別称で、特に花が咲いた状態をそう呼んでいるそうです。

構成は下から松の実のサブレ、フルーツやナッツ、ニ・ダベイユ(蜂の巣という意味のお菓子。はちみつや砂糖でキャラメルを作りアーモンドと合わせたもの)入りの軽い食感のパルフェ、周囲をパッションフルーツのグラスで覆っています。

使っている素材が、温かい地域を思い起こさせるような、松の実、ピスタチオ、パイナップル、オレンジ、パッションフルーツということもあり、一口食べるとバカンス気分を味わっているかのような気持ちになります。
グラスやパルフェの冷たく口どけが良いアイス部分だけではなく、ナッツのカリッとした食感やサブレのサクサクした軽い歯触りを楽しめるアントルメ・グラッセです。



ドゥニさん挨拶

2日間の講習会を終え、弓田氏とドゥニさんの挨拶がありました。
ドゥニさんは、毎年この講習会でお菓子の一つ一つの生地の作り方からほぼ全てを紹介してくださいます。それは、ドゥニさん自身が、今まで培ってきた経験や技術を皆と分かち合ってお互いに成長していきたいという気持ちがあるからです。
自分自身が美味しいと思うものを作るだけではなく、次世代にどれだけ引き継ぐことができるかも大切な仕事の一つだとおっしゃいました。

そして、どこの国に行っても美味しい料理はあるが、いかに保存し伝えていくかが大切だということもお話しし、それはなるほど日本でも同じことだと思いました。
日本にも伝統的な料理や保存食、調味料などがありますが、時代とともに次第に手作りされることが少なくなっているのは事実です。時代が便利になると同時に大切なものを私たちは知らず知らずのうちに手放しているのかもしれません。先代の人々が作り上げた食の財産を次世代につないで保存していくことの大切さを改めて感じました。


弓田氏挨拶

弓田氏は、ドゥニさんと出会ったことで本当に美味しいフランス菓子を日本で作っていこうと決意して現在に至りますが、その道のりは決してたやすいものではなく様々な困難があったそうです。その一つのエピソードとして、エピスリー(材料を売るお店)を手掛けるようになったことをお話しされました。日本に入ってくる素材では、どうしてもフランスと同じ味わいのお菓子にはならないので、全く専門外の食材輸入の業務に取り組みました。しかし当初は多額の投資や支払いもあって、10年ほどはいつ潰れてもおかしくない状態だったそうです。

そこまでしても、良質で美味しい食材を輸入したかったのは、やはり皆さんに美味しいお菓子を作って欲しかったからということに尽きます。材料そのものが美味しくないと、美味しいものを作り出すのに必要以上に細かな技術や工夫が必要で、作ること自体に疲弊してしまいます。心を豊かにして余裕をもってお菓子を作るためには良質な素材が必要だから、食材の輸入業務に着手したそうです。

それを聞いて、ドゥニさんの偉大な職人としての存在と弓田氏の熱い想いが合わさり、今のイル・プルー・シュル・ラ・セーヌがあるのだと感じました。


弓田氏とドゥニさん。最後に固い握手で イルプルーシュルラセーヌを支える椎名先生(右端)とスタッフの皆さん

ドゥニさんと弓田氏の二人の出会いによって、この講習会が始まりました。そしてそれを通して、多くの人がフランス菓子の本当の美味しさについて考え、そしてお菓子作りの難しさや楽しさを感じる事ができたのではないでしょうか?

最後弓田氏の言葉で、「私は3年前に体を壊し、まだ体調万全ではなく気持ちも萎えがちになるけど、また来年に備えたい」と締めくくりました。
今回で31回目を迎える講習会。これほど長く続く講習会は他に例を見ないと思います。また来年の講習会開催に向けて前向きな気持ちを感じさせる言葉で、それを聞いた会場の雰囲気が一瞬ぱっと喜びで明るくなったように感じました。きっと皆さん来年も是非参加するぞ!と心に決めたことでしょう。
また来年もドゥニさんの講習会をご紹介できることを私自身楽しみにしたいと思います。

講習会1日目の記事はこちら
http://www.panaderia.co.jp/event_report/denis_ruffel2016/index.html

イル・プルー・シュル・ラ・セーヌ
 http://www.ilpleut.co.jp/






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