取材・文 下園 昌江  


今年で33回を迎える、ドゥニ・リュッフェル氏(以下ドゥニさん)の講習会はついに2018年で最終回を迎えました。今回が最後、ということもあり講習会の申し込みは早い段階で満席になったようです。毎年参加している方も多いと思いますが、しばらく講習会に参加できていなかった方、そしていつか参加したいと思っていたけどやっと今年初参加できた方など、ドゥニさんのお菓子を目で舌で感じようと、多くの方々がこの日集まりました。

例年通り日本が真夏を迎える8月初旬に、いつもの穏やかな口調のドゥニさんのお話を聞いているとこれが最後の年とは実感がわかず、普段通りのペースで講習がスタートしました。


ドゥニ・リュッフェル氏について(Denis Ruffel)
1950年生まれ。「パティスリー・ミエ」元シェフパティシエ。イル・プルー・シュル・ラ・セーヌ顧問。パティスィエ、コンフィズール、グラスィエのフランスにおけるBM(上級資格)取得。料理にも情熱を傾け、CAPキュイズィニエ取得。サルコジ元大統領はじめ各界著名人から愛されている。弓田亨氏とは、弓田氏がパリの「パティスリー・ミエ」で研修した時に出会い、その後「生涯の友」として、互いに示唆を与えあう仲となる
(イル・プルー・シュル・ラ・セーヌのHPより引用)


パティスリー ラ・ティエンヌ 細川シェフ(写真右)


今年もドゥニさんのアシスタントには熊本県パティスリー ラ・ティエンヌの細川シェフ。また、最後の講習会という事もあり、他にも遠方から駆け付けたドゥニさんにゆかりのあるシェフ達がいらっしゃいました。

リヴゴーシュ・ドゥ・ラ・セーヌの礒部シェフ(写真左) パティスリー アン・グーテ・ア・ラ・カンパーニュの牧野シェフ(写真右)

北海道のリヴゴーシュ・ドゥ・ラ・セーヌの礒部シェフと山梨県のパティスリー アン・グーテ・ア・ラ・カンパーニュの牧野シェフです。皆さん、ドゥニさんの動きに合わせて手際よくアシストしながらその時間を大切に過ごしているように感じました。その様子を見て、ドゥニさんはイル・プルー・シュル・ラ・セーヌの生徒さんはもちろん、多くの菓子職人にも大きな影響を与えてきた方なんだな、と思いました。

2日に渡り開催された講習会の第1日目はアントルメを2種、プティ・ガトーを3種と、生菓子に絞っての内容でした。毎年想像を超えるものが登場するドゥニさんのお菓子を1品ずつ詳しく紹介していきたいと思います。


【 Le Trianon ル・トリアノン 】

お菓子の名前になっているトリアノンは、ベルサイユのトリアノン宮殿からとったものです。1750〜1758年にルイ15世の令で建てられた宮殿で、後にマリー・アントワネットがプライベートな生活を楽しむために過ごしたことでも有名です。
今回のお菓子ル・トリアノンは、エレガントで静かな佇まいの宮殿からイメージしたお菓子です。


フレッシュミントをたっぷり加える メロンとフレーズ・デ・ボワを敷き詰める

味の組み合わせはソーテルヌ(甘口のワイン)やミント、フレーズ・デ・ボワ、メロンなどと、軽くて爽やかなもの。爽やかな風味で春夏にいただきたいお菓子です。

底生地にはライムの皮で香りづけしたダックワーズ生地。その上にソーテルヌのムースリーヌを重ねます。ムースリーヌの中にはミントの葉の刻みをたっぷり入れ、更にミントオイルで香りづけします。フィリングにはフレーズ・デ・ボワと軽くマリネしたメロンをたっぷりと敷き詰めます。

ピスタチオのビスキュイを絞り出す 爽やかな香りが漂う断面

間にはピスタチオのビスキュイを入れて、再度ソーテルヌのムースリーヌを重ねます。ピスタチオのビスキュイにはローマジパンを使用しているため、ピスタチオの風味に加えアーモンドの旨味も感じられるものでした。

清楚な中に華やかさがある仕上げ

最後は華やかな矢車菊や白が美しいホワイトチョコレートのプレート、フレッシュのミントを飾り仕上げていきます。豪華すぎず、可憐で上品な雰囲気がトリアノンのイメージにピッタリです。
ソーテルヌのふくよかな甘みに、鼻に抜けるミントの清涼感、フレーズ・デ・ボワとメロンの初夏を感じさせる果実感がマッチしたとても優雅で爽やかな味わいでした。



【 L'Elysée レリゼ 】

レリゼ、とはフランスの「エリゼ宮」のことを意味します。現在はフランス大統領の住まいとして使われていますが、1722年に貴族のために建てられた宮殿だそうです。その宮殿のエレガントな雰囲気をイメージしたのがこのお菓子です。


ジューシーなグレープフルーツとリンゴを敷き詰める 断面の色彩も美しい

底生地にはアーモンドのビスキュイを使用。中にはローストした刻みアーモンドを入れるので、香ばしく時折粒の食感を感じます。ベースになるのはブラン・マンジェ。アーモンドの風味を牛乳に移して作るシンプルなデザートをアントルメに応用しています。
ブラン・マンジェの中には栗のババロア、フィリングにはりんごとピンクグレープフルーツを使用しています。栗のババロアはラムが効いたしっかり甘めの味。

栗とりんごやグレープフルーツを合わせるのは珍しいですが、栗に酸味のあるフルーツを合わせるとそれぞれの良さを引き出してくれるのを感じました。

りんごをマンダリーヌで極薄にスライスする シロップにつけたりんごを低温で乾燥させる

今回、初めて見たのがこのりんごをスライスするマンダリーヌ(マンドリンカッター)という器具。ジャガイモなどを薄くスライスするときに使う器具だそうです。これを使えば丸のままで、ごく薄くりんごをスライスすることができます。このスライスりんごを、ビタミンC入りのシロップに浸し、低温で乾かします。そうすると薄いドライアップルの完成です。

色とりどりのフルーツが華やかな仕上がり

仕上げは、周囲にイタリアンメレンゲをナッペ(マスケ)し、上にはしずく型で絞ります。表面をイタリアンメレンゲで仕上げるお菓子は近年あまり見かけなくなりましたが、ドゥニさんの作るイタリアンメレンゲはとても軽く甘さもそれほど強くなく、表面がサクサクしていてとても美味しく感じました。

側面にはドライアップルを張り付け、上面にはグレープフルーツ、ブルーベリー、赤スグリ、ピスタチオ、オレンジピールなど色鮮やかにフルーツを飾り付けます。
まさにエリゼ宮の優雅で華やかな雰囲気にピッタリのお菓子に仕上がりました。



【 Découverte デクヴェルト 】

発見という意味のデクヴェルト。今回の講習会のメニューの中でも、レシピを見てその素材の組み合わせに驚いた1品です。ドゥニさんはいつも講習会でちょっと珍しい組み合わせのお菓子を1〜2品提案してくださるのですが、今年はこのデクヴェルトがそれにあたります。常に新しい味わいを発見したいという思いから名づけられたのでしょうか。


アボカドを裏ごしなめらかにする 半球状の型に組み立てていく

デクヴェルトはドーム状のプティ・ガトー仕立てで、底生地はさつまいものビスキュイを使用します。さつまいもの裏ごしやヘーゼルナッツのプラリネ、キャトルエピスが入ったビスキュイは、温かな味わいでほんのりスパイシー。今まで食べたことのないビスキュイです。

全体量として多くを占めるのはコーヒーのムースリーヌ。クレーム・パティシエールをベースにしコーヒーの香りと味を加えていきます。
そこまでは比較的想像がつくのですが、ムースリーヌの中にアボカドのムースを入れるというのですから、びっくり!よく熟したアボカドを裏ごしし、レモン果汁やマスカルポーネ、オリーブオイルと合わせます。そこにシャルトリューズ・ジョーヌ(薬草系のリキュール)やエスプレット唐辛子を隠し味で加え、もはやお菓子というより料理の域です。 お菓子だけではなく料理に精通するドゥニさんらしい展開で、受講者の方々も興味津々に眺めていました。

周囲にしずく型のメレンゲを飾る アボカドの優しいグリーン色が活きている

アボカドムースの中にはカシューナッツをローストして細かく刻んだものを加え、コクと香ばしさを出します。
最後の仕上げには、シャルトリューズ・ジョーヌのジュレを流し、ライムの皮をすり下ろします。周囲にしずく型のメレンゲ、中央にはパート・ブリック(パータ・フィロに似た生地)を飾り完成です。
見た目も味も、ワクワク感を感じさせるお菓子です。

明るく躍動感ある仕上がり

コーヒー、アボカド、シャルトリューズ・ジョーヌ、そしてさつまいも、エスプレット唐辛子…と、今までのフランス菓子では体験したことのない組み合わせ。

最初に感じるのはコーヒーのほろ苦さ。その後アボカドのクリーミーな質感と爽やかな香り。最後にシャルトリューズ・ジョーヌ独特の風味が抜けていきます。

初めての味なので、戸惑いながらいただきましたが、意外に全体がまろやかで優しい味にまとまっていてとても食べやすく仕上がっていました。シャルトリューズ・ジョーヌの香りは好き嫌いが分かれるところだと思いますが、お菓子の脂肪分のキレをよくさせる作用もあり、お菓子の香りを印象付ける大きな役割をしていました。



【 Diversion ディヴェルション 】

後半にはチョコレートのお菓子が2品続きます。
まずはディヴェルション。気晴らし、という意味のお菓子です。
フランス菓子には珍しくポップコーンを使ったユニークなプティ・ガトーです。
詳しい由来のお話は無かったのですが、ポップコーンのパンチの効いた存在が気晴らしをさせてくれる!?という事でしょうか。


蜂蜜とキャラメルが香ばしいポップコーン ムースリーヌ・ショコラの中に洋梨の角切りを入れる

まずはキャラメルポップコーンを作ります。アメリカンなお菓子ながら、そこにはドゥニさんらしい工夫が盛り込まれています。キャラメルには、ヴェルジョワーズやプロヴァンス地方の蜂蜜、バニラを使用しているためコクがあり香りが華やか。カリッとした食感に作り上げます。

大部分を占めるムースリーヌ・ショコラは2種類のショコラにバターやパータ・ボンブを加えた、濃厚でしっかりとした食べごたえがあるもの。そこに洋梨のオー・ド・ヴィーで香りづけします。フィリングにも洋梨を加え、チョコレ―トと洋梨の優雅な組み合わせを楽しめます。

周囲にチョコフレークをつける ポップコーンのカリッとした食感がアクセントに

ムースリーヌ・ショコラの底にはパートゥ・サブレ・オ・ショコラを敷き、センターにはビスキュイ・レジェ・オ・ショコラを入れ、様々なショコラの味や質感を表現しています。

最後に周囲にチョコレートフレークを付け、トップにキャラメルポップコーンを飾りシンプルに仕上げていきます。ポップコーンは飾りだけではなくムースリーヌの中にも入っているので香ばしい風味とカリカリっとした食感を楽しめます。

ポップコーンを飾ると急に親しみがわくから不思議

チョコレートのビター感が強く濃厚な味わいですが、洋梨を合わせているため華やかさも感じられます。そしてキャラメルポップコーンの香ばしさや食感がリズムを与えてくれます。よく考えればキャラメルと洋梨も元々相性の良い素材同士。
キャラメル×チョコレート×洋梨、の相性の良い素材に、「ポップコーン」という異色の要素を持ってきたところにドゥニさんの遊び心を感じた1品です。



【 Tartelette Renaissance aux fruits secs タルトゥレットゥ ルネッサンス オ フリュイ セック 】

講習会1日目最後のお菓子は、シンプルなチョコレートとナッツのタルトでした。
カカオのパートゥ・シュクレの中に、ガナッシュを流し表面にはグラサージュ・ショコラを流し、最後に香ばしくローストしたナッツを散らした、フランス人なら誰もが好みそうな構成です。


パートゥ・シュクレ・カカオは仕込む温度も大切 キャラメルが程よく色づいたら生クリームを加える

まずは、パートゥ・シュクレ・カカオを仕込みます。単にパートゥ・シュクレにココアパウダーを加えるだけではなく、砂糖の一部にキャソナッドゥとシュクル・バニエを使用し、温かな甘みを出しています。

艶やかなグラサージュ・ショコラをかける ローストしたナッツを散らす

まずはパートゥ・シュクレ・カカオを型に敷き込み空焼きします。その後ガナッシュを流します。ガナッシュはベネズエラ産とペルー産のカカオを使用したチョコレートを2種類使用し、どちらもカカオ分が70%とハイカカオで、ビター感が強くカカオの風味が力強く主張します。ガナッシュを冷やし固めたらその上にキャラメルとチョコレートを合わせたグラサージュをスプーンで流し、最後にローストしたピーカンナッツ・ヘーゼルナッツ・アーモンド・ピーナッツ、そしてカカオニブを散らして完成です。

素材を活かしたシンプルな仕上がり

見た目はとてもシンプルなタルト・ショコラですが、ガナッシュにエバミルクやコニャックを使用したり、グラサージュにキャラメルが入っていたり、ショコラが主役ながらその味わいを支える脇役が多く、食べ進めていくとキャラメルの香ばしい風味やコニャックの芳醇な香り、ショコラの深みのある苦味やドライフルーツの様な香りが混然一体となって押し寄せてきます。

シンプルなお菓子にこそ、作り手ならではの創意工夫が感じられるものなのだ、と思った一品でした。



生地作りの工程を丁寧に紹介するドゥニさん

講習会1日目は、上記の5品の生菓子を教わりました。
午前、お昼、午後に分けて試食しますが、試食は全てフルポーションで出てくるのがこの講習会の大きな特徴でもあります。サイズが変わるとバランスが崩れてしまうため、味や印象も変わってくるためです。

特に食べるまでどんな味なのか気になっていたレリゼやデクヴェルトは、素材同士の組み合わせの相性の良さ、調和を感じるもので新しい発見や驚きがありました。この組み合わせ、ドゥニさんはどうやって思いついて形にしていくのだろうか?と思ったのは私だけではないはず。常に、お菓子や料理について経験を積み、美味しさへの感受性を持つことの必要性を感じました。


2日目講習会の様子はこちら



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