取材・文 佐々木 千恵美  


フランス、ブルターニュ地方で世界に向けたフルーツ加工品を生産するラ・フルティエール。その日本上陸20周年を記念したプロ向けのスペシャルな講習会が、10月25日、日本総代理店ラ・フルティエール・ジャポン主催のもと、東京・池尻にある洋菓子会館にて開催されました。

20周年記念講習会は、今年7月の石川芳美シェフ×菅又亮輔シェフのパン×パティスリーにおけるフルーツピューレの講習会でしたが、第2弾はショコラとフルーツピューレとのマリアージュがテーマ。ピュラトス社の扱うプロフェッショナルブランド「ベルコラーデ」、ベトナム産カカオ100%の「ショコランテ・ガーデナー・オブ・チョコレート」をラ・フルティエールのピューレと組み合わせ、お互いの特徴を活かした作品に仕上げるというもの。このミッションを受けて立った講師はチョコレートの国際的コンクール受賞歴を持つ3人のパティシエ〜藤田浩司シェフ、垣本晃宏シェフ、和泉光一シェフ。豪華な顔ぶれに、講習会の席はすぐに埋まってしまったそうです。


デモに使ったメインのフルーツピューレはカシス、フランボワーズ、タイベリー。全てがベリー系ですが、果物栽培農家からスタートしたラ・フルティエール社が冷凍ピューレに加工するきっかけとなったフランボワーズ、現在でも50%ほどを自社栽培しているカシス、同社が5年ほど前から自社栽培に力を注ぐタイベリーなのだから節目の講習会にはストーリー的にもぴったり。どのような使われ方をするのかに期待が高まります。


それでは3人の講習を紹介していきましょう。


まずは藤田シェフ。ピューレはカシス、チョコレートはベルコラーデのノワール・コレクシオン・ペルー65%を使ってプティガトーの「カシス・モンブラン」をデモンストレーションしてくださいました。モンブランクリームには和栗を合わせることで、洋栗では出ないカシスの魅力を引き出すとのこと。チョコレートも加わり、イメージでは和栗が負けてしまいそうですが、そこは素材研究に熱心な藤田シェフ、カシスピューレに予想もしなかった手間をかけたり、紅茶で渋みをかませたり、糖分の使い方を工夫するなどで調和のとれたモンブランを完成させたのです。

藤田浩司氏。ロイヤルホテル(現リーガロイヤルホテル)、株式会社ヒロコーヒー在職中、2008年WPTC日本代表として出場しチョコレートピエス部門で優勝(総合準優勝)。2012年のWPTCでは、味覚部門を担当しチーム総合優勝に輝く。現在は国内外のグローバルコンサルタントとして活躍。


ラ・フルティエール社のカシスピューレは、フランス自社農場と50km離れた契約農家栽培のブラックダウン種カシスに10%のキビ砂糖を加え低温殺菌を施したもの。繊維質が多く味わいが深いのが特徴です。試食のピューレを舌にのせると、酸味と渋みの後に独特の新芽のような香りが出てうっとり。

藤田シェフによれば、カシスピューレはそのままだとえぐみが残るから、布で濾してジュースとパルプに分け、用途によって使い分けると風味が引き立つとのこと。そこでモンブランカシスでは、メレンゲとマロンクリーム、ジュレには果汁を、ダコワーズにはパルプを使いました。クリアな色と風味を出したいものには果汁を、コクを出す焼き菓子にはパルプをという考えです。


カシスピューレから果汁を濾して分けたパルプ。味はほとんど出てしまっているが、青い葉のような香りとかすかな渋みは感じる。冷凍保存できるので焼き菓子に使えば無駄にならない。

試食のカシスピューレとベルコラーデのノワール・コレクシオン・ペルー。両者のレッドベリー系の香りがリンクする。


そして糖類の使い方で興味を引いたのがトレハロースだけで立てるメレンゲ。トレハロースは甘味が抑えられるだけでなく、糖結晶が早いのでボリュームが落ちにくく短時間で焼けるメリットがあるそうです。オーブンを長時間占領するメレンゲの効率が上がれば、それに越したことはないですね。
マロンクリームには風味を活かすため油脂を加えず、カシス果汁と和栗ペーストに低甘味の水あめハローデックスを加えてしっとり感を持続させる方法をとりました。


カシス果汁を混ぜ、糖分はトレハロース100%で仕込むメレンゲ。


こうして組み立てられたカシス・モンブランのルックスは紫色。「むらさきいもじゃないですから!」とジョークをはさみながら説明する藤田シェフ。レッド系ベリーの香りを特徴とするペルー産カカオのノワール・コレクシオンで仕込んだガナッシュノワールカシスをメレンゲの上にのせ、ダクワーズ、ジュレカシス、紅茶のムースと重ね、周囲を紫色のマロンクリームで覆っています。食べてみるとマロンもカシスもショコラも時間差で風味を感じ、フィニッシュは大人の渋み。トレハロースのメレンゲは、オブラートか落雁のようなシャリ食感がユニークでした。


「カシス・モンブラン」。周囲を覆うマロンクリームは油脂を加えていないので透明感のある紫色に。食べるとマロン。このギャップが面白い。



2番目に登場したのは和泉シェフ。ピューレはラズベリー、チョコレートはショコランテ・ガーデナー・ミルク39%を使った「ラビリンス」というトヨ型のガトー。今年の新作で、お店のクリスマスケーキにもなるそうです。「ラ・フルティエールのピューレは色も良く、生に近いフルーツ感があり、素材としての魅力を感じる。」と和泉シェフ。メインのクレーム・レジェ・ラクテとナパージュにラズベリーピューレを使ってミルクチョコレートとのハーモニーを引き出しています。


和泉光一氏。東京・調布のサロン・ド・テ・スリジェのシェフパティシエを長年務めた後、2012年代々木上原に自身の店アステリスクをオープン。2005年ワールドチョコレートマスターズ日本代表、総合3位。2006年 WPTC日本代表キャプテン。


ラ・フルティエール社の出発点であるラズベリーピューレは、現在セルビア、ポーランドを中心としたヨーロッパ産ウィラメット種にキビ砂糖を10%添加し低温殺菌したもの。加工に適切な品種を適切な時期に収穫加工されたピューレは香りも良く、フレッシュ感いっぱいの甘酸っぱさと風味が際だちます。

「ショコランテ・ガーデナー・オブ・チョコレート」は、「ショコランテ」のサブブランドとして2014年に販売開始されたブランド。ベトナム南部で栽培されたカカオを現地でチョコレートに仕上げるいわばTree to Bar。近年の世界的なカカオ供給不足に対応する意味でも、ベトナムのカカオ生産をのばすことは重要なのだそう。そういえばここ数年、ベトナム産カカオのチョコレートを目にすることが多くなりました。試食したガーデナー・ミルクは甘さにキレがあり、ミルクチョコレートとしてはあっさり系。それゆえ素材と合わせやすいと和泉シェフ。ラズベリーのフレッシュ感が生きてくるわけですね。


ピュラトスジャパンの方から、今回使用する「ベルコラーデ」、「ショコランテ・ガーデナー・オブ・チョコレート」について、産地や特徴などの説明がありました。


和泉シェフの工程で面白かったのは、ひとつの生地に食感のあるパーツをのせて焼き上げていること。プラリネやクレープダンテルといったものばかり使うとどれも一緒、個性もなく味もマンネリ化してしまいがち。そこにオリジナリティを吹き込むアイデアです。ちょっと前にもフランス人シェフの同じやり方を見ていたのでもしや…と伺うと、「そうです。たぶんMOFがやりはじめて広がったのだと思う。単に食感が加わるだけでなく、一度に2つのパーツ組み立てができるので効率アップにもつながる。クランブルやキャラメリゼなど、他のお菓子にも使うパーツはどこのお店でもストックしてあるはずだから無駄もない。」と和泉シェフ。コンクールで世界とつながっているだけあり、作業はもちろん、いいものを取り入れる考え方もスピーディーで合理的です。


アーモンド入りビスキュイの生地にラズベリークランブルを散らしてから焼き上げるビスキュイアマンドルージュ。焼き生地と同時に食感部分もできあがる合理的な手法。

焼きあがったビスキュイキャラメル。土台にクランブルアマンド、トップにアマンドキャラメリゼを散らして焼き上げたビスキュイキャラメル。これがラビリンスの一番底の部分になる。


ラビリンスというネーミングに特に深い意味はないそうですが、ラズベリーとミルクチョコレートの組み合わせは鉄板。そこにバニラやアーモンド、キャラメルといったキャラクターが複雑に入り混じり、口の中は迷宮に。「いっぱい仕事をしていると見せたい!」という和泉シェフの意思がとって見られると思います。


切り口のラインがくっきり美しい「ラビリンス」。ラズベリーとミルクチョコレートのハーモニーに、様々なテクスチャーが入り混じる。冷凍パーツをトヨ型だけで作れるから余分な型を揃える必要がない。



3人目は京都からいらした垣本晃宏シェフ。メインのピューレにタイベリー、チョコレートにベルコラーデのブランセレクション28%を使い、「フロレゾン」というプティガトーを紹介してくれました。「うちの作りの要素は5つ。味3つに香りと食感。この5つが重要です。」の通り、フロレゾンはタイベリー、バナナ、ショコラを味に、クミン入りアーモンドミルクを香りのアクセントに、サブレを食感に組んだものでした。


垣本晃宏氏。2016年4月に自身の店 Assemblages Kakimotoを京都にオープン。2011年クープ・デュ・モンド・ド・ラ・パティスリー氷彫刻部門で個人優勝、2013年ワールドチョコレートマスターズでは4位に入賞。


タイベリーはラズベリーとブラックベリーの自然交配種。ラズベリーより少し長い楕円形をした黒紫色の果実で、甘酸っぱい味とバラのような深い香りを持つ両方の魅力を備え持った品種です。20世紀後半にスコットランドで交配され生まれたタイベリー、日本ではミュロワーズというネーミングで大変人気のあったピューレですが、生産農家が栽培をやめてしまい、製菓用素材としては消えかけていたそうです。それを2010年からブルターニュの自社農園でテスト栽培などをし、商品化に成功したのがラ・フルティエール。今や地元のパティシエ達を魅了するフルーツピューレとなっているとのこと。初めて試食したタイベリーのピューレからは、完熟ブラックベリーを噛んだときと同じフローラルブーケが感じられうっとり。この余韻をケーキで味わえるとなれば、心掴まれずにはいられないでしょう。


ラ・フルティエールの冷凍ピューレ。手前からタイベリー、ラズベリー、カシス。


ピューレの繊細な香りを引き立てるのは、ベルギーチョコレートならではのミルクテイストを持つホワイトチョコレートのブランセレクション。

「余計な味を口に残さないようにゼラチンはぎりぎりの量しか入れません。先にも後にも甘さがたたないように作ります。」垣本シェフが作業中繰り返していた台詞です。

その凝固剤は選択も大事。タイベリージュレに使ったのは加熱不要のSOSAインスタントジェル。最大の魅力である香りを飛ばさないためです。

さらに面白かったのはホワイトチョコレートのムースにクミンの香りを加えていたこと。カレーを思い起こさせるクミンが全体をひとつにまとめるカギと聞いても、普通は試食するまでピンとこないでしょう。キュイジニエとしてもお店に立つ垣本シェフならではの細やかさ、味覚のセンスを感じました。


センターに入れるタイベリーのジュレ。

ムースブランはベルコラーデのブランセレクションとラ・フルティエールのアーモンドミルクピューレをベースに、クミンの香りで全体をまとめたという垣本シェフ。


敷かれたサブレのサクサク音が心地よく、アーモンドミルクとクミンのミルキーな風味と、バナナの隠し味が、タイベリーのバラの香りをうまく咲かせてくれています。


フランス語で開花を表す言葉「フロレゾン」。乳白色のグラサージュで包んだタイベリーのフローラルな香りが花開く。



ピューレ素材の活かす肝を3人のシェフそれぞれの切り口で見せてくれました。商品の展開、お店のマネジメントのお話しは興味深く、単にレシピを知るだけでなく、それをどうお店の営業に活かすかまで考えさせられる講習会でした。今後は働き方、後輩への指導などを含めた内容になっていくのかもしれません。それにはまず素材をしっかり見極める力をつけていきたいですね。


3シェフによるボンボンショコラ3種。左から藤田シェフ作シトロンテヴェール・オリヴァ(宇治抹茶・霧香とガーデナーホワイト)、和泉シェフ作アプリコジャスマン(アプリコットピューレ、ガーデナー・ミルク)、垣本シェフ作オランジュ(濃縮オレンジピューレ、ノワールコレクション・エクアドル、ガーデナー・ミルク等)。これらはレシピ紹介と試食のみでしたが、それぞれのシェフの素材の捉え方、活かし方が存分に感じられました。


講習会を終えて記念撮影。お疲れ様でした。




ラ・フルティエール・ジャポン
 http://www.lfj.co.jp/index.html

ピュラトスジャパン株式会社
 http://www.puratos.co.jp/jp/




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