クリスマスが終わり、新しい年が明けて程なく、ストックホルムのお菓子屋、パン屋、カフェ、スーパーにはセムラが登場しはじめます。セムラって何?と疑問の方はこのレポート1回目をご覧ください。簡単に言ってしまえば、カルダモン入りのバンズに、アーモンドクリームとホイップクリームがたっぷり詰められた、断食期間に入る前の動物性脂肪食べ収めのお菓子です。ストックホルムの人がどれだけセムラに執着があるかを表すサイトを最近見つけました。その名もStans bästa semla 〜セムラマップ。
http://m.stansbasta.se/

地図上のセムラアイコンをクリックすると、下にお店情報が出てくるほか、投票によってセムラのランキングが表示されるようになっているようです。ランキングはともかく、私は地図上のアイコンの多さにびっくり。東京23区よりはるかに小さいストックホルムの町のいたるところでセムラが食べられる事実と、それに自動翻訳でSemlaが「饅頭」と表現されるのにも大笑い! いかにも饅頭のような存在ですからね。
今年2月2日、3日に開催の歴史博物館でのAlla tiders bröd ()では、ベストセムラコンテストが行われるようですし、この熱狂ぶりは1月から3月、イースターシーズン前まで続きます。
Alla tiders bröd :パン祭りのようなイベント
http://www.historiskamuseet.se/misc/gemensam/kalender/2013/13-02-02-03-Alla-tiders-brod/

ころでこのお菓子、名称と若干のフィリング違いで、お隣フィンランドでも食べられています。前置きが長くなりましたが、今回はフィンランド版セムラと、この時期しか出会えないもうひとつのお菓子を紹介します。

昨年3月初め、ストックホルムでセムラ三昧をした私は、バルト海を渡り、フィンランド・ヘルシンキへ向かいました。目的はフィンランド版セムラと現代フィンランド料理を食べること、フィンランド家庭料理とベーキングを体験することです。ところが、ストックホルムではあれだけ盛り上がっていたセムラが、カフェにも、スーパーにも、町なかのパン&菓子屋にも・・・どこを探しても見当たりません。ひょっとして売り切れ? と、お店の人に尋ねると、「もうラスキアイスの日は終わったからお菓子も終了、また来年まで作りません」と返ってきました。なんてこった!
フィンランド版セムラの名称は、ラスキアイスプッラ(Laskiaispulla)。Laskiaisが‘ざんげ節’で、pullaが‘菓子パン’、ずばりイースターを迎える前の断食期間直前の火曜日〜ラスキアイスティースタイ(Laskiaistiistai)に食べる、カロリーたっぷりのお菓子をあらわした名前です。そのお店の人は、カレンダーでラスキアイスの火曜日(2012年は2月21日)を指差して、この日が過ぎたらどのお店も作らないのだと、事情を教えてくれたのです。ああ、あと2週間早く来られたらよかったのに! 過去にスウェーデンに支配されていた頃の影響か、共通のお菓子があるとはいえ、その扱われ方の違うことったら・・・宗教観や国民性によるのでしょうか。余談ですが、フランスの行事菓子ガレット・デ・ロワも、元々は1月6日キリスト教の公現節を祝うお菓子でしたが、今では1月いっぱい販売されることが多く、日本のお菓子屋さんもそれにならう形で広まってきましたよね。ところが、公現節を祝う王様のお菓子は名称やタイプこそちがいますが、スペインやポルトガルにもあり、こちらは今でも1月6日までと、ポルトガル人に聞いたことがあります。なんだかセムラとラスキアイスプッラの関係に似ているなと思いました。

そんな事情をヘルシンキで料理を教えてくれるリータ先生に話したら、当初予定のなかったラスキアイスプッラ作りをメニューに組み込んでくれたのです。うれしかった!


ずは、カルダモン入りの菓子パン生地を焼きます。
焼きあがった菓子パン(プッラ)に先の尖ったペティナイフで上1/4くらいのところからくり抜きます。このときくれぐれも底まで抜かないように注意します。普通は丸や三角にくり抜きますが、フィンランドのベーキング雑誌掲載の写真にヒントをえて、カービングのようにハートと四つ葉にトライしました。
くぼんだ部分にラズベリージャムを詰めます。スウェーデンのセムラのようにアーモンドペーストではなく、ラズベリージャムを具に使うところがフィンランドスタイルなのですが、中にはアーモンドペースト派もいるので、実際には二種類が存在するそうです。「それなら両方入れちゃうのはどう?」と、欲張って詰めようとしたら、リータ先生からストップがかかりました。「両方はありえません」と。実はリータ先生はアーモンド派、旦那様はジャム派と夫婦で好みが分かれていたのでした。この日は突然の追加プログラムだったので、アーモンドペーストの準備ができず、プリンセストータ()等に使う緑のマジパンを代用しました。「少し甘みが強く硬いけれど仕方ないわね」と先生。一枚目の写真で右側に写っているように、緑のマジパンもアーモンドペーストも魚肉ソーセージのような棒状でスーパーの棚に並んでいます。ペーストとマジパンの違いは砂糖含有量の違い、いわばローマッセか飾り用マジパンみたいなものです。

プリンセストータについてはレポートその2を参照ください。


次にその上にホイップクリームを絞り、くり抜いた生地をのっけて完成です。たったこれだけなのですが、生地の粗挽きカルダモンが噛むとプチっとスパイシーで、甘いフィリングをすっきり食べさせてくれる絶妙なバランスのお菓子。やっぱり両方入れたら甘すぎるのかな? ジャム入りとアーモンドペースト味、私には甲乙つけがたい美味しさでした。

直径6、7cmほどに焼きあがったカルダモンプッラ(バンズ)の天辺をナイフでくり抜き、くぼみにラズベリージャム、またはアーモンドペーストを入れる

ホイップクリームをのせて、
くり抜いた生地でふたをしてできあがり

ラスキアイスプッラはコーヒーと一緒にいただきます


て、今度はもうひとつの季節菓子、ルーネベリタルト(Runebergin torttu)のことを書きましょう。名前の後ろにつくtorttuがタルト・・・といっても直訳は難しく一般的にはケーキのこと。そしてRuneberginは、Runebergというフィンランド国歌の歌詞を書いた詩人(1804年〜1877年)の名前に由来します。ルーネベリは、住んでいた町のケーキ屋が作るラズベリーケーキが大好物で、豊かな創作のために毎日食べていたとか。それを察した奥様が、ラズベリーケーキを彼のためにアレンジし、生まれたのがルーネベリタルトというわけです。今ではルーネベリの誕生日である2月5日を記念してフィンランド中で食べられる、最も有名なケーキのひとつとなりました。そして、このルーネベリタルトも、ラスキアイスプッラ同様、2月5日以降は街中からすーっと姿を消してしまいます。どこか一店舗くらいは作っているだろうと、日本的に期待しても無駄でした。ただこのルーネベリタルトも、リータ先生に教えてもらうことになっていたので、現地の味を頂くことができました。

どんなケーキかをざっくり説明すると、バター(またはマーガリン)、砂糖、卵、カルダモン、ヴァニラシュガーに、砕いたペッパーカーカ(ジンジャービスケット)、生クリーム、小麦粉、ベーキングパウダー、アーモンドプードルを混ぜて小さな筒状の型に流し焼き、トップにラズベリージャムとアイシングでデコレーションを施した焼き菓子です。私が面白いなと思ったのは、ペッパーカーカを粉末にして再利用するところ。このお菓子が出回る1月下旬といえば、クリスマスに山ほど焼いた(買った)ペッパーカーカもそろそろ食べ飽きた頃と思われます。でも余らせてしまっては勿体無いし、新たなお菓子に生かせるならもってこいでしょう!? ちなみに北欧のペッパーカーカは、クリスマスには欠かせないお菓子のひとつで、ホットワインと共にレストランやカフェでも供されます。日本ではIKEAや輸入菓子店などでメーカー品を簡単に買うことができますが、手づくり品は香りも風味もひと味違いますよ。ペッパーカーカについては、それだけでも話題になるので、また別の機会にお話ししたいと思います。

ペッパーカーカとルッセカットを夢中で作る長靴下のピッピは、ストックホルムNKデパートのショーウインドウにいました(2012年12月)

フィンランドのレストランでクリスマスビュッフェのアペリティフに、ホットワインと共に供されたハート型のペッパーカーカ

まずはペッパーカーカをフードプロセッサで細かく粉状に砕きます。
ボールに移し、小麦粉、ベーキングパウダー、粗挽きカルダモン、ヴァニラシュガー、アーモンドプードルを混ぜます。
別のボールにバター、砂糖をハンドミキサーで混ぜ、クリーム状になったら卵を混ぜ、生クリームと粉類をゴムベラで交互にざっくり混ぜ込み、型入れし、オーブンで焼きます。
焼きあがったら膨らんだ上の部分を平らにカットし、ひっくり返して底をトップにします。
ラズベリーシロップを浸ししっとりさせ、完全に冷めたらアイシングでトップに円を描きます。
円の中にラズベリージャムを盛り付けてできあがりです。

ペッパーカーカをフードプロセッサで粉状に砕く

材料全てを混ぜ合わせる

180度のオーブンで中まで火を通す

ラズベリーシロップに浸すリータ先生


粉類を混ぜる。後ろの粉保存缶はフィンランドのベーキング材料ブランドSUNNUNTAIが、限定で出したデザイナーもの。さすがテキスタイルデザインの国。お土産に欲しかったけれど、すでに完売でした


フィンランドの生クリームはキャップつきの容器入り。ちょっとトロっとしている。乳脂肪分はだいたい35%。リータ先生はラクトース(乳糖)アレルギーなので対応したものをチョイス。フィンランドではラクトースフリーの乳製品は、すべてに揃っているといってよいほど充実している


焼き上がりを型から出して冷ます

ラズベリージャムとアイシングでデコレーションをし、出来上がりを並べて


あ、「いただきます!」といいたいところですが、コーヒータイムの前にもうひと仕事。いえ、もうひと体験がありました。それは冬のフィンランドならではの、クロスカントリーと湖畔サウナです。
リータ先生の家族は大変アクティヴ。ヘルシンキ郊外の家から車で10分ほど走れば、そこには全てを見渡せないほど広大なクロスカントリーのトラックがありました。アルペンスキーとは全く違う滑りにあたふたしながら、なんとか3km滑走。その後は湖畔のサウナクラブで疲れを取ります。絵に描いたようなフィンランドのアウトドアですが、よくタレントが悲鳴をあげている映像そのもの体験:サウナ→氷った湖水でスイミングを、まさか自分がするとは想像もしていませんでした(笑)。でもこちらでは罰ゲームではなく、子供からしわくちゃのおばあちゃんまで、サウナ&寒中水浴は当たり前。平気な顔をして繰り返しているのです。白く輝く、冬の静かな森と湖をぼんやり眺めていると、大自然に抱かれて、刺激を受けたくなるのかもしれません。

約7度の湖水には、寒さで10秒も入っていられなかった。
冬の湖畔サウナ体験は一生の思い出

夕方、湖から戻り、ほどよく馴染んだルーネベリタルトを皆で頂きました。ペッパーカーカ(ジンジャービスケット)に含まれるシナモンやカルダモンといったスパイスの刺激とアーモンドの香り、濃厚ながらしっとりした食感とラズベリージャムの酸味が絶妙で、寒い季節にぴったり。どことなくリンツァートルテをカジュアルにした雰囲気もあります。 このときリータ先生が語ったことが忘れられません。
「ルーネベリタルトを見かけるようになったら、もう春がそこまでやってきているって感じるの。だから心が弾むのよ。ほら、空がまだこんなに明るいでしょ。私にとって春の訪れは、ラスキアイスプッラよりルーネベリタルトで感じるの」。
緯度の高い北欧では、一日の大半が暗い冬至の頃から比べたら、2月初旬は日に日に昼間が長くなっていく時期。湖畔のサウナで感じた日差しには、春の気配があったのですね。気温や動植物のスイッチで感じる日本とは感じ方の違う北欧の早春。考えてみれば、ルーネベリタルトを食べる2月5日は、日本では立春の頃。2月3日は豆まきや恵方巻きを食べる節分。なんだ、通じるじゃない!

運動をした後のルーネベリタルトは格別

そうそう、恵方巻きで思い出しました。フィンランドにはこんなデザインのマグカップやトレーがあるのです。

ルーネベリタルトをモチーフにしたARABIAブランドのマグカップとトレー。通称'鉄火巻き'柄! トレーに乗っている渦巻きは北欧風のシナモンロール

「巻き寿司のデザインですか?」
こんな反応に大笑いしてしまうほど、かわいいルーネベリタルト柄の食器。限定品のため、現地でも見つけるのが難しいらしく、私は日本で手に入れました。これなら一年中見て味わうことができますね!
ルーネベリタルトもラスキアイスプッラも、日本で作っているお店はほとんどないけれど、日本語のレシピは検索すればたくさん出てきます。しかも材料は日本で簡単に手に入るものばかりなので、食べてみたいなと思った方は、ぜひ手づくりされて、一足早い春を感じてみてください。





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