パティスリー シャトン

六名 泰子 氏

1965年生まれ。高校卒業後、大阪あべの辻調理師専門学校に入学。卒業後「アヴィニヨン洋菓子店」「資生堂パーラー」等で働く。「資生堂パーラー」で10年の修業後、独立して「シャトン」のオーナーシェフとなる。

子供の時、いとこの家によく泊まりに行ったんです。1週間とか泊まっていると、前日の夜におばさんが何か作業をしていて、次の朝には、焼き立てのパンやお菓子ができてくる。我が家とは全く文化の違うできごとに、すごいなあ、って感動しました。今思うと、お菓子作りをはじめたきっかけはここです。

高校を卒業した後、お菓子を作りたい一心で、大阪の調理師学校に行きました。今よりも女性がお菓子作りの職場に入ることに保守的だったので、お菓子屋さんへの就職活動は厳しかったですね。電話をしても「女性はいらない」って言われてしまったり。まず、どこかいいところに就職して、いい師匠の元で働きたいという気持ちがいっぱいで、将来独立してお店を持ちたいなんて考える余裕は全くありませんでした。
いい師匠にも巡り合い、いくつかのお店で働きましたが、その間、本当に忙しくて、始発と終電に乗る生活が続いて、お金を使う暇もなかった。実は、今もあまり変わらない生活なんです。住んでいる家は、オープンさせたこのお店の近くに借りましたが、睡眠時間は4時間くらいかな。4時間半眠れたらラッキー、って感じです。夏場は少し手がすくので、6時間寝られればいいなあ、なんて思っているんですけれどね。

お店を持ちたいと思ったら、常に、しっかり具体的な目標をもって行動するのがいいと思います。特に女性にとっては、砂糖の袋1つ持つのも大変な重労働。しっかり目標をもたないと辛いことを乗り越えるのも大変かもしれません。
オープンするに当たって、自分の作るお菓子は、若い女性向けだと思ったので、女子大が近くにある場所を選びました。でも、実際オープンしてみると、意外と予想していた客層と違うんですよね。もちろん女子大生も来てくれるけれど、地元の奥様方が多いです。地元の人に愛されるのは嬉しい。でも、地域にどっぷり、というのは嫌なんです。「この店でしか食べられないもの」を作って、多少遠くても足を運んでくださる方がいてほしいですね。

ルージュピスターチ1つ食べて「もう充分」というケーキよりも、「もうあと一口あったらな」というケーキを目指しています。だから味は軽め。自分自身、あまりたくさんはケーキを食べられないので、食べ歩きとかはできないんです。でも、毎朝のスタッフとのミーティングは、必ず前日に残ってしまったケーキを食べながらやっています。せっかく作ったケーキ、やっぱりもったいなくって、気軽には捨てられないんです。
取材日 2000年4月
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六名さんの秘密