去る7月5日に白金台の「金麦」で行われた、Panaderia主催の「ライ麦パン試食&講習会」。
さまざまなライ麦パンを食べ比べて味・香り・食感などを評価していく試食会とあわせて、「マインベッカー」宮崎章シェフによる講習会も行われました。 「ラ ブランジェ ナイーフ」の谷上正幸シェフや「金麦」の伊藤隆一シェフも参加して、なんとも充実した半日となりました! 詳細はできたてほやほやのPanaderia会報20号に掲載しております。

今回は会報でご紹介しきれなかった、3シェフの贅沢な対談を初公開!
(※講習会のレシピはこちらから↓
 ファーブルトン&ファーベルリーナ) 





パナ:
最近、折からの健康志向や、その独特の味わいの魅力が知られてきたこともあって、少しずつ日本のブーランジュリーのパンにもライ麦を配合したものが増えてきましたよね。 そんな中でご活躍されている3シェフに、ライ麦パンづくりの最前線のお話を伺いたいと思います!

まず、ライ麦パンをお店で出していく上でのご苦労や、粉の選び方、今後のご自身のお店の方向性、といったことについてお聞かせ下さい。


宮崎さん:
粉の選び方についてお話しますと、うちの店は作る量が多くないのと、やっぱりライ麦粉は鮮度が命なので、小口で納品してくれる業者さんからとる、というのが基本です。 細挽きのものならまだあれこれ使い回しがきくのですが、中挽きやグラハム粉などはやはり、大量には使いませんから。
新鮮なものの方がいい理由は、サワー種を作るためです。粉が悪いと全て駄目になってしまうので、そこはもう、問屋さん頼みですね。 今とっている「ライK」は、1kgずつ持ってきてもらえるのが便利で使っています。

パナ:
「ライK」にはライ麦の皮も入っているのでしょうか?(←酵母菌は皮の部分に多いので)

宮崎さん:
入っていないんです。できたら入っているものを使いたいんですが、他の用途に使用できませんしね。
そこは、一回くらい多く種継ぎをすることで調整しています。

谷上さん:
まずライ麦パンとの出会いについて話しますと、自分と、現在の若い方とでは随分違う状況にあると思います。 現在は、専門学校も沢山あるし、巷にも溢れんばかりの種類のパンがあるけれど、僕の時は情報が全くありませんでしたからね。
そんな中で紀伊国屋に入ってパンを作り始めたのですが、ここでは白い粉よりもライ麦・・グラハム粉を見る確率のほうが多かったんですよ。それどころか、丸麦を挽いて自家製の粉にするところまで、当たり前のようにやっていました。製品の70%がライ麦入りでしたしね。 初めて入った現場がそんな感じだったので、ライ麦に関してはまったく先入観なく受け容れていました。
中目黒のお店を始めた時に、最初からライ麦・・サワー種を使ったものを出していたんですが、これも、あんぱんなどを作るよりむしろ自分にとっては自然なことだったんです。・・というか、あんぱん系のもののほうが経験が無かったくらいで。

粉の選定について現在は、経営者という立場から、味と値段・供給の安定性・取引業者さんによる入手の可能性などをみて決めています。

“どの粉を使ったからこうなる”という発想はしないですね。 “こういう味を作りたいから現状あるライ麦粉をどう使おう”という考え方でやっています。

伊藤さん:
僕は18歳でホテルオークラに就職したのですが、谷上さんの場合とは逆に、ここではライ麦が配合されたパンは1種類のみ、食パンのようなものだけでした。
ですので、ライ麦パンに関して、親しみというほどのものは特になかったというのが正直なところですね。
自分が独立してから、大先輩に教えてもらったり講習会に顔を出したりしながら少しずつ入り始めた世界です。 ・・実は東京に来て初めて食べたライ麦パンが、プンパニッケルだったんですよ。それでもうびっくりしてしまって、ちょっと距離を感じてしまったりして。
それでも少しずつ慣れてきて、特に自分の店で作り始めてみるとどんどん興味がわいてきましたね。 チーズや生ハム、ワインとの相性を知ってからは、本当においしいなあと思ってあれこれ試作するようになりました。 

ライ麦ならではの味と香りを求めて配合しています。 最近はライ麦の含有量を落としつつも、酸味をあげてメリハリのついた風味にしたり、という作り方もしています。




宮崎シェフ直伝、ロッゲンベック(ライ100%)。
レシピは会報にて。
これも宮崎シェフが教えてくださった、ライ麦パンを使ったファーブルトンならぬ
"ファーベルリーナ"。レシピはこちら
「パンペルデュの文化ももっと広まるといいですよね。日本のパン屋さんはラスクしか作らないけれど・・」




パナ:
一度おいしさを知ったらくせになるライ麦パン。リピーターは多いのでしょうか?

宮崎さん:
うちの店では、ライ麦パンの需要は確実に増えていますね。
しかも含有量の多いほうが好まれているんですよ。
普及の一環として、パンの切り方や食べ方の提案をしています。ライ麦パンの風味は何とでも合うので、食べ合わせの面ではそれほど心配がないのですが、切り方のほうが問題でね・・・
・・プンパニッケルを6枚切りにしてくれ、なんていう要望があったりするんですよ。

谷上さん:
オープンして丸1年は苦労の連続で、ハード系は売れませんでしたね。バゲットを2kg作っては捨て、カンパーニュも1個だけしか作らなくても夕方まで残っていたり、なんて日々が続いていました。 正直な話、ちゃんとご飯食べれるようになるまで3年くらいかかったんですよ。
ライ麦パンに関しては、最初は、レーズンを入れたことによる食べやすさ・甘さで売れ始めたようですね。
数年して、ライ麦含有量の高いものも売れ出したというかたちです。

伊藤さん:
この白金台という場所、ハード系のパンが売れそうなイメージがありますよね。
僕も最初そう思っていたのですが、全くそんなことはなく、ライ麦パンに手を出さないお客様が多いんですよ・・。週末になると、遠方からパン好きの方々がみえるので、それなりの量が売れるんですけどね。
最初は本当に、あんぱんやクリームパンばかりが売れていました。
今でも、どう食べやすく作って提供するか、ということを常に考えています。 うちのパンはライ麦の他にいろんな素材が入っていますが、そういう理由からなんです。
このあたり、ほかのパン屋さんと少し考え方が違うかもしれませんが・・・。



試食会では、
ライ麦に合うお料理やチーズなどもたくさん出ました。



パナ:
お店での、将来的なライ麦パンのラインナップについて、どのようにお考えでしょうか?

宮崎さん:
そうですね、バリエーションとしてもう少し種類があってもいいかな、と思っています。
しかしここが難しいところで、フランスのパンの生地だと様々な形を作れるけれど、ライ麦パンだとそうもいかないんですよ・・ 今日皆さん、生地を触っていただいたときに実感したと思いますが、非常に成形しにくいんですよね。
だからどうしても、丸か三角か・・そのあたりのシンプルな形になってしまうんです。
それなら色で違いを・・・と考えても、ライ麦の含有量を多少変えても焼きあがった時の色には大きな違いは出ないんですよね。そのへんはちょっと、悩みどころです。

谷上さん:
今後は、移転を期に、お客様のニーズに合わせて色々と挑戦をしていく中でライ麦の含有量をあげていけたらと考えています。
(※編集部注:2004年11月現在、中目黒店は移転しています。新店舗は以前よりもやや池尻大橋寄り。なんとイートインスペースもあります)
プンパニッケルの味・・特に周りのこげた部分、お米の食感に近いしっとり感が個人的にも大好きなので、ランチなどで提案できたらと思っています。

伊藤さん:
サワー種を多くしすぎないで、ライ麦パンを食べたことのないお客様にも受け容れていただけるように、試行錯誤しながらやっていくつもりです。 まずは先入観を捨ててもらって。それから序々に含有量の高いものに移行していければと考えています。





「金麦」のパンを使って
伊藤シェフが作ってくださったデセール。




パナ:
お店での一番のおすすめのパンは何ですか?

宮崎さん:
やっぱりプンパニッケルですね。 そしてクリームパン。
(賛同の声)
クリームパンの生地には少し薄力粉を配合して、さくっとひきのないものに仕上げています。

谷上さん:
自分が作った、”はまった”時のクロワッサンですね!
年に1回くらいしかできないんだけれど・・・。
食べたらもう、全然違いますよ。毎日通っていただければ絶対にわかります。
ただ、それを食べたら・・・この次から買えなくなるかもしれませんが。 

伊藤さん:
バゲット・・ですかね。僕自身も大好きなので。
それから、シュネックという、オークラからレシピをもってきた唯一のパン。懐かしくてね。
一番最初に食べて感動したパンなんですよ。





「パンオレザンも1回だけ、”はまった!”っていう凄いおいしさのものができちゃったことがあるんですよ。
・・売れなかったけど」

パナスタッフMが「金麦」に初来店したときの鮮烈な印象を語る伊藤シェフ。
(なんと焼きたてのチリチーズフランスをその場で一気に食べてしまったという・・一体誰でしょう??)




パナ:
仕事をするときに大切にしていることを教えてください。

宮崎さん:
簡単なことを丁寧にやること。これに尽きますね。
今日やったライ麦のパンなんて難しくないんですよ、本当は。
それをいかに丁寧に、おいしく作り続けていくかということが大切だと思います。

谷上さん:
やっぱり、身体ですね。
健康状態がよければ、今日できなくても明日またできますからね。

伊藤さん:
まじめにやること。そして、健康ですね。
こればっかりは、味が変わってきますから。
技術的なものよりはそうしたベースの部分のほうが大事だと思います。

パナ:
ちなみにシェフの方々、何時ごろ起きて何時までお仕事をされているのでしょうか?

宮崎さん:
起きるのは3時半、終わるのはだいたい夜の9時とか10時です。
もう、最後にはお店には誰もいませんね・・。

谷上さん:
寝るのが3時、4時で、起きるのは7時、8時ですね。
現在2つお店があることで、身体は楽なんですが、精神的にちょっと大変だったりします。
お店の場所が近いことで、あまり同じこともできないし・・という過渡期ですね。

伊藤さん:
2時半に起きています。
1年目はお店の最後まで働いていましたが、
最近では、その日のメンバー次第なのですが、夕方にはあがれるようになってきました。
パナ:
シェフの皆さんの日々のたゆまぬ努力あってこそ、日本のパン文化の発展があるということを実感させられますね。 本日は貴重なお話をどうも有り難うございました!




対談の最後に、(パナデリア会員の熱心な受講姿勢を見て)「まだまだパン屋も勉強しなくてはいけないなあ」と口々におっしゃっていた3シェフ。なんとも謙虚な姿勢に頭が下がるとともに、ライ麦パンの世界の持つさらなる可能性に胸が高鳴った(お腹も鳴った?)パナデリアなのでした。

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