「ル・マスカレ」でのディナー


さて、1時間後の食事の時間に、建物の1階にあるレストランでムッシュ三宅とマダムまゆみと集合することになったが、あれほど苦しそうだったマダムまゆみが、ドレスアップして登場したのである。
「治ったんですか!」
「ううん、まだすごく痛いの……」
大丈夫なのかな……。みんなの心配をよそに、とりあえず彼女がさらりとテーブルに着いたので、食事は始まった。そしてこの食事がまた、歴史に残るほど長かったのである。料理コースのテーマは「異国を旅する」。まずはブルガリア人であるというマダムがワゴンとともに登場した。そこには薬品のようなものがいろいろのっている。そして
「一つ、国の名前を挙げてください。その国のイメージでバターを作ります」
という。自家製のバターに、スパイスなどを混ぜてオリジナルバターに仕上げてくれるというのだ。
マダムの出身地であるブルガリアを指定すると、ニコッと微笑んで、ローズエキスを入れたバターをこしらえてくれた。なるほど、ローズはブルガリアの名産品だ。ほかに、日本をイメージしたワサビ入りバターや、燻製バター、アルガンオイル入りの醤油なども用意され、テーブルの中央に置いてくれた。食事の間中、お好みで自由にお使いくださいということのようだ。そして食事が運ばれる前に、もう一つ儀式(?)が待っていた。それぞれの目の前に、手のひらサイズの石が置かれたのだ。
「まずはこれで暖まってください」
と言われたかどうかは覚えていないのだが、思い思いにこのホットストーンを手のひらに抱く……、なんだかレストランとも思えぬ、不思議な光景になってしまった。


いろいろな素材が並ぶワゴン。薬品を調合するように、オリジナルバターをマダムが作る。手のひらにちょうど収まるサイズの石。心地よい温かさで気持ちがいいが、とても不思議な儀式であった



さて、それが終わるとやっと料理がスタートした。ひと皿目は、オリーブオイルとバルサミコ酢で食べるフォアグラのカルパッチョと、マカロンと一緒に食べるフォアグラのテリーヌの皿。ワインコースを頼んだユカコとわたしには、それぞれの皿にグラスワインも付いてきて、このひと皿には甘口の白いポートワインが登場した。最初からいい感じに酔っぱらった。
続いて、手に、ごま油のような香ばしいオイルを塗り、それを香りながら食べるセップ茸入りのラビオリとホタテと甲殻類のソースのひと皿が。さらには、水パイプのような入れ物から出てくるウイキョウの香りをふわりと感じながら食べるサーモンと言うのも出た。いずれもかなりのサプライズである。ほかに、タラ、鳩と料理は続く。魚も新鮮で、軽やかな料理はとてもおいしかったのだが、唯一、長い食事を堪能するには、私たちは少々疲れ過ぎていたかもしれない。


セップ茸入りのラビオリとホタテ。泡は甲殻類の香りが強い。これを、左手の甲に、香ばしいオイルをぬって、フォークを口に運ぶたびにふわりと香りを楽しみながら食べるのだ


メインは鳩。表面は甘く、どこか中華料理を思い出させるよう。ソースは鳩のジュ。これにはボルドー、ポムロールのしっかりとした赤ワインが組み合わせられた


デザート前にすみれの香りのお茶が出たあたりで、未だ腹痛のマダムまゆみはお部屋へ戻った。マダムまゆみには申し訳ないけれど、その後に出たデザートが絶品だった。コースの中でも一番印象に残り、圧倒的においしかったと思う。ミントの香りのドライアイス風の煙の中で食べる凍ったチョコムース(のようなもの)とショコラショーで、あったか冷たく、口の中に香りを残しながら、まるで食べなかったかのようにはらりと消えてしまうのである。文句なしの味。テーブルに残っていた誰もが絶賛したが、しかしそろそろムッシュ三宅やユカコの目も閉じかけている……。
ミルフィーユやプティフールが出て、長い食事は終わった。向こうのテーブルで、全員がイヤフォンをつけながらデザートを食べている光景があった。あれはなんなのだろう? とても気になったが、これ以上は食べられないので、諦めた。
そしてみな、部屋に帰ってぱたりと寝た。長い一日が終わった。