マダムまゆみ、フランスの病院初体験


翌日の目覚めは悪くなかった。
爽やかに朝食の席についた伊藤嬢とユカコとわたしのところに、ムッシュ三宅が一人でやってきた。
「マダムまゆみが、夜もずっとおなかが痛く、やっぱり普通じゃない気もする。病院に行こうと思う」
一晩中、眠れず痛かったなんて、一大事である。異国で、それも都市から離れた小さな町で病院へ行こうというのだから大変なことになった。フランス語のできる伊藤嬢が付き添って、3人はオーベルジュのオーナー、フィリップ・アルディ氏が手配してくれた病院へ向かうことに。
「病状にもよるけれど、僕たちがパリに戻らなくてはならない場合、この先の予定は任せることになると思う。電車の時間など調べておいた方がいいかも」
と、ムッシュ三宅はユカコとわたしに言葉を残し、マダムまゆみを抱えるように連れて病院へと発ってしまったのである。
さて、ユカコとわたしは顔を見合わせた。
「どうしようか」
「ん……。とりあえず朝ご飯、食べようか」
フルーツ、フロマージュブラン、そして自家製バターやジャムの並ぶテーブルについた。ジュースが運ばれてくる。パンはサイドテーブルの籠の中にたっぷり入っていて、好きに食べていいみたい。
「困ったね」
といいながら、ぱくっと口に入れたブリオッシュのおいしいこと! 自家製バゲットに自家製バターをのせて食べたらこれも最高じゃないか。昨晩出たパンもよかったけれど、成形が違っており印象も異なった。この朝のバゲットは、夜をしのいでとびきり美味しい。
「マダムまゆみは心配だけど……、とりあえずしっかり食べておかないとね。二人だけで電車で移動することになったら結構大変そうだもの」
と言いながら、ユカコとわたしは朝から相当量のパンを食べた。バゲットをひとりで一本分は食べた。口どけと香りのいいブリオッシュも、たぶん二人で半斤は食べた。何切れかをこっそり部屋に持って帰って、さらに食べた。
この話をすると、堪能できなかった他の3人が今も隣で怒る。だって、ユカコにいたっては、旅の最後に「フランスで一番おいしかったパンは?」と聞いたら、迷わずこの朝食のパンを挙げたほどなのだから!


2つの籠にたっぷりパンが入れられていた。2人で朝食を食べ終わった頃には、このパンは半分以下に。程よい重さと味の濃さ、さっくりと噛み切れ、口どけもいい。食べられなかったメンバーには申し訳ないけれど、やっぱりおいしかったぁ〜!


とにもかくにも、十二分におなかを満たしたユカコとわたしは、ホテルのスタッフに頼んで、ここからエシレ村のあるニオールというところまで電車でどのように行ったらいいかを、インターネットを駆使して調べてもらった。なんと、今いる場所からの電車の本数は驚くほど少なく、すぐにでも出なければ、夜までに到着しなそうである。困った……。今動くこともできない。と、そうこうしていたら、昼ごろ3人が戻ってきたのだ。マダムまゆみも、少し元気そうに見える。話を聞けば、病院では超音波やら血液検査やらと、くまなく体を調べられたそうである。幸い盲腸ではなく、原因ははっきり分からないが、大きな異常はなさそうとのことなのだ。痛みこそひかないが、いかにも効きそうな、というか、ちょっと怖そうな、巨大な痛み止めの薬を手にしていた。そして、
「大丈夫。エシレには絶対行く」
と言い張る。伊藤嬢は心配してパリに戻ることを勧めたが、結局、マダムまゆみ本人の意見が尊重され、このまま旅は続行されることとなったのである。
決まればすぐに出発だ。昨日購入した大量の「ラ・メゾン・デュ・ビスキュイ」のビスケット箱を詰めた車が、ぶおーんと、オーベルジュを後にした。エシレに行く前に、モンサンミッシェルにも寄り道することになっている。マダムまゆみが行くという以上、その予定さえもカットされないのだから、今日も大忙しになりそうだ。
そうだ。車の中で気がついた。すっかり忘れていた。ボジョレーヌーボーの解禁は今日、つまり、この夜中であったのだ。とりあえずパリに着いたら、どこかで一本買って飲もうと思いつつ、今はこの自然を満喫しながら、モンサンミッシェルに向けてGO!


真っ青な空に映えるル・マスカレをあとにモンサンミッシェルに向かった。ちなみにこの建物の1階がレストラン。上の階は宿泊用の部屋になっている


オーナーのフィリップ氏。日本で行われていたフェアで腕を振るったことも。外からも入れる厨房は近代的でスタイリッシュ