プライド高き「ルドワイヤン」の魅力


9日目だ。午前中にブーランジェリーとパティスリーをひとつずつ訪れたあとは、「レ・クレイエール」と並んで今回楽しみにしていたレストラン、「ルドワイヤン」へ。


シャンゼリゼ通りをほんの少しだけ外れたところに位置する、歴史のあるレストラン。格式ある店内は、それだけで背筋がのびるよう


レストランの歴史の重さに見合って、サービスマンもなかなか偉そう。いかにも敷居の高いレストランという威圧感さえある。きゃあきゃあ騒がれるような観光名所になんてなるものか、というプライドのようなものが建物全体から漂っていて、パリの星付きレストランであるにもかかわらず、どうりで日本ではあまり名前を聞かないはずと妙に納得もする。
食前に、シャンパーニュをグラスでいただくことにした。サービスマンにそれを告げると、ロゼ、甘口、辛口があるという。つまり、シャンパーニュクーラーの中には、グラスで提供できる3本の瓶が入れられているのだが、オーソドックスなタイプ、辛口の白は一種類だけで選ぶ余地はないということだ。おそらくほとんどの客が頼むと思われるそれは、「グランドシエクル」というシャンパーニュであった。わたしの予想では、これをここで飲めばグラスで5000円くらいするはずだ。これもまた、店の敷居の高さを示すに充分ではないか。


プライドを持ったルドワイヤンのサービスマン。ダイニングルームにいる客はフランス人ばかりで、圧倒的に男性が多かった。カジュアルな装いの人は誰ひとりおらず、みんな国会議員か何かのように見える


すぐに運ばれてきたフィンガーフードがおいしかった。小さなコロッケをつまんで口に入れれば、薄い衣の中から、トリュフのクリームが口中に広がった。ごくごく薄いガレットは、チーズ味とジンジャー味。軽やかで美味だ。続く料理への期待が高まる。
最初に出てきた、茶碗蒸しのような温かい皿、フォアグラのフランの上には、ざらっとしたトリュフペーストがのっていて、みんなの会話をさらった。トリュフと合わせているのは、松の実かなにかだろうか、イタリアンのジェノベーゼに使われるソースのあのザらりとした感じに近い。うっとりするほどおいしいひと皿だ。メインに出てきた鹿肉は、濃厚なソースにしっかりした塩味、そこへりんごやブドウなどのフルーツを使った甘さを、付け合わせとして添えている。これまでほかのレストランで食べてきた淡さとはまた違った味わいの中に、このレストランに似合った格式と重さ、そしてエレガンスを感じる。まさに、ここで食べてこそ、最大限に皿の魅力が伝わる気がした。この料理を、例えばレ・クレイエールで食べても、ここまでおいしいとは感じないような気がするのだ。




ルドワイヤンでの料理の数々。話題を攫ったグリーンの皿の中にはフォアグラのフラン。上の黒いのがトリュフ。ぷっくらして、表面をかりっと焼いたホタテや、パリパリの歯ごたえとチョコの風味が抜群のミルフィーユ。他にもいろいろな皿が出た


プライド高きサービスもまた、同様。格式ばっているようで、こちらが話せば、どんどん距離を縮めてくれる。しかしフレンドリーさはない。ホッペにキスをしてくれたり、ハートの包み紙でお菓子をくれるようなことはまずないだろう。
それでも、やり取りは非常に楽しかった。
「ここだけの話だけれど…」
なんていうネタを披露してくれたり、
「このバター、おいしい!」
と、ユカコが目を丸くして反応した、テーブルの上のバターについても、細かい説明をしてくれた。自分自身が子供のころに食べたバターがどれだけおいしかったか、という思い出話を交えながら語ってくれ、それはとても聞きごたえがあった。
一つの形として完成されたこのサービスが好きか嫌いか。これはもう、個人の好みの問題である。ちなみにわたしたちは、とっても気に入ってしまった。レ・クレイエールと違って、誰にでも勧められる店ではないけれど。


チーズはワゴンで登場し、好きなものをチョイス。可愛いプティフールひとつひとつの味まで、もちろんぬかりなし


さて、食後には、チーズ、そしてチョコの生地にチョコのクリームが挟まったミルフィーユまで食べ終えると、マカロンやボンボンショコラ、キャラメルなどのプティフールが登場した。そしてそこには、フルサイズのクイニーアマンまでがあったのだ。バターたっぷり、お砂糖たっぷり、ギュッと生地を凝縮させた、一つ食べればそれだけでランチになりそうな、あれだ。この期に及んで、あんこ入り揚げドーナツに勝るとも劣らないヘビー級が差し出されるとは。さすがにこれには
「あり得ないっ!」
と、みんなで声をあげて笑ってしまった。フランス人のこういうところは、やっぱりちょっぴり不思議である。
おなかも大満足、楽しく、いい気分で、レストランを後にした。
ユカコはちゃっかり、バターの情報を紙に書いてもらっていたし、わたしはグラスシャンパーニュの値段をチェックした。35ユーロほどだった。5000円の予想はいいところだ。