7月2日、ヴァローナの特別来日講習会が、東京・代々木上原にある「ドーバー洋酒貿易株式会社」講習会場にて開催された。講師はイタリア人のジャンルーカ・フュスト氏。昨年の講習会で、イタリア人らしからぬ緻密で繊細な構成と哲学で、会場を唸らせたあの大きな男性である。

*昨年の記事はこちら→ http://www.panaderia.co.jp/event_report/2013_valrhona2/index.html


ジャンルーカ・フュスト氏 (Gianluca FUSTO)

製菓という芸術を愛してやまない情熱家伝道師。イタリア料理界の巨匠Aimo MORONI( アイモ・モロニ)氏との出会いをきっかけに、料理から製菓へと運命の道を歩む。プロとして一流の経験を積み、その才能を開花させ、ヴァローナ エコール・デュ・グラン・ショコラの一員になる。在籍していた5 年間を、フレデリック・ボウ氏、ヤン・ドゥイッチ氏、フィリップ・ジヴル氏らと共にし、ショコラに関する造詣を深めて、その技術を洗練させる。新しい素材や食感への探究心はとどまるところがなく、常に進化し続けている。その活躍の場は広く、ミラノ、パリ、ロンドン、ニューヨークなど、世界中を駆け巡り、情熱的かつ厳格に、豊かなノウハウを伝える。
(エコール・ヴァローナ東京サイトより引用)


この日のデモンストレーションは全6品。朝10時から昼食を挟んで17時までという濃密な1日は、フュスト氏による今回のテーマ「IDENTITA イデンティタ」についての話からはじまった。


IDENTITAとはアイデンティティのイタリア語。パティシエとして世界中を渡り続けてきたフュスト氏は、2008年にヴァローナから独立後、これからどのようなパティシエを目指すか、じっくり1年考えた。そこでたどり着いたのが次の3つのルール作りだという。

「1つ目は素材研究です。そして素材を最大に引き出すための技術を研究します。2つ目は私のスタイルを決めること。自分の‘好き’は何かを考えたとき、それはジオメトリーであることに気付きました。そして3つ目は‘3’という数字。3つの食感、3つの材料、3つの時間。私にとって3は黄金バランスなのです」。

自分のアイデンティティについてボードを使いながら説明するフュスト氏。


「このようにアイデンティティを持つことで、他のものが吸収でき、他に対して向きあえるのです。そのためには人とのかかわり、出会いは大事です」。

フュスト氏は、ある調香師との出会いをきっかけに得たヒントについて語り始めた。

「香りをブレンドする調香師の仕事は、お菓子を組み立てる上で共通点があると思いました。そこで自分なりの香りのカテゴリー作ったのです。具体的に示すと・・・
 1)ショコラ
 2)エピス
 3)フルーツ
 4)ドライフルーツ
 5)ハーブ
この中からメインとサブを3つ選び組み合わせます。
例えば、これから実演する‘トルタ・デコ’というガトーにはドゥルセというブロンドチョコレートをメインに使うのですが、
 1)ドゥルセにはキャラメル、ビスケット、カゼイン由来の塩味を感じます。
 ここから相性がよい香りを考えると、
 2)タヒチヴァニラ
 3)マンゴー、杏
 4)ヘーゼルナッツ、ピーナッツ
というところでしょうか。
ではテクスチャーはどうでしょう? ドゥルセのクリーミーさからイタリア人ならパンナコッタを連想するでしょう。また、ナッツを採用すると油脂分が多いので、クリームは低脂肪に・・・と。他にも色々ありますが、この辺でデモンストレーションに入りましょう」。

とてもわかりやすい前置きはここで終了。一品目「TORTA DECO トルタ・デコ」作りが始まった。

先に述べたように、このガトーのメイン素材はブロンドチョコレートのドゥルセ。ホワイトチョコレートに火入れをし、ドゥルセ・デ・レッチェ(南米のミルクジャム)を思い起こさせるドゥルセは、ビスケットのような香ばしさ、加熱したミルクカゼインから感じる塩味、なめらかな口溶けが特徴。そしてここからは連想ゲーム。このドゥルセに重ねるのはパンナコッタ風のクレムー、そしてピーナッツ。

出来上がりをひと口入れると、それは、子供の頃大好きだったピーナッツバターをたっぷりのせたビスケット! 最後に塩味がやってきてぴしっと締まります。日本人には馴染み深い甘いピーナッツ味だが、イタリアでは塩味のおつまみで、お菓子には使わないらしい。だから最初は気でも狂ったのかと驚かれたそうだ。意外性を出すことも、パティシエとして大事なこと。新たな出会いが新たな味につながる。

トルタ・デコの仕込み。ガナッシュ・モンテ・カカウエット・セルをセルクルに流し込む。

正方形のパート・サブレ・ノワゼットにグラッサージュ・キャラメルがけをした円形のガナッシュ・モンテ・カカウエット・セルをのせ、デコールショコラで仕上げる。

トルタ・デコのプレゼンテーション。四角と円の組み合わせがアールデコ風、フュスト氏らしく幾何学的。構成は、底からパート・サブレ・ノワゼット、クレーム・ドゥルセ・ア・ラ・ヴァニーユ、パールクラッカン・キャラメリア、ガナッシュ・モンテ・カカウエット・セル、グラッサージュ・キャラメル。



2品目は「BAHIBE CANNELLA E CAFFE バイベ・カネラ・カフェ」。
このガトーは、今年ヴァローナから生まれた新しいミルクチョコレートを使ったもの。カカオ分46%の、これまでにないハイカカオなミルクチョコレートは、ドミニカ産カカオ豆をベースにした「バイベ・ラクテ BAHIBE LACTEE」である。同じくドミニカ産カカオを使用したタイノリに続くグラン・クリュで、フルーティーな酸味と繊細な苦味、ナッティなアロマが特徴だ。

ドミニカ産カカオ豆をベースにした「バイベ・ラクテ BAHIBE LACTEE」はバナナやパイナップル、オレンジなどフルーティーなカカオの香りに続き、奥底から強いビター感、上顎でミルクを感じる。


フュスト氏はこのバイベ・ラクテの特徴を引き出すために、パート・シュクレにカカオ感の強いP125を組み込み、苦味を引き立たせる素材にコーヒーを選び、アクセントにシナモンを加えた。 説明やレシピの組み合わせから、ティラミスのような味を連想していたが、実際食べてみると、はじめにシナモンのインパクトが大きく、そのあとカカオのビター感がじわじわと押し寄せ、後味にはバイベ・ラクテがあらわれてくるから不思議。生クリームの泡立て方による気泡の違いがテクスチャーの違いとなり、口の中で溶ける速さ、すなわち香りの広がり方の時間差を生むという仕掛け。これがフュスト氏の唱える3つの時間だ。

クレーム・カフェの仕込み。マスカルポーネはクリームに加えたら少しおいておくと混ざりやすい。

バイベ・カネラ・カフェのプレゼンテーション。構成は、底からパート・シュクレ、ダクワーズ・ノワゼット・カネル、ムース・バイベ・ラクテ・アレジェ、クレーム・カフェ。


ここでランチタイム。いつもはお弁当が用意されるのだが、この時はサッカー・ワールドカップの真っ只中。実は、ヴァローナスタッフチームの中である賭けが行われていた。その結果、イタリアがまさかの予選敗退となったことで、ジャンルーカ・フュスト氏がランチを作ることになったのだ。イタリアが負けるのを望んだわけではないにせよ、受講者にとっては興味深く、お昼も気が抜けない状態に。元は料理人だった氏の腕とセンスやいかに!?

スタイリッシュな紙皿がずらりと並び、美しく盛り付けられていく光景に、目とお腹の働きもどんどん刺激され・・・内容を聞いてさらに興奮。じゃがいものスープの器の底には、ヴァローナのプラリネが敷かれ、トッピングには日本とアジアをイメージして、茹でたタピオカをフライにしたクルトンが! 口に含めば、レモンとローズマリーオイルの爽快感あり、底から掬えばじゃがいもの甘さとプラリネのナッティな香ばしさが不思議にマッチ。バジルでマリネされたメインの鱈も、イタリアの市場を見ているかのような色彩と香り。デザートまでついた3コースに、午後への活力が涌いてきた。

楽しそうにランチの盛り付けをするフュスト氏と、ヴァローナのファブリス氏。

完成したランチ。レモン風味のじゃがいものスープ、プラリネ、ローズマリーオイル、コーヒー、タピオカのフリット(左)。ローズマリーオイルの香りが爽快。底にナッペされたプラリネの甘さとこくが不思議にマッチング。メインはバジル風味の鱈のコンフィ、青りんごソース、セロリラブ、フェンネル、ミント添え。鱈というと冬のイメージだが、しゃきしゃき野菜と甘酸っぱい青りんごソースがぷりっとした鱈を夏の味覚に〜イタリアの香り満載!

デザートはティラミスのアイス。クープ・デュ・モンド、ユースチームのために考案したレシピはソルベ製法。ティラミスというとこってりのイメージだが、これは驚くほど軽い。



さあ午後の部開始。3品目に入る前に、再びホワイトボードの前に立つフュスト氏。今度はプラリネについて語りだした。プラリネとひとくちに言っても製法は色々。その分類方法は材料で分けると砂糖、ヘーゼルナッツ、アーモンドの3つ。その中で砂糖はキャラメリゼしてビター感を出す方法と、シロップ糖衣をしてすり潰し、ナッツの味を強調する方法に分けられるそうだ。

意外に思われるがヴァローナでは、90年以上作り続けてきたプラリネの種類はキャラメリゼのみ。そこにこの秋、ナッツの自然な風味を引き出した後者の‘フリュイテ’タイプを新しく3種類発売することになり、既存品とあわせて5種類のプラリネ試食が行われた。改めて食べ比べてみると、同じヘーゼルナッツでも、砂糖をキャラメリゼするかしないかによって、こんなにも味の違いが出るのかと実感。クラッカンのフリュイテにキャラメルシュガーのカリカリ食感を加えたハイブリットなバランスも面白い。

「実はヴァローナの前身は菓子屋。1922年に開業した頃はコンフィズリーを作っていました。ですからプラリネ作りが基本にあったのです」。
ヴァローナのアイデンティティ、それはよい材料でお菓子を作ること、その基本となる質のよいプラリネを職人達に使ってほしい、その原点に立ち、新たなプラリネを生み出したそうだ。

プラリネについて語る。

この秋ヴァローナから発売予定のプラリネ3種を含む全5種のサンプル。上左からプラリネ・アマンド・キャラメリゼ、プラリネ・ノワゼット・フリュイテ、プラリネ・ノワゼット・キャラメリゼ、下左からプラリネ・アマンド・フリュイテ、プラリネ・フリュイテ・クラッカン。


その新しいプラリネを使った3品目、「PRALINA ARANCIA E NOCCIOLA プラリナ・アランチャ・ノッチョーラ」。
ヘーゼルナッツ25%、アーモンド25%にカリカリキャラメルを加えたプラリネ・フリュイテ・クラッカンをレモン果皮で風味づけたなめらかクリームや、シャンティに合わせ、オレンジのジュレでみずみずしさ、酸味をプラス。ゆで卵黄を加えた土台のビスキュイ・オーヴィス・モーリス・シトロン・カネルのほろほろ感やダックワーズ・ノワゼットの生地感で立体的バランスのとれたガトーだ。

シリコンのセルクルは、液体を流しても横漏れしない便利もの。ジュレ・オランジュを流す。

プラリナ・アランチャ・ノッチョーラのプレゼンテーション。構成は、底からビスキュイ・オーヴィス・モーリス・シトロン・カネル、ダックワーズ・ノワゼット、なめらかプラリネ・フリュイテ・クラッカン50%、再びダックワーズ・ノワゼット、なめらかプラリネ・フリュイテ・クラッカン50%、ジュレ・オランジュ、シャンティ・プラリネ・フリュイテ50%、グラッサージュ・オランジュ。



4品目はヴェリーヌ仕立ての「PRALINA YOGURT E LIMONE プラリナ・ヨーグルト・リモーネ」。メイン素材は同じくプラリネ・フリュイテ・クラッカン、サブ素材として選ばれたのはヨーグルトとレモン。

クリームと焼き物の両方から感じるプラリネの香ばしさと甘さにレモンの酸味、ヨーグルトのまろやかな酸味、ホワイトチョコレートのミルキーさが印象的。具材が斜めに盛られることにより、食べる角度によって微妙に配分が変わり、リズムを感じる。

レモン風味のやわらかい状態のクレーム・イボワール・ヨーグルトを絞る。

プラリナ・ヨーグルト・リモーネのプレゼンテーション。構成は、底からシャンティ・プラリネ・フリュイテ50%、クロッカン・ノワゼット・エクラを塗ったダックワーズ・シトロンのキューブ、クレーム・イボワール・ヨーグルト、パール・クラッカン・オパリス、グラッサージュ・シトロン、ショコラブラン。


5品目はケイク「YOGI ヨギ」。にんじんを具にしているので、てっきりヨガのことと思いきや、イタリアではヨーグルトのことをヨギと呼ぶのだそう。それでも新登場のプラリネ・ノワゼット・フリュイテが主役で、ヨーグルトとにんじんはひきたて役。プラリネでクレムーを作り、ヨギ・ケイク・ベース、にんじんのコンフィと合わせ焼きこみ、プラリネクレムーでデコレーションを施す。

「日本のケイクはレベルが高く感心します。ただスライスでも売っている日本と違い、イタリアでは1本売りが基本。デコレーションをして週末に家族揃って1本を切り分け食べるのです」といった文化の違いも話題に。確かに日本人は旅行先でケイク類をなかなか食べられない・・・ということが多いようです。このケイク、ヨギ、食べてみると、どこかゆべしのようなしっとり感の中に、かすかににんじんのテクスチャーを感じます。

ヨギの仕込み。ヨギ・ケイク・ベースとキャロット・セミ・コンフィットをケイク型に入れる。

焼きあがったケイクにクレムー・プラリネ・ノワゼット・フリュイテを絞る。

ヨギのプレゼンテーションは、スーツケースの中に。ケイク=旅に持っていくお菓子をイメージして。


6品目は「AMANDALI アマンダリ」。イタリアといえばヘーゼルナッツとカカオを一緒に潰し練ったジャンドゥジャ。そのジャンドゥジャでプラリネをはさみ、3層にしたものがイタリアを代表するチョコレート菓子‘クレミニ’。アマンダリは、そのクレミニの大きい版というイメージで、実際ひとつ3kgで作ったものが、クリスマスシーズンになると飛ぶように売れるのだそう。

融点を下げるために澄ましバターを加えたジャンドゥジャの口溶けは驚くほどクリーミー。間に挟まれたパールクラッカン・キャラメリア入りのガナッシュ・プラリネ・アマンド・フリュイテとのナッティなグラデーションがシック。これぞイタリア人の真骨頂!

アマンダリのプレゼンテーション。イタリアでは、このサイズで作って、好きな量をカット売りするが、クリスマス時期などはまるごと買う人がほとんどだそう。


ナッツ素材であるプラリネを使うにあたって、イタリア人の彼ほどの適任はいないのでは。素材成分フェチと呼ばれるフュスト氏とヴァローナのプラリネが出会って、新たな味覚の世界が見えてきたのではないか。
「ランチの賭け話は実のところ後付けで、新しいプラリネが、幅広く使える素材である、その可能性を見ていただきたかったのです」とはプレスカンファレンスでのこぼれ話。

講習会を終えてプレスカンファレンス。手前はフュスト氏の本。


最後になるが、フュスト氏がフードペアリング、香りの引き出し方について、ひと品ごとに熱心に語って実践されていたことが、今、まさに香りの勉強をしているパナデリアにとっては大変印象的であった。素材のもつ儚い香りを閉じ込め、料理やお菓子の中でしっかり発揮できる媒体としては、砂糖、油脂、アルコールの3つがあげられると。なるほど、砂糖ひとつとってもヴァニラシュガーがすぐに浮かぶ。フュスト氏は、素材によって香りの移し方を変えるというが、今回はホワイトチョコレートの油脂分に香りを閉じ込める手法を何度となく見せてくれた。ホワイトチョコレート=甘い、ととらえるのではなく、含まれる油脂に香りを閉じ込めたり、砂糖を加えず完成できるメリットがあると考える。世界は広い。素材をリスペクトし、最適なペアリング、製法は何か? フュスト氏のアイデンティティを受け、今一度見つめなおす一日であった。

最後に6品全てを並べたビュッフェ。フュスト氏ならではの、タグつきスーツケースを使ったプレゼンテーションに旅心がくすぐられる。



Gianluca FUSTO 公式サイト
 http://www.gianlucafusto.com/






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