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取材・文 下園 昌江 |
フランスを代表するパティシエの一人ジル・マルシャル氏の講習会が高品質な製菓材料の輸入を手掛けているサンエイト貿易株式会社主催で開催されました。
ジル・マルシャル氏はフランス・ロレーヌ地方出身のパティシエ。 「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」のクリエイティブ・ディレクターを務めていた期間には毎年来日していたので、その際に彼の存在を知った方も多いのではないでしょうか。 私自身やはりラ・メゾン・デュ・ショコラでのイメージが強かったのでどうしても「ショコラ」のスペシャリテという印象がありました。しかし、今回の講習会では彼自身が現在構えているパティスリーで販売している普段着のパリといった生菓子や焼き菓子が紹介されました。 |
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いよいよ講習会がスタート |
今回来日するのは、4年ぶりのジル氏。2013年にパリのモンマルトルにお店を構え、それ以降来日するのは初めてです。ジル氏の技術や哲学に直接ふれられる滅多にない機会ということもあり、会場は満席。今大活躍のベテランパティシエの姿もあちこちに見られました。
そんな熱気の中スタートした講習会は、まずはジル氏の挨拶。久しぶりに日本に来ることができた喜びを語ってくれました。 初めて来日したのは21歳の頃。そして、ラ・メゾン・デュ・ショコラのクリエイティブ・ディレクターに就任してからは年に3〜4回来日していたそうです。そんな環境もあり30年ほど日本のパティスリーの進化を興味深く見てきたそうです。 感じたのは、フランス人と日本人パティシエの考え方は似ているということ。まずは「良い素材を使うこと」。そして「フレッシュ感を大切にすること」。それは、ジル氏自身もとても大切にしていることだそうです。 今回はプティガトー、アントルメ、アシェットデセール、ガトー・ド・ヴォワイヤージュなど実際お店でも出しているお菓子も含め5種類のお菓子を紹介しました。それぞれ味だけではなく素材や構成などを含め詳しく紹介していきたいと思います。 |
Charlette aux marrons et oranges confites シャルロット・オー・マロン・エ・オレンジュ・コンフィ |
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Charlette aux marrons et oranges confites |
まずは日本人に馴染み深いモンブランに通ずるお菓子「Charlette aux marrons et oranges confites」。シャルロット型という取っ手がハートのカップ型で作る栗のお菓子です。 ジル氏のお店ではこのシャルロット型を使い旬のフルーツを使ったお菓子を作っていて、イチゴやエキゾチックフルーツ、ミラベルなど季節感のあるシャルロットを販売しているそうです。講習会が開催されたのは9月末ごろ。ちょうど秋も深まり栗のお菓子が恋しくなる時期で、まさに今の時期のお菓子! |
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パートドマロンにサバイヨンを少しずつ合わせていく |
このお菓子を構成する生地は、くるみのビスキュイ、マロンのサバイヨン、ノワゼットのキャラメリゼ、マロンペースト、マダガスカル産バニラ香るシャンティ ヴァニーユです。
今回はジル氏の菓子哲学を伝えるということがメインの講習会だったので、すべての生地をデモンストレーションで紹介するわけではなく、その中から一部抜粋してのデモンストレーションとなりました。 まずはサバイヨンマロンの仕込みから。卵黄と全卵を使用したサバイヨンをマロンペーストと生クリームと合わせます。中にはマロンコンフィの刻みも入れてふわりと優しい味わいに。 組み立ての手順を簡単に紹介します。 まずシャルロット型にサバイヨン マロンを流し、丸く抜き取ったビスキュイ ノワ(くるみのビスキュイ)を入れます。その上にノワゼットのキャラメリゼとグランマルニエでマリネしたオレンジコンフィを散らし、更にサバイヨン マロンを流します。大きなサイズのものはもう一枚ビスキュイ ノワを入れて、マダガスカル産バニラ入りのシャンティ ヴァニーユを重ねます。 |
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マロンペーストとマロンコンフィ | 小田巻でマロンペーストを絞ります |
最後表面をマロンペーストで覆います。表面の仕上げに使うマロンペーストはマロンロワイヤル社のパートドマロンにバターとラム酒を加えたもの。それを和菓子の器具小田巻を使ってトレーに直線を描くように絞ります。 フランス人パティシエが小田巻を使っている様子はなんとも新鮮! |
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大小で異なる仕上げ |
小田巻で絞ったマロンペーストを一度冷凍し、その後小さなセルクルで抜きます。これを組み立てた菓子の表面に蓋のようにかぶせて仕上げます。大きなサイズのものは、直接ペーストを絞り出してボリュームを出します。最後にマロングラッセ、オレンジコンフィ、キャラメリゼしたノワゼットを飾り完成です。
マロンの優しい甘さにオレンジの爽やかな香りとノワゼットのキャラメリゼのカリカリした食感がアクセントになって絶妙な美味しさを生み出していて、洗練された秋の味わいを感じました。 |
Mont Blanc sorbet cassis モンブラン ソルベ カシス |
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Mont Blanc sorbet cassis |
今回は同じ材料を使用して、違った形でアシェットデセールも紹介してくれました。 これは実際お店にサロンがある方には大きなヒントになったのではないでしょうか。 |
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同じ材料を使って異なるスタイルで仕上げる |
ジル氏の話によると、今のパリの3つ星レストランだと、アシェットデセールは大体30〜35ユーロ。パティスリーでのプティガトーは3〜5ユーロが多く、サロンのあるお店だとアシェットデセールは9〜10ユーロ。同じような素材を使ったお菓子でもアシェットデセールの方が出来立てのおいしさ、特別感、そこで過ごす心地よい空間と時間といった付加価値を付けることができるので、その分価格も高く設定できるといった経営者的な視点からの話がありました。
今回はCharlette aux marrons et oranges confitesと同じマロンペースト、シャンティ ヴァニーユを使用して、カシスと組み合わせた秋のアシェットデセール「Mont Blanc sorbet cassis」を紹介してくれました。 |
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パータシガレットを薄く伸ばしコームでライン状の生地を作る | 焼き上がり熱々の生地を手で丸めてボール状に整える |
シャンティヴァニーユにメレンゲを重ね、カシスのコンフィチュール、フレッシュのオレンジ、ピーカンナッツのキャラメリゼをところどころに散らし、マロンペーストをたっぷり絞り、カシスのソルベと鳥の巣の様に丸めたラングドシャを飾って立体的に仕上げます。 カシスの深みのある酸味がマロンのアクセントになっています。この2つの素材の組み合わせはフランスでは定番ですが、そこにオレンジを合わせ、軽やかさをだしているところがジル氏らしいところだと感じました。 |
Sacré-Cæur chocolate blanc,framboises サクレクール ショコラ ブラン フランボワーズ |
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Sacré-Cæur chocolate blanc,framboises |
続いて、見た目にも愛らしくジル氏らしさが味覚に形に現れている「Sacré-Cæur chocolate blanc,framboises」。パティスリージルマルシャルがあるのはパリのモンマルトル。モンマルトルといえば「サクレクール寺院」が有名ですが、その寺院の丸いドーム状の部分を形で表現し、センターに入れるフランボワーズのムースでSacré-Cæur の「Cæur (心臓)」という言葉を表しています。 |
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片栗粉で濃度を高くしたグラサージュを使用 |
ベースはココナッツのダックワーズ。その上にヴァローナのオパリスというホワイトチョコレートを使用したムースを流し、センターにはライム香るフランボワーズのムースを入れます。そのムースの上にはもう一枚ココナッツのダックワーズが入っています。 |
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周囲にココナツファインを付ける |
最後にホワイトチョコレートのグラサージュを表面にかけ、赤とピンクに着色したグラサージュを無造作な雰囲気でかけ、周囲にココナッツファインをつけ、フレッシュのフランボワーズ、薄いホワイトチョコレートの破片、金箔で飾りつけをします。 |
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グラサージュの艶と色彩が美しい仕上げ | 参加者のリクエストにより断面も紹介 |
ホワイトチョコレートとフランボワーズ、ココナッツという甘酸っぱく初夏を感じさせる組み合わせ。見た目ではわからないですが、フランボワーズムースの中にたっぷりのライムのゼスト(皮)が入っているので、食べたときの爽快な香りが印象的でした。 |
Cake chocoat Orange ケーク ショコラ オランジュ |
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Cake chocolat Orange |
そして、今回唯一のガトー・ド・ヴォワイヤージュ、日持ちのする焼き菓子として紹介されたのが「Cake chocolat Orange」。日本では最近細長くてスタイリッシュな飾りつけをしたパウンドケーキが流行っていますが、ジル氏のパウンドケーキはパウンドのおいしさを改めて見直させてくれるシンプルでどっしりしたタイプです。 パリのお店ではドライフルーツを入れたもの、マーブル、バナナ、レモンなど6種類の定番のパウンドがあるそうです。 |
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ヴァローナのドロップショコラ | 焼き上がりにグランマルニエをたっぷりと |
今回紹介したのは、チョコレートとオレンジという定番の組み合わせのパウンドケーキ。 ただ、単にその組み合わせというわけではなく、より深みや旨味、素朴な風合いを出すためにクレームエペスやヴェルジョワーズ、そば粉等の様々な素材が使われています。 作り方はシンプルで、あまり空気を入れないようにビーターで次々と材料を加えていく方法。中にヴァローナのドロップショコラ(チョコチップ)をビターとミルクの2種類とオレンジコンフィを入れます。 |
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焼き上がりをチェック |
焼成前に中央にバターでラインを入れ、焼成後は中央が割れたふっくら美しいフォルムに焼き上げます。焼き上がりの目安は生地の中心温度が98〜100度になればOKということで、今回も温度を計っていました。熱いうちにたっぷりのグランマルニエを塗り、風味をプラスして味をなじませます。 大きく盛り上がったパウンドケーキは、確かに最近のパティスリーのパウンドケーキと比べてとてもボリューム感あるように見えます。やはり大きく焼くからこその生地の美味しさもあるな、と再認識したパウンドケーキでした。 |
Sable craquant Chocolat Noir sorbet exotique サブレ クロカン ショコラ ノワール ソルベ エキゾチック |
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Sable craquant Chocolat Noir sorbet exotique |
最後はアシェットデセールの「Sable craquant Chocolat Noir sorbet exotique」です。 口どけの良いサブレに、ねっとり濃厚なクレムーショコラをサンドし、上にエキゾチックのソルベをのせカカオニブを付けたメレンゲと薄いショコラの破片で仕上げたシンプルなデセールです。 サブレは全体がきつね色になるまでしっかり焼くことで香ばしさとサクサクした軽快な食感。クレムーショコラはヴァローナのマンジャリを使用した酸味のある味。牛乳と生クリームにトンカ豆の香りを移しているので、酸味の後にトンカ豆の風味の余韻が続きます。 サブレの上にはトンカ豆とバニラの香りの柔らかいキャラメルを少量つけて、その上にソルベを重ねています。ソルベは、フランスで愛されているハーブ「ヴェルヴェンヌ」の香りを抽出したシロップに、マンゴー、ココナッツ、パッションフルーツのピューレ、レモンとライムの皮を加えたもの。トロピカルな味とヴェルヴェンヌの爽やかな香りが重なり合って複雑ながらとても癒される味わいでした。 |
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違うお皿での盛り付け。印象が変わってくる |
一緒に添えてあるのはヴァローナのマンジャリを使用したショコラショー。 そのまま飲んだり、ソースとしてデセールにかけて楽しんでもらいたいと添えています。 温かいショコラショーから鼻をくすぐるショコラの香りが漂います。温かいものと冷たいものを一緒に楽しめる、アシェットデセールならではのスタイルも嬉しい一皿でした。 |
講習会を終えて |
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講習会の様子 |
講習中はもちろん基本的なお菓子の工程を説明しますが、その他にどうしてその素材を使うのか、お店ではどのように提供していくといいのか、店内での演出の仕方など、パティシエとして働いている皆さんがヒントになるような話を意識して伝えていたのを感じました。
今回ジル氏のお菓子作りを聞いて感じたのは、ルセットは驚くほどシンプルでベーシック。 普遍的な美味しさをベースに、組み立てや素材の合わせ方、見た目の色彩や形で現代に合わせてモダンに表現していることを感じました。 |
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お菓子作りはもちろんパティシエとしての在り方を熱く語ってくれた |
そして、鮮度にこだわっていることも強く感じました。 生菓子はもちろん、焼き菓子にも出来立ての美味しさや香りがあるのでそういう点を大切にしています。例えばご自身のお店では毎日8時から焼きたてのマドレーヌを提供しています。また、ミルフィーユのアントルメの注文が入ったら、まず何時に食べるのかお客さまに聞いてそれを逆算して受け取り時間の30分前に作りはじめるとのこと。そして、今年オープンしたビスキュイトリーでは作りだめせず売り切れたら次を焼くという風に、できる限りフレッシュなものを出すようにしているそうです。 フランスでは労働時間を厳守していることで、個人的にはフレッシュ感あるものが減ってきている(作りだめしている)印象がありましたが、ジル氏のお菓子作りはそうではなく、シンプルな構成にすることでそこに費やす時間を減らし、その分こまめに仕込むことでフレッシュ感を出しているように感じました。 そして、何を作るにも「基本が大切」ということも感じました。どんなにモダンで美しいお菓子やデセールでも、それを構成する「生地」そのものはビスキュイやダックワーズ、クレームパティシエールなどのベーシックなもの。その基本がしっかりできてさえいれば、アレンジも自由にきくし、出来上がったものも当然美味しい。 そんな当たり前だけど、見た目だけの派手さや美しさにとらわれない「ベーシックな美味しさ」を作るための基本の重要性を感じました。 今回はお菓子の作り方と同じくらい、ジル氏のパティシエとしての考え方や生き方を皆さんに伝えたいという熱い気持ちがこちらにも伝わってきました。 多くの参加したパティシエの方々も、きっと何らかの刺激を受け、自分の仕事について改めて考える一日になったのではないでしょうか。 |
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