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取材・文 佐々木 千恵美 |
2018年10月31日から11月2日までの3日間、パリのサロンドショコラを会場に行われた第7回「ワールド チョコレート マスターズ2018」で、日本代表として戦った垣本晃宏氏の凱旋講習会が11月20日、ワールド チョコレート マスターズ日本運営委員会によって開催されました。
会場は東京・大崎にあるバリーカレボージャパン株式会社チョコレートアカデミーセンター。大会での作品を披露する貴重な講習会だけに、席を埋めたプロたちの眼差しは真剣。世界大会の舞台裏、テーマの解釈と攻略についてのお話、会場にいた審査員とシェフから見た大会話が聞けるとあって、今後の挑戦を考えている人にとっては大いに刺激となる内容でした。 |
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今回は4位。前回と同じく優勝を逃す結果に悔しい思いで帰国されたと思いますが、以前と変化した大会の様子、雰囲気、海外勢の実力など、今後考えなければいけない戦い方は何なのでしょうか。 ゲストの和泉光一シェフ、水野直己シェフが共通してコメントしたのは、ただピエスモンテやプティガトーを作るだけではなく、それらのプレゼンテーション力が求められるようになったこと。個人戦とはいえ、ジャンルの垣根を超えたバックアップの必要性が増えたことです。そんな話題を盛り込みながら、講習会の様子を紹介したいと思います。 *「ワールド チョコレート マスターズ2018」(以下WCM)の概要、国内予選大会はこちらを参照ください。 ■テーマ「Futropolis(フュートロポリス)」発表 http://www.panaderia.co.jp/event_report/worldchocomasters/index.html ■日本国内予選大会 http://www.panaderia.co.jp/event_report/w_chocomasters2018/index.html |
まずは難題であったテーマ「Futropolis(フュートロポリス)」の解釈を、垣本シェフはどうとらえたのでしょうか? 日本国内予選大会と同じく、未来は食糧が足りなくなり栽培に時間のかかるフルーツではなく、短期間で育つ野菜やハーブを使った新しい味のスイーツが一般的になると想定し、作品全体に取り入れたそうです。 出発点が料理人である垣本シェフ、野菜やハーブの特性を知っているからこその発想でしょうか。チョコレートへの野菜&ハーブ使いを、ピエスを除く5つの課題で見せていただきました。 |
◆ チョコレートのガトー・ド・ボワイヤージュ |
*審査のポイント ・創造的で独創的なガトー・ド・ボワイヤージュの解釈 ・テーマ「フュートロポリス」を形とフレーバー、生地、全体的な外観で表現 ・ケーキの持ち運びのしやすさ ・賞味期限(室温で5日間〜) ・しっとりとしたスポンジをメインとしながらも様々なテクスチャー(質感)が使用されているか *作品名 「Building Farm」 周りに町の景観シルエットのようなチョコレートを巻いたケーキは、グリーンの畝が畑を表しているのでしょうか。ダックワーズ、ショコラ生地、プラリネカラメル、ガナッシュ、フルーツジャムなどで構成されたケーキに使った野菜はセロリ。ガーナ40%とタンザニア75%にセロリとアナナスを合わせたガナッシュ、ショコラ生地には白餡を使いしっとり感を出し、柚子やアナナス、オレンジ、マンゴーのフルーツジャムの酸味で爽やかにまとめています。 |
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「Building Farm」。細かい細工を施したチョコレートを周囲に固定するセルクルも特注。審査結果を見た後、もうちょっと見た目を派手にすればよかったと垣本シェフ。 |
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カットすると手の込んだ構成だとわかる。 |
「すごかったのは焼きものに見えない形の(部門賞をとった)イギリスの作品。僕は10番目の審査とわかっていたのでさっぱりしたものが良いだろうと味覚重視で攻めたが、見た目ももう少し考えたら良かった。」と垣本シェフ。 |
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イギリスのBarry Johnsonシェフのチョコレートのトラベルケーキ「ガトー・ド・ボワイヤージュ」(ベストトラベルケーキ賞) |
審査員を務めた水野直己シェフは「110種類審査して、いろいろな組み合わせがある中で、結果的には食べたことのある組み合わせが高得点だった。例えばキャラメルとか…。だから日本は変わったことをやったのかもしれない。この反省点は後続に伝えなければ。それから出来上がってすぐ食べるので、中には不味いものもありました。今は情報がすぐ広がるので、見た目も味もいいものが多かった。あとは技術が追いついているかどうかです。」とコメント。日本的な素材、新しいテイストと組み合わせだけでは通用しないということでしょうか。 |
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「110種類試食してチョコレートが嫌いになった。」とジョークを交えて審査の現場をコメントする水野シェフ。 |
◆ チョコレートスナックトゥーゴー |
*審査のポイント ・スナックやストリートフードを「移動しながら」食べるニーズに応える革新的なアイディアが求められる。ただし、チョコレートを使用して実現しなければいけない。 ・塩味のストリートフードとは一線を画す甘いスナックのアイディアを提示。麺やタコス、ホットドッグ、ハンバーガーなどの塩味スナックをスイーツで表現するという考えを越えて検討する ・テーマ「フュートロポリス」をフレーバーと生地で表現 ・チョコレートスナックの新たなコンセプトと創造的なアイディア *作品名 「Temaki Snack」 ネーミングで想像できる通り、手巻き寿司をイメージしたチョコレートスナックを作った垣本シェフ。 「最初から寿司を作ると決めていたが、海苔とチョコとご飯だけでは不味かった。そこで炊いたタイ米にホワイトチョコレート(ゼフィール)を混ぜリゾットにしてからコルネ状にした海苔に入れた。ただ海苔をコルネに巻いた状態での持ち込みはパーツとみなされ減点されてしまいました。悔しい。」 |
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エキゾチックなタイ米の炊ける香りが漂う。 |
50ページにも及ぶルールブックを読み込んでも、毎回ルールが変わるので、抜け落ちてしまうことがあるのですね。
手のひらサイズの海苔のコルネにカスタードショコラ、リゾット、フランボワーズソース、抹茶ジョコンドを詰め、お店でも出している抹茶エアクリームとクレームショコラの2種類の絞り袋を、ひとつの絞り袋に入れて2色ソフトクリームのように絞り、グリッシーニでスタンドを作りました。 |
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ごみを出さず全て食べられるようにと考えスタンドはグリッシーニで。クレームショコラにはゼフィールキャラメルを使用した。 |
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「Temaki Snack」。試食すると、パリパリ香りが良い。ひと口目は海苔とショコラが意外と合うことにハッとし、お米が出てくると少し寿司っぽく感じた。海苔の風味でフィニッシュ。 |
完成するや作品のイメージ動画が映し出されました。何かと思えば大会で使ったプレゼンテーション用のビデオ。作品自体に加え、スナックを食べるシーンを審査員や観客に訴えるツールです。これはエンターテイメント性が増した証。ビデオに加えてロウでサンプルも作らなければならず、とにかくやることが多く大変だったそうです。 |
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垣本シェフの「Temaki Snack」プレゼンテーション用ビデオ。これを見ながら食べて審査する。 |
和泉光一シェフからはこんな一言がありました。 「今年は観客席から見ていました。縦型キッチンで競技者はやりにくかっただろうが、エンターテイメント性がより強く打ち出され、大きさ、派手さがあった。フュートロポリスというテーマの解釈が国によって違っていた点が興味深かった。スナックトゥーゴーでのスイスの映像は、カカオパルプを廃棄するのではなく、包材に使いエコを表現していた。テーマを逆手にとっていたのが審査員に響いたのか部門賞をとった。」 |
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スイスのElias Läderachシェフのチョコレートスナック トゥ ゴー(ベストチョコレートスナック トゥ ゴー賞) |
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「道具だったり、映像だったり、これからは技術や味覚だけでなく、プレゼンテーション力も必要。」と和泉シェフ(左)。 |
◆ オールノワールフュートロロジー(タブレット) |
*審査のポイント ・主役である独自のオールノワールクーベルチュールチョコレートと、ワクワクさせるフレーバーや生地がもたらす五感をくすぐる体験 ・テーマ「フュートロポリス」を表現した革新的なデザインのタブレットやバー ・競技者独自のオールノワールチョコレートとのオリジナルなフレーバーペアリングで五感を刺激してください〜香り、舌触り、見栄え *作品名 「PERSONNALITE」 自分だけのオーダーメイド・クーヴェルチュール‘オールノワール’を使って、独自のフレーバータブレットを完成させるオールノワールフュートロロジー。垣本シェフは課題1のピエスモンテのコンセプトと同様に女性の横顔をイメージしたものにしました。タブレットのマス目と下の窪みでフュートロポリスの建物を表現。コンセプトが伝わりやすいように口元もほんのり赤くしています。 |
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「PERSONNALITE」は、女性の横顔シルエットと建物を融合させたデザイン。 |
「特注で作った型だが、作品のグラムが足りなくて減点となった。100g までという規定だと認識していたが下限75gだった。毎回変わるので下限を見逃していた。」
わかっているつもりでも、ルールブックを完璧に読みこむのは相当大変なようです。 |
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「PERSONNALITE」のためのオーダーモールド。作る前に完成品重量も計算しないとならない…ということか。 |
垣本シェフがオールノワールのオーダーに求めたのは、最後に苦味のくるハイカカオのミルクチョコレート。東京のラボにカカオバリーの担当者が来て、イメージを聞き取り、フランスで作ってサンプルが送られてくるというやり取りでできあがりました。500kgからのオーダーとなりますが、お店でピストールのまま袋詰めして売ることも出来、シグネチャー商品にもなります。 |
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垣本シェフだけが使うことができるオールノワール「ペルソナリテ」は、47.2%ハイカカオのミルクチョコレート。 |
オールノワール ペルソナリテの最後にくる苦味を活かすため、フィリングは合わせると味わいが良く出るくせのあるものを選んだという垣本シェフ。パプリカピューレとグレープフルーツ、白ワインを合せたガナッシュパプリカ。そこにクリスピーフィリングを重ねた2層仕立てのタブレットはミルキーでサクサク。軽さの後にほんのり感じる苦味が長く続きました。 |
◆ 型抜きボンボン |
*審査のポイント ・伝統的なボンボンの常識を打ち破り、気分を高めるフレッシュな体験をもたらすアイディア ・チョコレートに関する芸術的技能を存分に発揮 ・チョコレートとフレーバーのワクワクする組合せ ・フレーバーの感覚を高めるテクスチャー ・ボンボンのコンセプトとオリジナルのチョコ型について、また、テーマとどう結びついているかの説明 ・チョコレートの取扱いや、フィリング、チョコレートの結晶化、バランスの良いレシピ作成における作業スキル *作品名 「Hybrid」 オリジナルで作成した型を使用し、フィリングを詰める型抜きボンボンの課題で選んだ素材は、日本の山椒とタイム、フレーズ。 山椒はガナッシュゼフィールキャラメルに使用し、山椒パウダーの他に自家製山椒オイル(山椒2、オリーブオイル1の割合で1分熱湯に入れる。一度に3日分くらい仕込んで冷凍しておくと楽)で香りによりフレッシュ感を持たせました。これにガナッシュフレーズと、フレーズピューレ、パッションフルーツピューレ、白ワイン、タイム、リキュールで風味づけたコンフィチュールを詰め、クリスピーで底を閉じます。 |
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「Hybrid」。流れるフォルムが印象的。イチゴのフレーバーがハーブの効果で爽やか。後から山椒がビリっとくる。 |
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特注型にラインのカラーを吹き付ける。一度に6粒しかできないので大変だったそう。 |
◆ フュートロポリスのフレッシュパティスリー |
*審査のポイント ・繊細、フレッシュ、軽い生地がキーワードですが、しっかりとしたフレーバーが必要 ・未来に通用するフレッシュなパティスリーのコンセプト ・オリジナルな形とデザインのパティスリー *作品名 「Sky Garden」 冷凍しないパティスリーなので、単純にエクレアシューなどで作る人がいたそうですが、新しい構成のパティスリーを、垣本シェフは風船を使って創作しました。チョコレートのシェルを作るために細長いゴム風船を膨らまし、両端を結んで楕円形にします。風船を割った時にチョコレートをきれいに取れやすくするためパールパウダーを刷毛で塗ってからチョコレートを半分の高さまでつけ、固まったらカスタードショコラを側面に絞り冷凍せずに凸凹を表現。その上にムースショコラ、グラサージュショコラをかけてサブレショコラの上で固めます。風船を割って取り出し、ガルニを詰めて仕上げます。単なるチョコレートシェルではなく、外側に向かって多重構造にしたところが新しい、凄いと思いました。 |
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「Sky Garden」。一瞬シンガポールの有名ホテルを思わせるようなデザイン。食べてみるとエアリーでそよ風のように爽やか。キャラメル感ほどよくて甘すぎずサブレのザクザク感が良い。 |
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型に使った風船。結び目にテープで持ち手をつけた。 |
冷凍ピューレも使えない大会では、会場にマルシェみたいなものが設けられ、そこから材料をとってきて作る、テレビ番組を見ているかのような演出があったそうです。
フレッシュパティスリーに垣本シェフが合わせた素材はグレープフルーツ、ローズマリー、ディル。ガルニチュールパンプルムースで、チョコレートの苦味とフルーツの酸味、全体をつなげる役目にしたそうです。ディルとカカオのペアリングについては、代表選手のブートキャンプでフランソワ・シャルティエ氏にも合うと言われ、自信をもって挑みました。 |
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チョコレート、ムースショコラ、カスタードショコラを外側に重ねつけ、最後はグラサージュで覆う。 |
「レシピの提出は8月で、それ以降の材料変更が出来ないため、使わなくても多めに書いておいた。量の多少の変更はわからないと思う。そして本番で失敗を防ぐためのミスを求めて最低7回の練習。電気系の不具合、言葉の壁など何が起こるかわからないので。」
大会の準備がどれほどハードなものか、聞くほどに気が遠くなります。 今回デモは行いませんでしたが、ピエスモンテ「フュートロポリタン」の再現モデルが会場に展示されていました。 |
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再現された垣本シェフのピエスモンテ「フュートロポリタン」。 |
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女性の手前に咲く大輪の花。 |
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その花の雄蕊はこのようにまとめておいて刺していった。 |
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女性の腕や首の装飾部分。型で模様をつけた。 |
「今年のピエスモンテは、パティシエやショコラティエが考えるピエスモンテの枠を超えた発想とデザイン、色使いが目立った。これからは勝つためにはデザイナーなどのアドヴァイスが必要になるのではないか。垣本シェフのピエスも美しかったが、そばで見れば見るほど見入ってしまうのがフランスやスイス(部門賞および総合優勝)のピエスだった。」(和泉シェフ)
「ピエスの手作業などフランスは重そうで軽い。色使いは同じ緑でもニュアンスが違うものを使ったり、アートデザイナーさんと協力したり、とにかくアート性がすごい。自分の時代(2007年)とはどの国も違う。パティシエ、ショコラティエの表現する枠を超えている。プレゼンテーションにおいても英語のスキルが相当必要になってくる。」(水野シェフ) |
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スイスのElias Läderachシェフのチョコレートピエスモンテ「フュートロポリタン」(ベストショーピース賞) |
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「ワールドチョコレートマスターズ 2018」 第2位に輝いたフランスのYoann Lavalシェフの作品 |
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かつて大会に出場した経験を持つお二人が、現地で見て審査して感じたこととは…。 |
大会の特徴が変化してきたことは確か。3年後の次の大会での挑み方が、少し見えてきたのではないでしょうか。 垣本シェフ、水野シェフ、和泉シェフ、そしてワールド チョコレート マスターズ日本運営委員会のみなさま、貴重な講習会、お話をありがとうございました。 |
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講習会を終えて。 |
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次の大会を狙うショコラティエのみなさん、がんばって! |
コンクールの詳細は下記サイトをご覧ください。 |
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