いよいよ志賀シェフの講習会のスタート。まずは、バゲットから。使用するのは、神奈川県産の「ニシノカオリ」と、「農林61号」。製パン性の面から、ブレンドしたほうが使いやすいとされる神奈川県産小麦ですが、今回は各粉100%で2種類のバゲットを作っていただきます。さて、どのようなバゲットができあがるのでしょうか?粉の特徴の活かし方に、しっかり目を凝らしていきましょう。



希望者の方には、前日の仕込みを見学していただきました。正確さを要する計量やミキシングの作業をじっと見つめられて「みなさん退屈じゃないですか?」と志賀シェフ。・・・いえいえ。ちょっとした瞬間に光るプロの技、見逃せません。


まずは、ニシノカオリバゲットから。材料は、粉に、イースト、塩、モルト、そして水と、至ってシンプル。しかし、この配合がもちろん普通ではありません。今回作ったパンの中でも、最も吸水が多いのがこのニシノカオリバゲット。その量、なんと82%。ミキシングは短めで、一度休ませてから2回パンチを加えます。



こちらを、18℃で15時間一次発酵をとった生地は、表面にプクプクと泡が立ち、本当に繋がっているのだろうか・・・と心配になるほどの緩さ。柔らかいということは、生地が扱いにくく、傷みやすいということ。赤ちゃんに触るように優しく扱うことが大切です。





生地箱から出すときも、生地・台の両方に粉を振り、箱の側面にカードを入れて生地をはがし、箱を逆さにして生地全体の重さを利用して取り出します。手で掴んだり引っ張ったりすると、グルテンの組織が壊れて、発酵中に生成された生地内のガスが逃げてしまいます。

「かなり柔らかい状態ですが、なんとかまとまっているのは“海洋深層水”を配合している為。硬度を高めに調整すると共に、微量元素が発酵に影響を与えて味に深みを与えます。今年採れた神奈川のニシノカオリは、とても出来がいいですね。レトロドールに匹敵するくらいの粉だと思います」

ベンチタイムを取らず、分割後すぐに成形に移ります。見るからに扱いにくそうな柔らかい生地が志賀シェフの手の平で素早くまとめられていく姿に、全員釘付け。あくまでも生地を殺さずに、しっかりと空気を内包していく手さばきは、まさに神の手といっても過言では無いほど。 生地が非常に柔らかいため、非常に多くの手粉を使うのも、志賀シェフのパン作りの特徴。今回の講習会でも手粉として用意されたのは、なんと20kgという量でした!





「みなさんも是非、生地に触ってください」という志賀さんの言葉に、プロの技を前に気後れするかと思いきや・・・目を輝かせた参加者が続々と壇上に上がりました。さすが!





「うわー、フワフワだ〜!」
「ゆるいんだけど、ちゃんと繋がってる。不思議な蝕感!」

 つきたてのお餅のように柔らかな生地は、実際に自分で成形してみると、綴じ目を作るときに力を入れすぎてしまったり、綺麗に伸ばせなかったりと難しい生地であることがとてもよくわかります。   





今回アシスタントとして来て頂いた、ラ・テール栄徳シェフによるクープ入れの作業。クープを入れることによって窯の中で生地が膨らみやすくなります。バゲットのように、酵母の力ではなく、グルテン内の水蒸気の膨張によって膨らませる場合は特に、クープを入れずに焼くと、水分の抜けが悪く、硬く詰まったパンになってしまいます。 クープ入れ・・・ということは窯入れ直前の作業のはず。あれあれ?ホイロは必要ないのでしょうか?

「ニシノカオリの場合は、成形後の生地の緩みが速く、生地の状態が頂点になる瞬間はほんのわずかなので、ホイロはとらずにそのまま焼成します。同じバゲットでも、発酵の取り方だけでなく、水分量、ミキシング・・・など工程は各々異なります。すべて、粉の性質に合わせてやり方を選択し、判断していく。“粉の見極めこそ、技術力”なんです」

小麦の持つ能力を把握し、最大限に活かすパン作り。小麦の使い分けは、近頃ブームのようにもなりつつありますが、粉の見極めには経験と技術を要することを改めて実感しました。


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一方、「農林61号バゲット」の生地作りは、「ニシノカオリバゲット」に比べ、吸水71%とやや少なめ。硬度調整のため、一部に海洋深層水を使用します。ミキシングは、やはり軽く低速で混ぜる程度。混ざった生地は、一度休ませてから2回のパンチを加えます。

「農林61号は、ニシノカオリに比べてたんぱく質の量が少なく、製パンには難しい粉とされています。ミキシングしてそのまま発酵させると、グルテンの形成が弱く生地がだれてしまいます。そこで、一次発酵の前に“休ませてパンチする”という作業を入れることで、こねずにグルテンを繋げていきます」





パンチの仕方も、独特。写真のようにカードを使って生地をひっぱって伸ばすように行います。給水が少ないのでニシノカオリよりは少し固めになります。

「窯の中で、しっかりと水蒸気が上がるようにさせるというイメージで。デンプンをしっかりα化させるため、水分を多く残したままつなげていきます。2回パンチを入れると、随分繋がってきた感じが判ると思います。それでも、通常のバゲット生地に比べると相当緩いですよね。ムニエさんには、『よくこんなに緩い生地でバゲット作るなぁ・・』と呆れられました(笑)」





こうして、一晩かけて低温発酵させた生地は水分をしっかり抱きつつ、きちんと繋がった状態に。0.02%という微量のイーストでも長時間発酵後には、0.5%のイーストで4〜5時間発酵させた場合と同じくらいの酵母量にまで増えます。

「発酵の際に注意しなければならないのは、“有用な菌”と“雑菌”の違い。石臼挽きの粉は特に様々な菌が内在するので、中種にする時は向き不向きがありますね。スペルト小麦で種を作ろうとしたら、溶けてしまったという経験があります」

生地は分割して成形後、焼成へ・・・。粉の性質に合わせ、水分量やグルテンの形成を微妙にコントロールして作った2種類のバゲット。さて、どのように焼き上がったのでしょうか?

違いは断面を見て歴然。さてさて・・・、どちらが「ニシノカオリ」、「農林61号」でしょう?






正解は、左が「農林61号」。そして、右が「ニシノカオリ」です。




【ニシノカオリ】

見た目:全体的に大きな気泡が出来ており、生地色の濃さが特徴的。
味・食感:ヒキが強く、クラムは噛んだ瞬間から驚くほど濃厚な甘みと旨みが押し寄せる。口の中に水分が残り、ご飯を食べているような食感が日本人に馴染みやすそう。飴色のクラストはパリッと歯切れ良く、香ばしい。



【農林61号バゲット】

見た目:淡いアイボリーの生地色に、気泡は中心に行くほどやや小さく、目の詰まったクラムを作っています。これは、農林61号の吸水量の少なさによるもの。
味・食感:クラムの食感はニシノカオリよりややヒキが少なく、クラストも若干薄めで軽やかな食べ応え。すっきりとした香りと、ぐいぐいと広がる粉の甘みが心地良い。あっさりと食べやすく、口どけの良さが後を引く。






ちなみに・・・講習会のランチは、焼きたてのニシノカオリバゲットで作った、カスクルート!は〜、なんて贅沢なんでしょう。
と、ため息をついている場合ではありません。スケジュールがおしているので、ランチタイムは30だけ。気合を入れて、カスクルートをがぶり!
ニシノカオリの力強い濃厚な旨みに、厚切りのジャンボン、そして2種のチーズがたっぷりサンド。焼きたてなので、クラストの芳ばしさとクラムのしっとり感のコントラストが絶妙でした。




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