シニフィアン・シニフィエでも定番商品として人気の「パン・オ・ノア」。ナッツのコクと、しっとりと甘みのある生地の組み合わせ。あの味わいの秘密がわかるなんて、幸せ!
まずは、粉の配合から。今回作る、パン・オ・ノアに使用する粉は4種類。うち2種類は神奈川県産小麦ニシノカオリ、農林61号を使用します。それに、フランスパン用粉「モンブラン」と、北米産の石臼挽き粉「グリストミル」を配合。水分には水だけでなく牛乳も使用。その他、副材料の中でも特に気になるのが「マッシュポテト」の存在。

「じゃが芋は、保湿性が高いので、しっとりとした生地に仕上がります。ドイツでは、じゃが芋を使った“カルトフェルブロート”というパンは非常にポピュラーなもの。今回、じゃが芋は“インカのめざめ”を使用しています。しっとりしていて、甘みがあるのが特徴。独特の味の濃さが、粉の旨みと非常に合います」




種はルヴァンリキッド、レーズン種、ホップ種の3種を使用。酵母を数種類使い分けるのは、どのような意味があるのでしょうか?

「酵母には、“発酵”と同時に“酸味”を与える力があります。酸味があることで、生地の味わいに奥行きと広がりが生まれます。この酸味の落としどころで、酵母の配合も決まっていきます。糖分やナッツが入っているパンは酸味が出にくいですが、酵母によってしっかり酸味をコントロールすることで、副材料によるクセや臭みを消すことができます。特に、バターや卵など動物性素材のしつこさを中和する役目もあります。また、同じ酸でも“乳酸”と“酢酸”を使い分けることも大切。冷たい温度だと酢酸が出やすく、逆に高い温度だと乳酸が出やすくなります。発酵させる温度帯によって、酸味の質も変わってくるので、温度管理も味作りのひとつです」

粉や副材料だけでなく、イーストや発酵種が醸す風味も、調味料のように味作りの一要素として積極的に活かすというのも志賀流。パン・ド・ミに使用する種では、以下の味覚要素がプラスされると考えられます。

・レーズン種⇒強い甘みがあり、生地の糖度を若干上げる効果も。クラストが甘く、香ばしく焼きあがる
・ホップ種⇒ビールを思わせるようなかすかな苦み、パンに程よい雑味を与え、隠し味になる





パン・オ・ノアの特徴は「低ミキシング・低イースト」。柔らかな生地を、時間をかけてたっぷりとつなげていきます。粉と副材料を合わせ低速でまわした後、ラードを投入し、さらにミキシング。こね上がりの生地は、とてもソフトでクリーミー。ここに、まるごとのクルミとたっぷりのペカンナッツを加えます。

「クルミは、皮が入ることによって、生地色が独特の紫色になりますが、皮のえぐみも味わいのうちだと思うので、あえて皮付きのクルミを使っています。クルミのコクは、ラードとの相性もとてもいいんですよ」




クルミとペカンナッツを加えたら、低速で少し混ぜてひっくり返し、番重にとります。これを18℃で15時間、一次発酵させます。




クルミの皮の色が浸透し小豆色になった生地の表面には、ボコボコと大きな気泡が。長時間発酵を経た生地は、中でしっかりガスが発生し、発酵の力を目で感じることができます。




一方、こちらは当日仕込みで短時間発酵で作った生地。酵母の量を調整しているので、発酵していますが、冷やしていないのでかなり柔らかな生地になっています。この場合は、手粉をしっかりつけて成形することで作業しやすくします。

「生地の段階で、手粉がなくても出来るような硬さだと、おいしいハードパンはできません。私の作る生地は柔らかくてくっつきやすいので、通常の倍以上の手粉を使いますが、量が多ければ、もちろん風味にも影響するので、パンに使っている主要な粉を使用してください」




ベンチタイムは取らず、分割、成形と続けて作業が行われます。参加者の半分以上は席を立ち、志賀シェフの周りは黒山の人だかり。初めは遠巻きに見ていた人も、腕まくりをして成形に挑戦。 生地の分割量は600gと大きめ。クルミパンというと、テーブルパンのプチサイズというイメージもありますが・・・?

「直焼きのハードパンのおいしさは、皮はカリッ、中はしっとりした食感にあると思います。その為にも、ある程度の大きさは必要です。その分焼成時間もかかりますが、水分の多い配合で、高温で一気に火を入れれば、硬くパサパサなパンになることはありません」

大型サイズのパンが多いのも、シニフィアン・シニフィエのパンの特徴。店では計り売りで販売しています。パンのサイズにも、“おいしさの理由”があったんですね。




260℃という高温でしっかり焼きあげます。窯入れ直後に、多めに蒸気を入れて表面を焼き固め、ツヤのあるクラストに仕上げます。
マッシュポテトの配合によりしっとりと口どけの良いクラムと、歯切れのよいクラストの食感のコントラストが絶妙。たっぷり練りこまれたナッツが食感に軽やかなリズムを与え、フレッシュなクルミのコクと、ペカンナッツの甘みが、生地の優しい味わいにぴったりと合っています。





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