橋の上での突風。事件その2


イル・ド・レは、日本語に訳せば「レ島」。伊藤嬢いわく、イル・ド・レに家を持つのが夢というパリの人は多く、夏場は高級リゾート地として、たくさんの人が島を訪れるそうだ。
島へ渡る橋の入り口で、通行料を払うべく車の窓を開けた。
びゅっ。
持っていた地図が飛びそうなほど、ものすごい勢いで海からの風が車内に流れ込んだ。
「やっぱり島だね、潮の香りがするね」
と言いながら、車は再び走り出したのだが、なんだか妙に車内が寒い。窓を閉めたのに風も吹いている気がする。と、そのとき、伊藤嬢が大声で叫んだ。
「ムッシュ三宅!! 大変! トランクが開いているぅ〜〜!!」
ひえーっ。
後部座席から後ろを振り返ったら、確かに見事にトランクが開いてしまっているではないか。もちろん、車は加速しながら橋を走っている真っ最中。
「きゃー」
誰もが悲鳴を上げ、ムッシュ三宅は慌てて車をとめた。降りてみると、幸い、高く積まれたラ・メゾン・デュ・ビスキュイの箱は一つも落ちていない様子だ。
「びっくりしたね。大ごとにならなくてよかったね」
と、トランクを閉めて、再び車は動き出し、イル・ド・レ内のレストランに駐車したのだが、念のためにと、もう一度トランクを開けてみたら、一番手前に入れていたマダムまゆみのバッグがない! 明らかに、バッグのあったその場所だけが、ぎっしり詰まったトランクの中でぽっかりと空いているのである。
あわてて車は、橋の入り口まで戻った。
すると奇跡的にすぐにバッグは見つかった。料金所の人が拾っておいてくれたのである。マダムまゆみはほっとした様子で鞄を手にした。
「中に大事なものはなかったんですか」
「なくなって困るものはなかったとは思うけど……」
中を確認しながら、マダムまゆみが顔をあげた。
「ごめん。ひとつだけ……、みんな許してくれる?」
なんだろうと思ったら、バッグから取り出した手には、粉々になったマカロンの袋があった。前日の「ダニエル」で、ジップロックに入れたあのマカロンである。見事に粉砕されている! あー。あはは。それでも捨てるなんてもったいない。しぶとくみんなで食べたのである。
ちなみに、この事件の前、最後にトランクを閉めたのはマダムまゆみであった。これ以降、誰もが、自分が最後にトランクを閉める役になるのを嫌がったのは言うまでもない。
さて、意外なことに、イル・ド・レの食はハイレベルだった。レストランでの食事も悪くなかったし、島にあったブーランジェリーのパンも美味しかった。このあたりの名物という、アンジェリカの入った大きなクッキーも売っていた。アンジェリカ入りのクッキー、なんて聞いてもあまり魅力的ではない? いえいえ、これがおいしかったのだから驚きなのだ。


レ島でランチをとった、海の前のレストラン。観光地のおしゃれな店で味は期待できないかナ、と思いきや、ハイレベルでびっくり。ハイシーズンである夏は島全体が賑やかになるそう


レストランでの食事。ムール貝にはフライドポテトもついて、汁を吸わせて食べると最高。盛り付けもスタイリッシュ。デザートのババなどもおいしかった



これまたハイレベルのブーランジェリー。パンは塩味が強めで力強く、それもよかったが、なんといっても初めてお目にかかった、このお菓子。ブロワイエといわれるこの地方のクッキーで、店ではガレット・アンジェリックという名で売られていた。顔より大きなクッキーには緑のアンジェリカが入っている。ややソフトな生地もユニーク


島を後に、車はパリへ。3日間で1500キロ超の走行距離を強行したムッシュ三宅は相当お疲れである。途中のサービスエリアで睡眠をとりながら、パリへ戻ったのは夜になった。2泊を共にした伊藤嬢ともここでお別れである。
明日はランスに日帰り旅行が待っている。またもや早く寝なくては。ボジョレーヌーボーはおろか、なかなか部屋でワインを傾ける暇なんてない。日本にいる時より俄然健康的かも!