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取材・文 佐々木 千恵美 |
アラン・デュカス氏の提案で2014年から開催している「ジェーム・ラ・フランス」は、各地方にスポットを当て、フランスの魅力をその土地で親しまれている食で体感するイベントです。
今年は、テーマとなる地方を野口貴宏エグゼクティヴシェフと永田良憲シェフソムリエが実際訪れ、食材生産者やワイナリー、地元のレストランに足を運び、感じた豊かな地方の食を、「ビストロ ブノワ」スタイルで紹介していきます。 今年度の第1回バスク地方、第2回コルシカ島に続く、第3回のローヌ=アルプ地方は、リヨンを中心にミシュラン星付きレストランの多い地でもあり、食材ではブレスの鶏、ドロームのトリュフ、ローヌ河流域の銘醸ワイン、バラエティに富んだAOCチーズなど、美味しいものをあげたらきりがありません。フランス料理の食いしん坊にとっては、まさに垂涎の地方なのです。 そんなローヌ=アルプ地方の「ジェーム・ラ・フランス」メニューを堪能してきましたので、みなさんに紹介したいと思います。 |
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青山にある「ビストロ ブノワ」のダイニング |
今回はフランスのレストラン・シェフがメニュー監修。しかも、本国からシェフもイベントのために駆けつけ、最終的な仕上げに至ったというのだから、私たちもブノワのスタッフも、とてもエキサイティングで貴重な時間を共有することとなりました。
野口シェフとともにブノワの厨房に立ったそのシェフの名はジュリアン・アラノ氏。リヨンと南仏の玄関口アヴィニョンのちょうど間くらいにあるグリニャン村のホテルレストラン「ル・クレール・ド・ラ・プリューム」で2015年、ミシュラン1ツ星を獲得した実力の持ち主です。 |
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2015年、ミシュラン1ツ星を獲得した「ル・クレール・ド・ラ・プリューム」 |
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フランス南東部で一番美しいルネッサンス様式の「グリニャン城」がある村周辺は、夏になればラベンダー畑に囲まれた田園風景が美しく、秋ともなれば地元で収穫されたトリュフ市が立つことでも有名です。メニュー相談のために、野口シェフと永田ソムリエがジュリアン・アラノ氏を訪ねたのは今年5月。伝統に革新を加え、旬の素材本来の味わいを活かすアラノ氏の料理をどんな形で披露していくのか、すでにこの時からジェーム・ラ・フランスの味な旅は始まっていたのですね。
それでは当日のメニューを順に紹介していきましょう。 |
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当日のメニュー表。左はワインリスト |
一品目は「キクイモのスープとトリュフ」。 キクイモはローヌ=アルプの特徴的な素材のひとつとシェフ。フランス語でトピナンブールと言い、根ショウガのようにごつごつした塊茎を食べる野菜で、アーティーチョークやゴボウのような風味があります。日本でも最近はよく見かけるようになりましたね。スープというのでお皿でくるのかと思いきや、ヴェリーヌグラスで登場。では冷たいのかなと口に運ぶと温かい! いきなり意表を突かれました。 |
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キクイモのスープとトリュフ。この量でも味わいの印象は大きい |
青く土っぽいキクイモの風味と、2mm角に刻まれたトリュフの香りが共鳴します。ブリオッシュのクルトンが小気味良く、このままいくのかと思っていたら、団子のような底のひと匙にテーブルを共にした一同きょとん。謎を解決すべくシェフに伺うと、ウズラの卵のポシェ(ポーチ・ド・エッグ)だといいます。あんなに弾力があるものだなんて、改めて気づかされました。トリュフと相性のよい卵、イモ類を使うところは伝統的にしても、表現の仕方で何倍にも楽しませてくれる、序章から期待に胸ふくらむのでした。
同時にペアリングのワインが注がれます。 「ローヌ河に沿った畑のワインは、ブルゴーニュやボルドーにもひけを取らないほど偉大なんです。今回はローヌの中でも王道中の王道と言われるワインをセレクトしました」と永田ソムリエ。 タブレット画面を使って、実際に訪ねた畑の写真を見せながら、リストのワインが育った環境を説明していただきました。 |
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タブレットで現地の畑の様子をわかりやすく解説する永田良憲シェフソムリエ |
ローヌのワインは主に北と南に分けられ、北部の蛇行している川岸の急斜面に銘醸ワインの畑はあります。水はけも良く、ぶどうは川面の反射で糖度を上げ熟していきますが、その斜度は最大30度もあり、当然機械での作業は不可、馬や人の手で手入れされます。そのため年に一度くらい転落事故が起こるとか。そんな厳しい環境で丹精込めて作られたワインは、芳醇な香りの中に強さとあたたかみを感じるものばかり。
白赤2種類ずつ、その中で南北1本ずつの計4種類のワインをコースに沿っていただきました。1杯目はコンドリュー(2011・Condrieu・Chéry・Rémi Niero)。北ローヌを代表する白ワイン品種ヴィオニエのアロマは一度体験すると虜に。女性好みと言われますが、この地域で栽培される桃や杏などの果物に通じる香りは、根菜系のお野菜に良く合います。そうです、二品目とは特に楽しめました。 |
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1杯目の白はローヌの宝石と言われるヴィオニエ種 2011・Condrieu・Chéry・Rémi Niero |
その二品目は、「ジャガイモのカプチーノ ボフォールチーズとベーコン」。 文字だけでみるとスープを連想しますが、こちらはアルプスの山岳地域でよく食べられるじゃがいもとチーズ、豚加工肉の郷土料理'タルティフレット'にインスピレーションを得て生み出されたお野菜中心の一皿。コクのあるボフォールチーズの細かい角切りとクリーミーなじゃがいものピュレ、それにじゃがいも、ベーコン、ラルドンの泡、鶏のフォン、シブレットがひとつのお皿に美しくコーディネートされ、一口ごとに味の変化を楽しめました。じゃがいもやチーズを使った田舎の家庭料理が、こうも軽やかで洗練されたレストラン仕立てになるとは! 驚くと同時にほっとするお気に入りのひと品でした。 |
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ジャガイモのカプチーノ ボフォールチーズとベーコンは何度でも食べたくなるチーズとじゃがいものコンビネーション |
次の白ワインはエルミタージュ(2010・Hermitage・Le Chevalier de Sterimberg・Paul Jaboulet Aîné)。エルミタージュは赤に劣らず白も別格、長熟するワイン。そして作り手はローヌを語る上で知らない人はいないポール・ジャブレ・エネ。チョコレートのヴァローナ社と同じ町タン・エルミタージュに創立された名門です。ローヌ河岸の急斜面の恩恵を受けたマルサンヌ種とルーサンヌ種をブレンドし、樽で熟成させた力強い香りと味わいは、旨味ののった次のお魚料理にぴったりでした。
三品目「ニジマス“紅富士”のポッシェ アイオリ風味」。 ローヌ=アルプ地方で魚といえば、海の幸ではなく川と湖からのもの。川カマスやニジマス、イワナ、ザリガニといった淡水魚を使った郷土料理が多いのも特徴です。そこで今回アラノシェフがメニューに組んだのはニジマスのお料理。ニジマスと言っても現地のそれは大きくて身がしまり、味も濃いそうで、一般に出回っている日本のニジマスとはだいぶ違うそう。そこで野口シェフが用意したのが静岡県産の“紅富士(あかふじ)”。富士山の湧き水で育つブランドニジマスで、この日届いた紅富士は重さ約3kg、赤身がきれいでしっかり旨みののったニジマスでした。48度のスチームコンベクションオーブンでしっとりと熱を入れたニジマスの切り身に、にんにくを香らせた南仏風のアイオリソースとクルトンをのせ、ニジマスのジュと野菜でまとめた一品は、海の魚にも負けないパンチのある味わいでした。 |
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ニジマス“紅富士”のポッシェ アイオリ風味。淡水魚とは思えないほど濃厚な味わい |
ここからワインは赤に。南ローヌのシャトーヌフ・デュ・パプ(2012・Châteauneuf-du-pape・Château de Beaucastel)が3番目のワイン。‘法王の新しい城’と呼ばれるこの地には、古代ローヌ河が運んだ丸石がごろごろ。その石が昼間の熱を蓄積し、夜間にぶどうをいい熟成状態にさせ、力強いワインを作ります。13品種のぶどう使用が認められている中、今も全てを栽培し巧みにブレンドしてワインを作るボーカステルのシャトーヌフ・デュ・パプは厚みのある複雑な味わいで、余韻も長く素晴らしいワインでした。 |
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今では稀な13品種すべてをブレンドした作り手の2012 Châteauneuf-du-pape・Château de Beaucastel |
最後の赤ワインは、エルミタージュ ラ・プティット・シャペル(2010・Hermitage・La Petite Chapelle・Paul Jaboulet Aîné)。「丘の上に小さなチャペルがあり、そのあたりの畑をChapelleと呼びます。トップクラスのワインになる畑です」と永田ソムリエ。圧倒的な果実味と洗練されたキレのある味わい、香りで、コースのしめくくりにふさわしい一杯でした。
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今回のイベントで提供されるワインはこちらの7種類。うち前列4種がこの日供されたもの |
お料理は四品目、「ブレス鶏のバロティーヌ 栗のファルシ」。 ローヌ=アルプ地方のみならず、フランスが誇るブランド地鶏がブレス鶏。その美味しさは、古くはアンリ四世、ブリヤ・サヴァランも絶賛したほど。一羽あたりの最低飼育面積や飼料など、伝統に従った飼育方法が決められているため、肉質はしっかりしているのに全体に霜降りで、火を入れてもやわらかく上質な旨みの広がる特質を持ちます。日本にも輸入されているので、召し上がった方もいるのでは。ブレス鶏のムースと栗をモモ肉で巻いたメニューはアラノシェフのスペシャリテ。こちらのイベントでは胸肉もしっとりふっくらと火を通し、ペッパーを纏わせて供されました。2種類の赤ワインを合わせ比べるのも印象が違って面白かったです。 |
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ブレス鶏のバロティーヌ 栗のファルシ。胸、ももとブレス鶏の異なる部位を堪能できるのはうれしい |
デザートは「イチジクのスフレ バニラアイスクリーム」。 プチプチとした果肉の食感が楽しいイチジクのスフレのてっぺんにスプーンで穴をあけ、アイスクリームを溶かしながら温冷のハーモニーを味わいました。 |
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イチジクのスフレ バニラアイスクリーム |
前日にフランスから到着したばかりとは思えないジュリアン・アラノシェフの仕事ぶりと野口シェフ、永田ソムリエ、スタッフのチームワークは本当に素晴らしく、自然光の心地よいダイニングで、フランスの味覚の旅に参加した私たちは感激の拍手。帰り際にいただいたモンテリマール風ヌガーのお土産が、ローヌ=アルプの思い出をより深く印象付けてくれました。
「ジェーム・ラ・フランス」ローヌ=アルプ地方は10月21日(金)から30日(日)までの開催となります。また次回、第4回は2017年1月20日(金)から29(日)までの10日間、シャンパーニュ地方をテーマに開催されるとのこと。ペアリングワインにはもちろんシャンパーニュが登場するのでしょうけれど、チーズ、牛肉、りんごなど地元特産の食材を使った郷土料理がどんな風に展開されるのか、また料理の隠し味に使われるシャンパーニュのマジックにも注目したいところです。 |
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ビストロ ブノワの中階段。下の階にあるキッチンからお料理が運ばれてくる雰囲気もフランス的 |
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