Text:Chiemi Sasaki



プロのパティシエが薪火で焼くフランス版バウムクーヘン“ガトー・ア・ラ・ブロシュ”の会、今年もゴールデンウィーク前の4月の爽やかな空の下、無事、開催となりました。今回で6回目の開催となります。本当は7年目なのですが、昨年はそれまでにない大雨で、屋根付きのBBQ場でも限界ではと、開催日の朝中止と判断。急きょ場所と内容を変えたワークショップ兼食事会となりました。カカオ豆をローストして挽いてブラウニーにするとか、それはそれで楽しかったのですが、肝心のガトー・ア・ラ・ブロシュが出来ず、楽しみに来られた方も大勢だったのに悔しい思いでいっぱい。昨年のレポートが抜けているのはそのためなのです。

はじめにこの会の記事を初めて読まれる方には、趣旨やきかっけを説明しなければなりませんね。よろしければ、第5回(2013年)の記事をじっくりお読みください。毎年4月平日開催なのは、会場の都合とパティスリーがピークのひと段落を迎えたあたりの休店日だから。会場の「上郷・森の家」は横浜市の南、緑豊かな金沢区にある広大な施設。到着するや山の方から鳥の合唱とホーッホケキョ♪ 鶯もガトー・ア・ラ・ブロシュの会を歓迎してくれている! そう思いたくなるほど、今年はいい天気に恵まれたスタートでした。

いつも通り早速作業にとりかかるシェフと職人たち。今回は直前の日時決定で少人数だったこともあり、逆に余裕のできた私。図々しくも生地の仕込みをほんのちょこっと手伝わせていただきました。それが卵20個分の手立てメレンゲ。直径40〜50cmはあろう巨大ボウルに、これまた持ったこともない大きなホイッパー。グラニュー糖も加わりボリュームも満点。果たして角がピンと立つつややかなメレンゲを作ることができるのか? 最初は利き手の右で持ちカチャカチャカチャ…段々重くなっていき、腕の疲れも出始めた頃、「ラ・スプランドゥール」藤川浩史シェフがつぶやきました。「右が使えなくなったら左に持ち替えてまた持ち替えて…(笑)」卵白20個分といえばざっと500gはあります。意地で立て続けましたが、腱鞘炎になりそうな手前で若い職人さんにバトンタッチ。右左の手を使いあっという間に角立つメレンゲを見て、プロとの差を思い知らされました。(ちょうどNHKの朝ドラ「まれ」の第10週でメレンゲの練習シーンと重なり思い出しています!)

コーンも火の準備もOK

卵白20個分の手立てメレンゲ。女性だってやらなきゃパティシエールは務まらない!

卵黄と合わせまぜ、粉類をあわせ1回目の生地のできあがりです。これを用意したコルネと薪の熱で焼いていきます。5回目に続き、今回も火のエキスパート、希望ヶ丘のイタリア料理店「LODE(ロデ)」の料理人Sさんが火の番頭です。薪ストーブを使うお店だけに、薪火を熟知するSさんは、火が長持ちして安定する広葉樹の薪をたくさん持ってきてくれました。小麦粉ひとつとっても種類で使い分けるように、薪も木材の種類によって特徴があるのです。杉や松などの針葉樹は、着火しやすく燃えやすいのですが、高温ですぐに燃焼してしまい、煙も多い。着火にはいいけれど、燃費わるく火力コントロールがしにくく、煙のにおいもつきやすいのです。果樹や樫など広葉樹の薪だと、着火しにくいけれど、火の持続時間が長く、温度も安定し煙も少ない。適した温度を持続させ生地に火を通し、お菓子が煙のにおいだらけにならないためには、火を知ることが大事なのですね。Sさんがコントロールする薪火はうっとりするほど美しい!

メレンゲと卵黄生地をあわせている「パティスリー・サルビア」のオーナーシェフと奥様。息もぴったりです

真剣に見極めながらコーンを回す藤川シェフ

2回目はカカオ生地。色が濃い分焼き加減を見るのが難しそう


そんなわけで、今回もスムーズに1本目が焼きあがりました。卵20個の生地を2回にわけて仕込んだオレンジゼスト入りは1回目からのスタンダード。ラムを入れたグラスアローを表面に塗り仕上げます。2本目は昨年やるはずだったカカオ味。生地にカカオパウダーを混ぜ同じように仕込み、少しずつまわしかけて焼いていきます。手で回す加減もすっかり掴み、順調に2本を焼き終え時計を見ると3時前。7年前は会場クローズの4時ぎりぎりに出来上がったことを考えると格段の進歩です。2本目カカオ味には、アルマニャックを利かせたグラスアローを塗り仕上げました。大人の香りが漂います。途中、シュークリームが登場。食いしん坊がすぐ口にしようとすると、BBQ金串を刺してグラニュー糖を振りかけ、火で炙ってとの指示が…ちょっとちょっと、BBQっぽくて面白いじゃないですか! さらに食べて驚き。中はコアントロー香るチョコレートのアイスクリーム。ショーフロアなフランス菓子のデザート、アウトドア版ですよ。

このままで食べてもおいしそうなシューアイスを、

火にかざしブリュレすれば、




 金串に刺してグラニュー糖を振りかけ、


皮は香ばしく熱々、中からは冷たいチョコレートのアイスが! 感動です。




一方「オ・プティ・マタン」武井晴峰シェフの炉には、寸胴鍋とお肉を巻いた棒がかかっています。今年は何を仕込んでいるのでしょうか? 昨年お店のキッチンでやって肉焼きの味をしめたジゴ・ダニョ(子羊のモモ肉のロースト)、今年こそ外の炭火でやりたいと再チャレンジ。ローズマリー、タイムを巻き込み、塩のみで味付けした子羊を時々まわして火入れします。タコ糸で棒に肉を巻き付ける、一見簡単なようですが、これが意外に難しいのだと武井シェフ。ガトー・ア・ラ・ブロシュと同じく棒に巻き付けて焼くという、プリミティブな手法ほど手ごたえを感じるのでしょうか。2時間近く焼き、棒から外してスライスすれば、中は見事なロゼ。じっくり焼いた子羊肉はしっとり柔らか〜! お肉を満喫しました。
お鍋の中はオニオンスープ。それにボイルしたソーセージとマッシュポテト。サラダとリエットなど、作業中もお腹が空かないようたくさんのお料理を予め用意してきてくださいました。もちろんお料理だけでなく、本領のスイーツも。ピスターシュのアイスクリーム、キャラメルとクルミのアイスクリーム。どちらも具やソースでひと工夫されていて、唸ってしまいました。
毎年ちょこちょこ新たな試みをされる武井シェフ、後半はピッツァ・カルツォーネ作り。仕込んできた生地を広げ、トマトソース、モツァレラチーズに卵黄をのっけて閉じたら、お鍋の中へ。蓋をして待つこと数分。ふっくら焼き色が付きました。切れば中から半熟の卵がとろ〜っと流れ出してもう涎が!

ここでは料理人の武井シェフ。ジゴ・ダニョと真剣に向き合います

セッティングの創意工夫にいつも感心させられます

焼きあがったジゴ・ダニョの串を外し、

厚めにスライスしたところ。この肉色がたまりません

武井シェフの前菜プレート! ソーセージに特製マッシュポテト、自家製リエットにオニオンスープはバゲットのスライスを浮かべていただきます

アイスクリームは2種。左はノア・キャラメル。キャラメルソースをかけてさらに深みがアップ。右は無着色のピスターシュペーストの旨みがぎっしり。底のメレンゲが軽さと温度差の隠し味。また食べたい!

武井シェフの定番、クレープシュゼット・フリュイルージュのソース

ピッツァ・カルツォーネにとりかかる武井シェフ。これだけの品数準備、仕込みに時間をとっていただき大感謝です

やりたい人は挑戦OKなのも、この会の楽しいところ。卵黄を落ち着かせるため具にくぼみを作りましょう

特製、鍋窯に入れて数分。 

卵とチーズがとろけ出すところをいただきます


毎回のメンバーで、パン教室をされている松浦昭子さんが、今年もダッチオーブン持参でパンを焼いてくれました。国産小麦を使った生地のアマニと大麦のプチパンは、お花のように形作られ、ふんわり、そしてほんのり甘くやさしいパンになりました。焼きあがる経過の姿が見えないハラハラドキドキ感もダッチオーブンの面白さ。昔の人も、こんな気持ちで毎回挑んでいたのでしょうね。
北欧部の私も、櫛澤電機で譲っていただいた窯に使う溶岩版を火にかけ、フィンランド風のポテトと大麦粉の薄焼きパン。ペルナリエスカを焼いてみました。べたつく生地のため、形は不細工になってしまいましたが、ぷくっとこんがり焼きあがったペルナリエスカにバターをたっぷり塗って頬張れば、薪火ならではの香ばしさが楽しめました。

ダッチオーブンにホイロをとったパン生地をそっと入れて

焼きあがったパン。亜麻仁のプチプチがアクセント


フィンランド風ポテト薄焼きパンを熱々の溶岩板にのせて


天気も崩れることなく、順調に進んだ今年のガトー・ア・ラ・ブロッシュの会、会場で記念撮影をしてしまえるほどの余裕です!
後片付け、掃除をササッと済ませ恒例の試食会へ〜オ・プティ・マタンへ移動です。

完成したガトー・ア・ラ・ブロシュと一緒に、ハイ・チーズ!

粗熱がとれた頃、3人がかりでコーンから外す。卵40個分とそのほぼ同割りの砂糖、粉、バター…つまり…ほぼ9kgのガトーを支えなければいけない

毎回見てはため息の出る、割りばしで作ったガトー・ア・ラ・ブロシュのためのコーン(芯棒)


テーブルにそびえ立つ2つの塔。いよいよマグロの解体ショーならぬ、ガトー・ア・ラ・ブロシュ解体ショーのはじまりです。2色の切株からは、味のある年輪とおいしそうな気泡が見えます。7年前のような強い燻し香だけのものではなく、ガトーそのものの香りが漂います。焼きたてがしっとりのカカオ味。2日目以降が馴染んで複雑味を増すスタンダード&オレンジ風味。今年も切り分けて残った分はお持ち帰り。
材料だけではなく、生地作りだったり、薪材だったり、火のコントロールだったり、色々な要素が一つのガトーを完成させていくのだと、思い知らされます。年輪のお菓子は年を重ねて作られるものでもあるのですね。

下から眺めると貫禄たっぷり

藤川シェフ、武井シェフ、お二人とも成し遂げたいい笑顔。ありがとうございました!

今年の断面年輪はこんなに立派


毎年同じ場所で、同じシェフが、同じお菓子を作るのに、毎年が違う。一期一会のガトー・ア・ラ・ブロシュ。
藤川さん、武井さん、Sさん、そして参加してくださったみなさま、本当にありがとうございました。2016年も、4月の水曜日に開催する予定でおります。来年こそはと思われた方、そのあたりは今からあけておいてくださいね。

参考までに、2013年の様子はこちら↓
http://www.panaderia.co.jp/event_report/partybroche2013/index.html

2012年の様子はこちら↓
http://www.panaderia.co.jp/event_report/party_broche2012/index.html

2011年の様子はこちら
http://www.panaderia.co.jp/event_report/party_broche2011/index.html






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